第2話
「で、あなた何者なんです?」
まだ震えの治まらない手でハンドルを握りしめ、悠太はアクセルをやや強めに踏んで車を走らせる。バックミラーを何度も確認して、後ろから来る車を逐一気にかける。ボンネットに血痕など付いてないか不安になる。
助手席でどっかり座って肘をつく女性はしばらくして答えた。
「心配性だねぇ、後ろの車は関係ないし、ボディーの血は全部拭き取ってるよ」
――全部悟られていた。
「あの、こ、答えになってないんですが」
「人殺しが悠長に人の名前を聞いてる場合か。そこ、右だよ」
悠太はビクついてウィンカーを出す。そう、尾崎悠太は今から約20分前に車で人を跳ねた。
「あの、警察に連絡とかしないんですか」
「して欲しいのかい」
悠太は口ごもる。自分が跳ねた老人の、その屍を直視し、その場で胃にあるもの全て吐き、パニックから我に返れば知らない女性が立っていた。「人の跳ねたか。ちょうどいい、逃げたけりゃ協力してやるよ、少し手伝ってもらうがね。車を出しな」と、淡々と説得され、再び運転席に押し戻されて今に至る。
――僕はこのままどうなるんだ。車は破損してなかったか? ライトのガラスの欠片でも車種特定されるもんな。逃げて大丈夫なのか? てかこの人ほんと誰なんだ?
全部声に出てることにすら気づかずガタガタ震えている腰抜けの運転主を見て、梓はため息をつく。
「しばらくは何か適当に名乗ろうと思っている。ふむ、小学校の同級生の名を借りよう、太田恭子にしよう。好きなように呼びな。悪いが今、逃亡中なんだ」
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