色んなワンシーンへぶっ飛び旅行
詠三日 海座
第1話
松明に火が灯される。暗闇の中で篝火がひとつ、︎︎ またひとつ、点々と姿を現していく。掲げる者の姿がひとり、またひとりと、その張りつめた表情を照らしだす。広がっていった明かりのもとには、幾人もの人々が身を寄せ合い、声を潜め、息を殺して集い、たたずんでいた。
初めに火を灯したのは指揮を担う『ジンジャークッキーマン』。次に唯一の女性『歌姫』。そして『時計屋』、『身代り人形』、それぞれに異様な呼び名を持つ人々は、各々の想いと願いを胸に、先頭の男を見つめている。
「いよいよかい、『クッキーマン』」
『時計屋』と呼ばれる男に声をかけられ、『ジンジャークッキーマン』は、あぁと返事をする。
『時計屋』は、かつて己が自由に振るえたはずの時間を取り戻すため、『ジンジャークッキーマン』へ名乗り出た。踊らされ、無下にされた「時間」は今思い返しても恨めないほど美しく、幸せな一時であったが、それは『時計屋』に約束された「時間」ではなかった。
『ジンジャークッキーマン』は、自分のすぐ後ろで小さくなっている少女の肩に手を置いた。
「大丈夫、作戦は抜け目ない。君も『笑顔』を取り戻すんだ。意志を高く持て」
『歌姫』は表現をこわばらせたまま、うなずく。周りを魅了する歌声と無邪気な笑顔が評判だった『歌姫』は、今となっては歌うことすら叶わない。常連客で賑わった酒屋も、温かいスポットライトの下も全て取り上げられてしまった。
「ありがとう、『クッキーマン』。わたし、また笑顔で歌いたいもの」
『歌姫』は少し微笑んでみせる。
「たったひとりの女の子だ、いざとなりゃ、後ろの汗臭ぇジジイらに任せておきな」
麦わら帽子を被り直して『身代り人形』は言う。軽口ばかりを言って気取るが、この中で一番彼が心の広い、思いやりのある人間であると皆は知っている。なにせ、人々の苦しみを身代りとなって受けると、進み出る情の厚さと勇ましさを備えた頼れる男だった。失った武勲を含め、その勇姿を奪い返すため、ここに集った。
「頃合だろう、行こう。我らが失った欠片を取り戻すために。皆が失くしたものを取り戻せたら『歌姫』の酒場で一杯やろうぜ。その時が、おれたちのひとつになる時だ」
人々は黙ったまま、松明を上へと掲げる。瞳に映る決心の色は濃い。彼らは進み始めた。満を持して立ち上がり、ここに集う者たちを奮い立たせた男の後に続く。彼らを率いる男『ジンジャークッキーマン』が失ったものは「博愛」。血を流す全ての者を愛し、言葉を返し、笑顔を見せて、再びあの花畑を渡り歩く日々を、彼は夢いている。
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