第18話 深層心理





「───ると!…遙斗!目を覚まして!」


遠くから声が聞こえる。

誰の声だろう…。

というか俺は今何してるんだ…?

目の前が白い。

何もない。

声は響き続ける。

とん、と肩を叩かれた。


「夜来くん、こんな奥にいたんだ」


振り返る。

紺青さんだ。

酷く疲れた顔をしている。

こんな奥に、ということはここは何かの中なのか?


「何も分かってなさそうだから説明してあげる。…ここは夜来くんの深層意識の中。しかもかなり深いところ」


「深層意識…ですか」


「君にあの子の声は届かないんだね…。少し残念だな」


声…さっきから響くこの耳障りな声がどうかしたというのだろうか?

俺はここの居心地に満足している。

今さら外部からの干渉に関与する気はない。


「このままここにいたら君は君じゃなくなる…私にはこれくらいしか言えない」


俺が俺じゃなくなる…?

何を言ってるんだ?

俺はここにちゃんといる。


「あなたの深層意識の本当の姿を見せてあげる」


白が赤に染まっていく。

俺は十字架に磔にされ、足下には何者かの亡骸が転がっている。

群がってくるのは数々の魂、記憶。

おぞましかった。


「な、何だよ…これ…!」


「君が深層意識で本当に置かれている状況。君は君の中身に喰われている」


白い場所だったら信憑性などまるでなかった言葉が今聞かされると妙に現実味を帯びてくる。

怖い。

俺はどうなるんだ?

そんな思いが目の裏にチカチカと浮かんでくる。


「心配ないよ、私達が守ってるから!…絶対帰ってきてよね!」


「夜来くんのピンチは私のピンチです!いなくなったら嫌です!」


「ここで踏ん張ったら帰ってぎゅー!ってしてあげる!あ、誰かさんに睨まれちゃうねっ」


聞いたことのある声。

見たことのある姿。

だんだんと頭がはっきりしてくる。

千賀さん、西深さん、空蝉さん…。

皆が俺を群がる魂や記憶から守るように立っている。


そして、最後に聞こえてきたのは先程から響いているあの声だった。


「遙斗…!目を覚まして!お願い!」


玲奈の声────。

身体が暖かくなる。

十字架に磔にされた俺の身体を玲奈が優しく包んでくれていた。


「やっと…気づいてくれたね…」


涙声の玲奈。

俺は泣かせてしまったのか…。

遠くに紺青さんが立っているのが見える。

唇が動いた。

も、ど、り、な、と。








「──────!」


意識がはっきりする。

思い出した。

俺は…。


「遙斗…?」


涙に濡れた顔をあげる玲奈。

本当に抱きしめられていた。

違うのは俺だ。

身体は自由、その代わり体中が血に染まっている。


「あぁ、俺だ…」


「良かった…!良かった、帰ってきてくれた…!」


そのままさらにきつく抱きしめられる。

引き裂かれた玲奈の服。

そう、俺は…麻友を止めようと…何をしたんだ?

と、少し周りを見渡す。


…惨劇だった。

血の海。肉片の山。

思わず吐き気を催しそうなほどの異臭。


「玲奈、俺は……」


「今は…帰ろう?チーフへの報告はしておくから…」


コツンと俺の足に何かが当たる。

腕だ、人の。

それを身体まで追っていき、顔を見た瞬間背中を冷たい物が走った。


麻友だ。

顔は何とか視認できるが、身体の方はズタズタになっている。


「……俺が、やったのか…俺が…」


「まあ、それは帰ってからゆっくり玲奈ちゃんに説明してもらったら?」


辛そうにしゃがみこんでいるのは紺青さんだ。

俺の深層意識に入ってきたのは夢ではないだろう。

恐らく紺青さんの能力は《潜航》。

色んな物に意識を侵入させることができる能力。

インターネットはもちろん力が強くなれば人の意識にも侵入できる。

…それで俺を助けてくれたんだ。


「…分かりました」


俺は素直に頷き、ピチャピチャと血の海を渡っていった。

玲奈もしっかりついてくる。

車までたどり着くと、紺青さんが寮まで送ってくれた。

事件の後始末と第一被害者の件は気にするな──とも釘を刺された。









「夜来くん!おかえりなさい!」


寮のドアを開けるなり西深さんがとびついてきた。

両目には涙がたまっている。

今日はデートの帰り、という体で帰ろうとわざわざ紺青さんに着替えまで用意してもらったというのにリビングには皆が集まってこちらを心配そうに見ていた。


「ど、どうしたんだよ…」


「分かるよ。夜来くんや玲奈ちゃんが危険な目にあってたの」


千賀さんが少し怒ったように胸をはる。

その目は真っ赤に充血していた。

本当に俺達があんなことになったのを知って──。


「遙斗が、玲奈が、苦しんでるの感じた。心配してたんだから…」


空蝉さんの頬にも涙の伝った跡があった。

深層意識で見た皆の姿を思い出す。

俺の心を、守ってくれていたのは間違いなくみんなだ。


「……皆のその気持ちのお陰で俺は…俺でいられた。ありがとう……」


そのまま俺は倒れた。

疲労もあるが、やっと帰ってきたという安心感から緊張が切れてしまったのだ。

後で聞いたことだが、玲奈もこの時倒れてしまったらしく一時は騒然となったらしい。



………事の顛末。それは俺が病院で目を覚ました後にようやく聞けたのだった。







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