第16話 精神支配

 鳴橋さんの能力…確か触った相手を問答無用で動けなくさせる金縛りだったはずだ。

 俺の足はようやく地についた。

 玲奈の能力発動までの時間は無い。

 ここから一気に間合いを詰めて───


「!?」


 身体が動かない。

 金縛りの類では無く、誰かに抑えつけられているような…。

 だが、どんな抑え方をしようと筋力強化の前では足止めにしかならない。


「オラァ!」


 腕力で無理矢理脱出する。

 背後に今まで見えなかった物が見えるようになる。

 先程の被害者が俺のことを羽交い締めにしていたらしい。

 能力は透明化か──。


 今はこの時間稼ぎが大きな意味を持っていた。


「きゃあぁぁ……っ!」


 玲奈の悲鳴が途中で途切れる。

 金縛りの効果が早くも出てきているらしい…。


「玲奈!」


 急いで振り返る。

 …これは金縛りじゃない。

 電気だ。まるでスタンガンのような…。

 そして玲奈の陰からゆらり、と立ち上がった鳴橋さんがこちらを見た。


 俺はこう考えていた。

 鳴橋さんが黒幕であり、廃人となった犯人に人間を襲わせることで何らかのメリットを得ているのだと。

 そこで邪魔になりそうな俺達を始末するためにわざわざやられたフリをしたのだと。


 …それらを全て覆す証拠が目の前にあった。

 鳴橋さんの首もとには…吸血痕がある。


「どうなってんだよ畜生!」


 玲奈の身体の安全を確保すべく全力で駆け出す。

 鳴橋さんを殴りたくはない。

 しかし、この状況下では攻撃せざるをえない…。


「すいません!鳴橋さん!」


 腹の辺りに全力を込めた拳を突き放つ。

 怪力補正された俺の拳は鳴橋さんの身体をコンテナごと吹っ飛ばした。


「玲奈!玲奈!」


「あっ……く、う…」


 痙攣する身体に必死に力を入れているのが分かる。

 この手の能力は一端発動するとなかなか消えない。


 ……もし。

 鳴橋さんや透明化の吸血鬼が操られているとしたら。

 吸血鬼をも操る能力があるとしたら。


 最初から吸血鬼しか狙ってない犯行だとしたら。

 …最初の被害者は人間じゃない!


 急いで携帯を取り出しチーフの番号を呼び出す。


「早く…!」


「あ、気づいちゃった?」


 コンテナの上──!

 身構えながら見上げる。

 風に揺れる淡い水色のワンピースに、可愛らしいカチューシャをした美少女がコンテナに座って微笑んでいた。


「公安局の人ってバカだよねー、最初の被害者が吸血鬼かどうかも分からないなんて」


「……あんた、何者だ」


「んー、名前なら神灰麻友っていいます。それとも他の何かかな?」


 …聞いたことの無い名前だ。

 あまりにも普通の格好で普通な話し方をしているため敵であることを忘れそうになる。

 何よりもその清純可憐な容姿が『敵』というものに当てはまらない。


 《こちら宇佐井だ》


「チーフ、至急第一被害者を保護下に置いてください」


「だーめっ」


 いつの間に飛び降りたのか俺の目の前にいた麻友が携帯を引ったくり真っ二つに折ってしまった。


 その瞬間、俺の耳は不審な音をとらえた。

 足音だ。

 それもたくさんの。


「……あんたの能力、精神侵略か?」


「わー、やっぱりそこまで分かってるんだ!発動条件が吸血行為ってとこもバレてるよねぇ」


 精神を乗っ取る能力。

 ここまで強大な能力となると発動条件がかなり限られてしまうだろうとは予想していた。

 しかし、その条件をいとも簡単に満たし増してや感染能力まであるときたもんだ。

 こんな能力を普通の吸血鬼が持っているとは到底思えない。


「あんた本当に何者なんだ…!」


「んー…、強いて言うならアナタがこの前潰した薬の流通組織のボス、かな」


「…なるほど、最初から狙いは俺達か」


 左右から目の焦点が合っていない人が数人迫ってくる。

 不審な足音の正体はこいつらで間違いないみたいだ。

 精神侵略の怖いところは苦痛はもちろん、快感までを操作できるということだ。

 苦痛への耐性はある程度あるとしても快感を与えられると人の心は容易く壊れる。


 …玲奈をそんな目に合わせるわけにはいかない。


「申し訳ないが…全力で潰す…!」


 脚力全開で飛び込む。

 まずは右側の三人を左の回し蹴りでまとめてなぎはらう。

 そのままの回転で左側の二人に膝蹴りを打ち込む。

 着地と同時に裏拳で残りの一人も片付ける。


「おーおー、凄いね!」


 麻友の声が聞こえたのは…真後ろだった。

 首にゾワッとしたものが走り、直後に冷たい感触が広がった。

 振り返る間も無く跳びすさる。


 足が…痺れている。

 どうやら首を舐められたみたいだ。

 それだけでも多少の効果はあるらしい。


「どう?私に舐められて気持ちいい…?」


「……うっ!?」


 首筋から快感が広がっていく。

 頭の中を恍惚が占めていきだんだんと思考が働かなくなる。


 ──もっと…


 いや、何考えてんだよ俺!

 さっさとコイツ倒さないと…!


 俺の頭はそんなことでいっぱいで索敵するのを怠っていた。

 故に背後の吸血鬼に気づけなかった。


「うおおおぉぉぉおあああ!」


「!?…く…そっ…!」


 背後から背中を思い切り殴られた。

 予想以上の衝撃によろめき、前のめりに倒れてしまった。

 そのまま背中を殴られ続ける。

 何故か身体が動かない。

 むしろコンクリートに押しつけているような錯覚すらする。


 まさか…こいつ重量倍加能力か…!

 攻撃した物の重量を倍増させる能力。

 一回ならまだしもここまで殴られると動けるかも怪しい。


「もういいよ、ご苦労様」


 麻友の声で吸血鬼がどく。

 ゆっくり近づいてきてるのが分かる。

 俺は何もできない。

 もはやコンクリートにヒビが走るほどの体重となってしまっている。


「もっと舐めてほしい?それとも一思いに噛んでほしい?」


「どっちも…ごめんだ……!」


 俺の言葉ににっこりと笑った麻友は俺の顔を掴み、頬にキスをした。

 再び快感に襲われる。

 心なしか足の痺れが広がっているようにも思える。


「次は…口にしてあげよっか?」


「…………やめろ…!」


「ふふ、返答までに三秒かかったね」


 次の瞬間だった。

 俺を襲っていた快感が急に苦痛に変換された。


「あああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」


 痛い。痛すぎる。

 熱い。冷たい。

 色んな苦痛が俺を襲っていく。

 悶える俺を楽しそうに見つめる麻友の姿が視界に入る。

 こいつを倒さないと玲奈が救えない…!


「玲奈……ぁ…!」


 苦痛に耐えながら馬鹿力で身体を少しずつ持ち上げる。

 驚いた顔した麻友が覗き込んでくる。


「玲奈…?…なぁ~るほどぉ」


 これほどまでに卑しい笑みを俺は今まで見たことがない。

 とりあえず状況としては、金縛りにあっているのが玲奈であり俺がそいつを守ろうとしていることがバレた…ってことなのか。


「イイコト思いついちゃった!…君はもういいや」


 スッと俺の肩を掴み、懐に小さな身体をうずめ首筋に牙をあてがった。

 俺の腕は自分の体重で精一杯だ。



 首に鋭い痛みが走った。


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