第15話 電話と事件





もう随分と長い間ウィンドウショッピングをしている。

もちろん、飽きたとかそういうわけではないが、明け方が近づいてきている。


「ねえ、遙斗…最後に観覧車乗らない?」


「えっ?…あぁ、もちろん」


手にとっていた小物を適当に戻し立ち上がる。

観覧車はショッピングモールの外に設置されており、今ぐらいに行けばキレイな朝日が見えるはずだ。

少しだるい思いをしてでも見る価値はある。


「よし、行こうか」


「うん───」


玲奈の返事が終わらないうちに俺と玲奈の携帯が同時に鳴り始めた。

…間違いない。公安局からの連絡だ。


《こちら宇佐井、休暇中にすまない。手短に用件を伝えるが…、綵色は一緒か?》


「…はい」


《だろうとは思ったが念のため綵色の方にも千賀から連絡させておいたんだ。…例の事件の犯人が見つかった》


「…良かったじゃないですか」


《歯形や目撃情報から何とか割り出して接触を試みたんだが──》


「………」


《そいつはもう廃人だった》


「廃人ということは──薬漬けですか?」


《見たところ、そうらしい。で、調査に当たった鳴橋班なんだが…連絡が途絶えた》


「!!…それで、俺達に動けってわけですか」


《吸血鬼である鳴橋がやられたとなると容易に人も動かせなくてな…すまない》


「いえ──で、どこに向かえば?」


「私が案内するから車に乗って!」


背後からの声にギョッとしながら振り返ると、広場に思いっきり車を入れ込んでいる紺青が窓から顔を出していた。


《どうやら無事着いたようだな。…頼んだ》


チーフからの電話が切れた。

玲奈と視線を交わらせ、互いに頷く。

危険なのは理解している。

だが、今の俺達なら大丈夫…そんな気がした。


「車出すよ!茉夏連れてきてるから移動中に吸血して!」


素早く後部座席に乗り込む。

確かに中では向井さんが居心地悪そうに座っていた。


「少し…待っててください」


そう言うと向井さんは首もとのボタンを外し、服をはだけさせた。

俺にはなかなか直視し難く思わず目を逸らせる。

…玲奈からの視線が痛い。

可愛い娘が自ら服をはだけさせる所を見つめていろっていう方が無理だろう…。


「どうぞ……」


「ごめんね、茉夏ちゃん…」


まず玲奈が吸血する。

その間にも車の外の景色がビュンビュン後退していく。


「遙斗、いいよ」


「了か……」


返事をして振り返った。

俺の心は完全に油断していた。

途中で目を逸らしたせいであまり見ていなかった向井さんの姿がダイレクトに瞳に入り込む。


…可愛い。


率直にそれしか思わなかった。

玲奈とは違う可愛さがある。

艶やかさもプラスされているせいで俺の思考を停止させるには十分だった。


「……?どうしたんですか…?」


向井さんの言葉で我に返る。

ただ、少し赤くなっている向井さんの表情で思考は元に戻りきることを阻害されてしまった。

そして痛恨の一言を発してしまうことになった。


「い、いや……見とれちゃって…さ…」


「……………!!は、早くしてください!…恥ずかしいんですよ……?」


ん?何言ってるんだ?

思考が回復してきたみたいだ。

俺の記憶と思考が噛み合っていく。

目の前で赤面する向井さんと、奥で妙に笑顔な玲奈が視界に入り脳で認識する。

………玲奈が妙に笑顔だ。


「はー、るー、とー?」


玲奈の笑顔は崩れない。

完璧な笑顔。

己の身の危険を察知した全身が今すべきことを脳に訴える。


「ご、ごめん!向井さん!」


「あっ…痛…っ」


急いで吸血させてもらう。

だが、あまりに急ぎすぎて今度は向井さんを抱きしめるような姿勢になってしまった。

全身が訴えを取り下げる。

諦め、という言葉がこれほどまでに突き付けられたことがあるだろうか。


「ありがと、向井さん」


「い、いえ…」


いそいそと服をただす向井さんと首だけをこちらに向けて微笑んでいる玲奈。

これは…現場につく前に死ぬかもしれない…。


「ほら、おしゃべりはその辺にしておきな。この先だ」


空気がさっきとは違う意味で張り詰める。

開発地区のコンテナ置き場の入り口に車を停めてもらい、俺と玲奈で内部を探る。


「…あれか」


コンテナに寄りかかるようにして座っている人影がある。

腕はだらん、と下がり口は半開きで生気は感じられない。


「…罠かもしれないね」


そう、既にやられた公安局員がいるということは俺達が場所を突き止めたことがバレているということだ。

廃人のフリをして不意打ちする、という作戦は容易に考えつくだろう。


「待て…。おかしい」


「何が?」


「鳴橋さん達がどこにもいない」


「…!確かに…」


考えたくは無いが、やられたのなら瀕死で横たわっているか死体があるはずなのだ。

入り口からここまで、そのようなものは見なかった。

だが…、おかしくても近づかなくては始まらない。


俺は少しずつ犯人に近づいていった。


「ちょっ…遙斗…!」


玲奈は躊躇しながらもしっかりとついて来た。

吸血鬼の目は人間のそれよりも格段に良い。

故にあまり近づかなくても情報を得ることができる。

近づきながら観察する。

脱力状態であることと半開きの口から覗く牙から吸血鬼であるのは確かだが、あとは首もとから流血していることぐらいしか判断できない。


首もとからの流血。

先程の向井さんと姿が重なる。

…これは…。


「玲奈!こいつは被害者だ!退け!」


筋力全開で飛び退く。

玲奈の反応が一瞬遅れる。


「あああああぁぁぁぁあ!!」


頭上から声が聞こえた。

目だけを動かして上を見る。

視界がとらえたのは鳴橋さんが玲奈に向かって飛びかかっている瞬間だった。

俺の脚はまだ地についていない。

俺よりも反応速度が遅い玲奈には避けられない…!


玲奈────!

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