第14話 避けていた理由
「れーな」
寝ている玲奈の頬をぷにぷにとつつく。
出かける予定の時間を三十分過ぎても起きる気配を見せないので強制起床を試みていた。
「ん……」
嫌そうに眉をしかめている。
よほど気持ち良く寝てるんだろう。
次なる作戦にうつってみよう。
玲奈の耳元に顔を寄せる。
小声で、そっと…
「そこにメロンが……」
言い終えないうちに光のような速さで玲奈が目覚めてぐりん!と俺の方に首をまわしてきた。
ただ、俺はその時耳元に顔を寄せていたわけで。
そのまま首をまわした玲奈との距離が、何というか…近かった。
「えっ、あ…その…」
「ご、ごめん!あんまり起きなかったから…」
状況が読み込めずに目をそらして赤面する玲奈から距離をとって言い訳をしてみた。
「はいはい、こんな夕方から見せつけないのー!ほら、早く行かないと遊べなくなっちゃうよー」
空蝉さんが呆れ気味に個室からリビングへの廊下から俺達を見ていた。
玲奈が一瞬ぽかん、とした後盛大に焦った表情をした。
寝過ごしていたことに気づいたのだろう。
「は、遙斗!ごめん!」
「いいよ、これ楽しみしてるからさ」
テーブルに置いてある弁当を指差して笑って見せた。
玲奈はホッとした様子だ。
「用意できたら行こうぜ」
「うん!」
商業区域。
区域とは言うが要するに異常に大きなショッピングモールだ。
もはやそれ自体が観光スポットの1つになっている。
小さい遊園地や少し大きめの公園も併設されておりなかなか楽しめるはずだ。
…昨日のうちに頭に叩き込んだ情報たちを整理する。
例の向井さんと紺青さんに調査を依頼しておいたのだ。
ショッピングモールの前の公園には大きな池があり、貸しボートがある。
…はずだ。
「玲奈、少し話したいことがあるんだ…。ボートにでも乗りながらどうかな?」
「……私も、ちょうど話があったの。いいよ!」
一瞬また思い詰めたような表情をして影を背負いこんだが、最後には明るく答えてくれた。
きっと玲奈も話してくれる気で来たんだ。
貸しボートに乗って池の真ん中に向かって漕ぎ出す。
「吸血鬼になると櫂も軽くなるんだな!」
「えー、そうなの??」
最初はそんなたわいない話だった。
ボートを池の真ん中につけ、他に近くに人がいないか確認する。
…大丈夫だ。聞かれない。
「玲奈…話しておきたいことがある」
「…分かった」
雰囲気が変わる。
今のこの2人をはたから見てもカップルだとは思わないだろう。
それほどまでの真剣さを漂わせている。
「俺は──玲奈も気づいてるかもしれないが──紅姫かもしれない」
「…うん」
「まだ何とも言えないけど…玲奈にだけは伝えたかったんだ…」
玲奈は嬉しそうに目を細めて深く頷いてくれた。
俺が懸念していた引いたり怖がったりという反応が無くホッとはしたが、嬉しそうにしている理由もよく分からない。
「遙斗は…ちゃんと正直に打ち明けてくれるんだね…っ。でも、でも…私は……」
玲奈が俯く。
前髪が表情を隠して何も読み取れない。
肩が震え出す。
その肩に手を添えようと腕を伸ばしたが、空中で停止した。
今の俺に玲奈を慰められる勇気は無い。
「私は…アナタを恐れた……その存在を、日々が壊れるのを…」
「……………」
空中で停止した手を何とか肩に添えてやる。
ただ、乗せた手を見つめることしかできなかった。
……友達に恐怖を感じるってどういう心境だろう。
俺ならきっと…『裏切られた』という感情に近い物を感じてしまうと思う。
そして、それと同時に───
「私はそんなこと思った自分が情けなくて、嫌になって…。遙斗は人殺しなんて絶対するわけないのに……」
…俺もそう思うだろうと思う。
最近のあの様子は自分で自分を追い詰めてしまっていたんだ。
「そしたら、だんだん遙斗と話しちゃいけない気がしてきて…!そうやって自分が辛い思いをすることで贖罪になると逃げてたの…」
「…玲奈が俺を恐れるのは当たり前だ…。そんな存在なんだろ?紅姫っていうのは」
「違う!私は私の心配をしたの!遙斗は私のせいで巻き込まれたのに私を責めない…。なのに!なのに!」
俺の言葉は玲奈の責任を重くするだけなのか…。
今度は肩に乗せた手をそのまま背中にまわしほっそりした身体を引き寄せた。
玲奈を近くに感じる。
玲奈のすすり泣きを耳元で聞いていると胸の内に熱い何かが沸き上がるのを感じた。
「俺は…俺は…絶対に玲奈の味方だ…!だから、もう何も負わないでくれ…。俺は玲奈との間に壁が有る方が辛いんだよ…」
「……遙斗は…優しいね…っ。優し…すぎるよぉ…」
玲奈は声をあげて泣いた。
ようやく心から分かり合えた、と思うと気分が軽くなる。
俺も少しだけ涙が出たような気がした。
スッキリした俺と玲奈はその後のデートを楽しんだ。
向井さん達のお陰も大きいかったが玲奈には秘密にしておくことにした。
…いや、小さな秘密って良くないな。
と、思って正直に話したら笑われてしまった。
この後、俺達にとって重大な事件が起こるとは夢にも思わずに…。
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