第10話 逮捕劇





「公安局です!全員動かないでください!」


 拳銃を抜いた千賀さんが倉庫の入り口に仁王立ちになる。

 公安局、という言葉にビクッとした犯人グループだったが千賀さん1人だと分かりニヤニヤし始めた。


「こんな所に嬢ちゃんが1人で迷い込んで来たぞ~…」


「正義感だけじゃ何もできないって教えてやらないとなぁ」


 千賀さんは表情を変えずにコンテナの陰に隠れる俺に一瞬アイコンタクトをとってくれた。

 作戦は順調なようだ。


「…それ以上近寄ると撃ちますよ」


 千賀さんが少しずつ下がっていく。

 それを追い詰めるように足音が一歩ずつ近づいてくる。

 まだ…まだだ。

 もう少し。

 ……一歩がコンテナの横に見えた!

 今だ!


「うおおおおぉぉあああ!!」


 俺は近寄ってきた男を思い切りぶん殴った。

 吸血した吸血鬼の力は凄まじい。

 男の近くにいた数人をさらに殴る。

 千賀さんの銃も正確に敵を射抜いて麻酔弾を食らわせている。

 逃げ出した連中もごく少数いた。

 だが、玲奈に任せておけば大丈夫だろう。

 そう思っていた矢先だった。


「きゃぁあ!」


 女の叫び声。

 犯人グループは男だけのはず。

 ──玲奈!

 俺は急いで裏口まで走った。

 念力でノックダウンしたであろう連中を飛び越えながら扉に近寄ると、玲奈が頭から血を流して倒れていた。


「おい、玲奈!しっかりしろ!」


「遙斗…吸血鬼がいる…早く追いかけて…」


 …吸血鬼がいたのか…!

 俺は玲奈に強く頷くと、全速力で駆け出した。

 吸血鬼の目のおかげで逃走している敵の背中を苦もなく発見できる。

 発見はできた。

 しかし、追いつけない。

 相手も凄いスピードだ。


「くっそ…!!」


 犯罪者という前に俺の頭の中には玲奈を殴り飛ばしたヤツという意識が強かった。

 玲奈に暴力をふるった。

 許せない。

 あいつもぶん殴らないと気が済まない…。

 玲奈の分も思いっっ切り。

 …ぶっ殺してやる…!


 《何を、望む?》


 心の底から声が聞こえた。

 何を、望むか…。

 言うなればあいつに追いつけるだけの足の速さが欲しい…。

 もっと速く…速く…速く…!


「うぉらぁぁぁああああ!!」


 俺は驚異的なスピードで犯人に追いつき、後ろから跳び蹴りを放った。

 悲鳴をあげさせる余裕も与えずに脚を振り抜く。

 数メートル吹っ飛んだ犯人はそのまま動かなくなった。


「いや、実に素晴らしいスピードだったよ」


 いつの間にか宇佐井チーフ率いる援軍が駆けつけてくれていた。

 出番が無くて少し残念そうな顔もしていたような気がするが概ねご機嫌だった。


「頑張ったね、遙斗」


 その声に反応した俺の身体が勝手にその姿を探す。

 宇佐井チーフの乗っていた公安局車から出てきた。

 頭に包帯を巻いているが、笑顔だ。


「玲奈!お前、大丈夫なのか!?」


「大丈夫…打ちどころ悪くて気絶しただけだから」


「……良かった…玲奈…!」


 俺は思わず玲奈のことを抱きしめていた。

 俺の腕の中にすっぽりと収まる玲奈の存在をただただ感じたかった。


「遙、斗……心配してくれてたの…?」


「当たり前だろ…!」


「ありがと…嬉しい」


 この時俺達は気づいていなかった。

 周りからのジトーッとした目線に。

 いつの間にか2人の世界に入ってしまって何も気づけなかったのだ。



 だが、この逮捕劇によって俺の運命が狂い出したことこそ本当に誰も分からなかっただろう。


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