第6話 吸血と能力






 連れて来られたのはこじゃれたバーだった。

 躊躇うことなく玲奈が入っていくところを見ると行きつけなのだろう。


「こんばんは」


「こんばんは!あれ、綵色さん今日は2人ですか?」


「まあね、例の同居人」


「あ!そうでしたか!」


 慣れた様子の会話の後、玲奈が俺に目で合図する。

 自己紹介しろってことか。


「新しくお世話になる夜来遙斗です。よろしくお願いします」


「私は西深咲良です!よろしくお願いします!…あ、そこのお席にどうぞ」


 明るい笑顔だ。

 少し天然そうな香りがするのは気のせいだといいが…。


「今の子があの寮の同居人の1人…吸血鬼なの」


「へえ…本当に見た目じゃ分からないな」


 少なくとも見た目が変わらないことを喜ぶべきか。

 玲奈も西深さんも普通に見ればただの人間のようだ。


「で、ここのオーナーは特別公安事務局の人だから…これからも来る機会多いと思う」


 と、話していると奥から女性が出てきた。

 西深さんが玲奈が来たと教えてくれてオーナーが出て来たのだろう。

 そのくらいの風格がある。


「今日は…吸血の話だっけ?」


「はい、こっちにいる遙斗に吸血させてあげてほしいんですが」


 俺を指差しながら話す玲奈。

 …オーナーさん、綺麗な人だ。まるでモデルみたいな…。


「あなた、初めましてだよね?私は紺青麻里子。よろしく」


「夜来遙斗です。よろしくお願いします」


 軽く挨拶したところで紺青さんは俺と玲奈を手招きして奥の部屋まで通した。

 なかなか広い。

 あんな店がひしめき合っている内側にこんな広大な建物があったとは。


「じゃあ…茉夏ちゃーん?」


「はーい」


 紺青さんが店の方に向かって呼びかけると、少女がかけてきた。

 …可愛い。


「この子の血を使ってくれればいいから」


「え…吸血のお仕事ですか?」


「そういうこと。ごめんね、よろしく」


 紺青さんは茉夏と呼ばれた少女の肩をぱん、と叩くと店の方に戻ってしまった。


「夜来遙斗です…よろしく」


「向井茉夏です。……」


「本当にいいのか…?」


「これも仕事ですから!」


 俯き加減だった向井さんがキッと顔をあげた。

 仕事、ということにこだわる性格なのだろう。

 血の提供者ということは人間なのだ。


「血を吸ったら、何をするかをイメージすればいいからね」


「…分かった。やってみる」


 玲奈のアドバイスを受け、いざ向井さんの首筋に牙を突き立てようとすると…どうしても俺の中の何かが邪魔をする。

 吸血鬼として生きるなら経験しなくちゃいけないことだ。

 …だけど、どうしても決心できない。


「遙斗!向井さんの思いを踏みにじる気?男なら覚悟決めなさい!」


 …くそ!

 玲奈にここまで言われてやらないわけにいくか!

 俺は意を決して向井さんの首筋に自らの牙を突き立てた。


「んっ……」


 さすがに痛みはあるようで小さく声が聞こえた。

 血を、飲む。


 …美味い。

 その事実が何より俺を動揺させた。

 血が美味い。


「ぷはっ……」


 口を離すと、今までもやがかかっていたかのように視界が冴え渡っている。

 体にも力がみなぎり心なしか気分も良くなっている。


「能力、使えそう?」


 玲奈に言われて能力の存在を思い出す。

 目を閉じ、意識を集中させる。


 《何を、望む?》


 声が聞こえた。何を望むか…とりあえず倉庫で見た幻覚の能力で発火させる様子を思い浮かべる。


「きゃあ!!」


 玲奈の悲鳴───!!

 目を開けると、玲奈や俺の周辺に炎が広がっていた。

 しかし、熱くもなければ煙くもない。

 …成功したみたいだ。


「玲奈!これは幻覚だ!」


 集中を解くと、炎はたちまちに消えてなくなった。

 玲奈や向井さんも安堵の表情を浮かべる。


「これが、遙斗の能力…。だからあの倉庫の時も幻覚だって気付いたんだ」


 確かに同じ能力なら、分かるということが可能だろう。



 俺と玲奈は向井さんと紺青さんに礼を言ってバーを出た。

 西深さんは後少し仕事があるらしく、先に帰っていて欲しいそうだ。

 オーナーは事務局員でも店員はそうではなく普通に働いているだけらしい。


 部屋数的にまだ同居人はいるだろう。

 帰ったら挨拶だな…。


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