第12話 コロナ鍋の具

「マスクコミュニケーション」

 コロナ禍、子供たちの順応性に驚くことがあった。私は現代の子供たちを多少甘く見ていた。


 臨時休業が始まったとき、人と接触しながら遊んで育った私たち大人は、家に籠ることの恐ろしさを心配していた。


 私が子供の頃の遊びと場と言えば、近所の公園で夕暮れまでふざけるか、友達の家でファミコンをするか漫画を読むことである。もし、その時代にコロナが押し寄せていたら、多分ストレスが溜まり、家で暴れていただろ。


 現代の子供たちは、人と直接接触しなくても、オンラインゲームや動画を見ながら、自宅で過ごすことにほとんど抵抗を示さなかった。もちろん、人と接触しながら遊ぶ楽しさも知っているが、それ以外の楽しむ術も習得していたのだ。早くに根を上げたのは大人のほうだったかもしれない。


 臨時休業が明け、生徒たちは慣れないマスクを当たり前のように着用していた。昭和に子供時代を過ごした大人たちは、風邪をひいてもマスクはしなかった。体温計で熱を測るのは本当に熱が出たときだけ。世の中のルールは180度変わった。マスクから鼻が出ていると、お互いに注意する生徒も多くいる。時々、マスクを着用することを忘れるのは大人の方が多かったと思う。


 子供たちは柔軟である。成長段階にある子供たちがマスクをし続けることは、心肺機能への負担など健康的にはどうなのかは未知数だが、顔の半分を隠すことにはすでに慣れている。人は、言語以外の、表情や身振り手振りのジェスチャーなどのノンバーバルコミュニケーションを多用する。その中でも感情が最も現れるのは顔であり、マスクにより顔半分が隠されてしまっている状況で日々を過ごしている。授業中、生徒たちの表情が読み取れず、マスクを外した顔をほとんど見たことがない生徒も多くいる。表情が分からないことは不安であるが、子供たちからすれば、妙な気遣いをされずに安心という側面もあるだろう。

 

 子供たちは、マスクを介して、様々な言葉を駆使しながら遊び感覚でコミュニケーションを多様化していた。マスク越しでも伝わりやすい「ぴぃえん、きゅん死、それな、くさ、しか勝たん、推し・・」はコロナ禍以前から使われていたが、特徴的な言葉として残っていった印象がある。短くまとめられた言葉を耳にしても、うまく反応できないのが大人である。子供たちは、制限されたなかでも柔軟にコミュニケーションを成立させようとしていた。SNSで短い言葉を交わす習慣が、マスク着用によって加速していったのでないかと思う。それが、複雑なコミュニケーションで成り立つ現代社会で生きていくためにどのような影響があるのか分からないが・・。


「戯画スクール」

 コロナ禍、様々な制限があった1年間だった。感覚としては、大規模な社会実験の渦中にいるようだった。

 学校現場では、未だかつてない状況に多くの判断と決意を迫られた。生徒たちの創造性に驚かされ、気付かされることが多くあった。

今まで、規則やルール、暗黙の了解で進んできた学校教育に風穴が開いた瞬間だった。風穴を開けてくれたのは、子供たちの存在だ。ギガスクールが一斉に導入され、未知なる学習活動への不安は子供たちには無いように感じる。待っていましたと言わんばかりに、心が躍る生徒もいるのではないだろうか。数十年後に、コロナ禍を振り返ったら、様々な学習方法や生き方、価値観が変わった、多くのアイデアがこの時期に生まれたターニングポイントと言われるかもしれない。昭和や平成の教育観を引きずる大人たちは、子供たちに見放される恐れがある。


 美術室に貼ってある、平安時代末期に描かれた日本最古の漫画と言われた「鳥獣人物戯画」のポスターを眺めた。いずれ、コロナ禍を描く人が現れたら、世界がパンデミックでも、子供たちは生き生きと創造性豊かに過ごしていたと描かれるかもしれないと思った。「戯画スクール」と題して・・。


「ゲームチェンジャー」

 ゲームチェンジャーは子供たちだ。今の時代を過ごしている子供たちはあと10数年後には社会で働く存在となる。製薬会社のヒーローたちがつくり出したワクチンにより、コロナは終息を見せるかもしれない。終息した後には、コロナ禍、自分や社会、周りの大人たちの対応や姿を見てきた子供たちの出番となる。

 きっと私たちが成し得なかった発想を持って、今とは違う世の中を創造してくれるのだろうと期待する。


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