第15話 完走した感想ですが……
「た、探偵さん!? いったいどうしてっ……!?」
「づっ……ぐう……思ったよりも……痛いな……これ」
右腕にはぐっさりと包丁が突き刺さっている。余程ちゃんと研いでいたのか、骨をちょっと貫通しているみたいだ。
どうやら太い血管を綺麗に切り裂いたのか、ドロドロと血が流れ出していき痛みでガンガン頭痛がする。
だが、耐えられる。死に続けてきたのに、この程度の痛みがなんだというのだ。
「皐月さん……僕は、誰も殺したり、殺されたりしてほしくないんですよ……それが、自殺だとしても……」
「なんで、止めるんですか……! もう、私には……!」
皐月さんは、そうやって叫ぶ。それは悲痛で、聞くだけで悲しみに包まれそうな声だ。
「皐月さんが……何を考えて、何を思っているか……僕には想像しかできないですけど……」
言葉を紡がないといけない。
ここまで、散々に好き勝手他人を弄んだのだ。殺人事件を止めるためでも、許されることではない。
だから、やりきらなければならないのだ。自分の役目を。
「僕は……探偵なんです」
「それは……知って、います。それがどうしたんですか……!」
「僕は……名探偵っていうやつが、嫌いなんですよ」
その言葉に、何を言っているんだという表情を浮かべる。
それでも、聞いてもらうしかない。殺人もエゴなら、止めるのだってエゴだ。なら、僕のエゴを聞いてもらうだけだ。
「名探偵なんて……最低なもんですよ……誰かが死んで、初めて解決のために動いて……いっぱい死んだあとに、めでたしなんて……嫌いなんですよ……だから、僕は……誰も殺させない……探偵になりたいんです……」
「そんなメチャクチャなことを……!」
「お互い様……ですよ……どっちだって、自分勝手なんですから……だから、ここは……僕の勝手を、押し通させてもらいます……」
そう言い切る。殺人だろうが、それを防ごうが……どこまで行き着いても、初戦はエゴでしかない。他人のことを考えない勝手なものなのだ。
聞こえのいい説得なんて出来ない。なら、せめてこれで納得してもらうしかないのだ。
……どうでもいいのだけども、刺さっている刃物の感覚が消えてきた。体がとんでもなく寒い。雪山にでも居るのかと勘違いしそうだ。
「でも、私は……!」
「……死んだ人は、蘇らないんですよ……」
「……っ!? なんで、それを……」
「……僕は、探偵なんでね……神様を呼んで……死んだ人の言葉を聞いて……でも、死んだら……意味がないんですよ……」
その言葉に、首を振って涙を流して否定する皐月さん。
「……私にはもう、何も残っていないんです。仕える人も夢も……ここも無くなれば、居場所も何もかもなくなるんです……! なら、最後に……私の嫌なものを全部消して……全部、終わらせたっていいじゃないですか!」
子供の癇癪のように、そう叫ぶ。
……ああ、それが彼女の動機なのだろう。最後だから……何もかも真っ更にしたかったのだ。
「旦那様を……困らせていた人を……みんな居なくして……そして、旦那様の秘密を聞いて……それで、もう何も無くなればよかったんです……!」
ある意味では破滅願望で……彼女が抱えていたストレスが爆発したのだろう。
もう彼女に伝える人は居ない。なら、彼女は自分の中の思いで動くしかなかった。
ああ、どこまで行っても死んだ厳島桜人が悪いんだろう……だって、ここに居るのは勝手に放り出された一人の小さな少女でしかないのだから。
『それが動機ねぇ。分からねえなぁ。生きてた方が人間は面白えってのに。死んだら続きが見れねえじゃねえか』
(……邪神らしいね……皐月さんみたいに、どうしようもなくなってしまう子だっているんだよ……)
『どうせ、人間なんて殺されなきゃ生きていけるくらいにしぶといってのに』
(……邪神視点だよ。それは)
彼女の自白は終わった……いうなら……壮大な彼女の自殺だ。
「……でも、出来なかったんなら……それこそ、もうちょっとだけ生きてみて……ください……」
もっといろいろと言いたいのだが……口が回らない。
というか、気が遠くなってきた。全然出血が止まらないどころか、むしろ出ていく血の量が増えたような気もする。
「不味い! 皐月ちゃん、その子をこちらに! 死ぬぞ!」
「えっ、え……?」
「ああ、クソ! 止血をすりゃいいんだよな!?」
「梅生くん、済まないが頼む! すぐに器具を取ってくる! この出血だと、輸血も必要に……」
声が遠くなっていく。
ふと、視界に泣きそうな皐月さんが見えて……元気づけるために、彼女に声をかける。
「皐月、さん……」
「私……そんな、つもりじゃ……」
「……とりあえず……起きた時に、栄養の付きそうな食事……お願い、します……」
皐月さんにそう言い残してから、視界が真っ暗に染まって意識が抜けていく。
ああ、今度は死にたくないな……そう思うのだった。
――探偵が血を失い、気絶してから一時間後。
可能な限りの治療をされて、医務室に寝かされていた。そこで見ているのは……今回の事件の犯人になるはずだった皐月だ。
「……どうして……私のためなんかに……」
一人でそう呟きながら、眠っている探偵の顔をじっと見つめる。
血を失って真っ青な顔をしている探偵に対して、どうして死なせてくれなかったのか……という気持ちと、どうしてここまでしてくれたのか……という気持ちが入り混じってどうすればいいかわからない状態だった。
「……私は、どうすればいいか……もう、分かりません……」
彼女に伝えられた情報はあまりにも衝撃的で……死ぬ気すら奪う程のものだった。
自分が厳島桜人の娘であり……殺そうとした彼は腹違いの兄だった。そして、厳島桜人は誰も恨んでいなかった。むしろ、彼は日記で皆に謝っていたのだ。
それは彼女の決意の行き場をなくして……それでも、彼女には自分の先を見つけられなかった。
「……風……?」
ふと、閉めていたはずの風を感じて窓を見る。
そして、目を疑った。
「えっ……!?」
夜の闇に、その闇よりも暗く巨大な何かが鎮座していた。
それは、皐月が幼い頃に見た存在だった。新月の夜に……亡くなった母と見た、この島にいる神。
「かみ……さま……?」
『そこの男が、面白いものを見せてくれた。娘、その礼をやろう』
その言葉と共に、風が吹く。その風に思わず目をつむり……そして、もう一度目を開けると信じられない光景があった。
「……そんな、だんなさま……? おかあさん……?」
笑顔を浮かべているのは……死んだはずのこの屋敷の主人と自分の母親だった。
夢ではないかと疑い……夢でも良いとゆっくりと、歩いていく。
彼女は、その二人にしがみついた。熱はなく、生きていないと分かる。その二人に……今までの恨みも、感謝も、喜びも、悲しみも、怒りも。全てをその二人に叫んだ。
「わたし……! わたしは……!」
そうして、長い時間を叫んで……そして、死んだはずの二人の口が開く。それを、子供のように聞く皐月。
その光景を見ながら……神様と呼ばれたそれは笑う。聞き覚えのある声で。
『……ひひひ』
もしもここで探偵が起きていれば……本気で怒っただろう。
『折角助けても、自殺なんて興ざめだしなぁ……それにだ』
ニヤリと笑みを浮かべながら、二人の言葉に涙を流して頷く皐月を見る。
『こういうやつは、生きてたほうが面白いことになるんだよ……なあ、名探偵?』
しかし、眠っている彼からの返事はない。
少しだけ退屈そうな表情を浮かべてから……改めて、皐月に向き直る。
『時間だ』
「……ありがとうございました、神様……」
『これは、そこの男への褒美だ』
それだけ言い残し、もう一度強い風が吹く。そして風が吹き終わると……何もなかったかのように、全てが消えてしまった。
残された皐月は……先を見ていた。それは、希望に溢れた目であり……そして、探偵を見てつぶやく。
「……探偵さん……待っていてくださね」
……思い込みが強く、神様を見たことのある少女の崇拝が一人の男に向けられていた。
どこからか、邪神の高笑いが聞こえてくるのだった。
――夢を見ることもなく、次の日に僕は目が冷めた。
そして目の前にマガツが至近距離で宣言をした。
『ひひひ! おめでとさん! 亡霊島殺人事件の解決だ!』
(……うん、それはよかった)
『どうしたどうした!? 元気がねえじゃねえか! ひひ、ものたりないってか!?』
(血が足りなくて元気が出ないんだよ)
ふと見ると、そこには誰も居ない。
……さて、死後の世界ならもっとマガツが煽ってくるだろうから生きているはずだろう。
「……つっ……まじで調子が悪いね……」
力が出ず、上体を起こすだけで立ちくらみのようになる……と、そこで扉が開いた音がした。
「探偵さん!?」
「……ああ、皐月さん」
起き上がった僕を見て驚いて……心配をした表情をしている。
その顔には、昨日のような絶望がなく事件がちゃんと正しく終わったのだと実感する。
「駄目です! 血を失ってしまったんですから、起き上がっては……」
「皐月さん……朝食、ありますか?」
昨日の言葉を思い出して、そう聞くと笑みを見せる皐月さん。
「……はい! 腕によりをかけて、作りました!」
花の咲くような笑みで、そう答えてくれるのだった。
「探偵さん……本当にご迷惑をおかけしました」
「いや、いいんですよ。僕の勝手だったんで。それで、皐月さんは大丈夫でしたか? その……色々と」
自殺騒動に、息子さんを殺そうと現場も見られたのだ。色々と言い争いなどになってもおかしくないと思ったのだが……
「はい……あの後に話し合って、色々と和解できました……それに、梅生さんが私の兄だというのも驚きで……探偵さんは知っていましたか?」
「……まあ、そうじゃないかと思ってはいました」
折角事件が終わったのだ。嘘は吐きたくないので、答えられるギリギリの真実で返事をする。
「そうですか……ふふ、やっぱり探偵さんだったんですね……私を止めようとしていたのは」
「……バレましたか?」
「はい。おかしいなと思っていたんです。色々と不自然なことがあって……でも、それは探偵さんだったんですね」
まあ、実際に違和感は感じていたのだろう。
面倒なことになりそうなら父さんに全ての責任は押し付けるつもりだ。面倒事で色々と巻き込まれたのだ。そのくらいはさせてもらおう。
「はい、そうですね……」
そして皐月さんの言葉を待って……と、そこでまた扉が開く。
今度は誰かと思えば息子さんだった。
「あれ? どうされました」
「おい、探偵。体調はどうだ」
ズカズカと入ってきて、顔をガシっと掴まれて調子を見られる。
……あれ? なんだろう。変な距離感でちょっと怖いんだけども
「だ、大丈夫ですけど……どうしました?」
「……お前が黙って好き勝手やったおかげで、この屋敷じゃ大騒動だった」
その言葉だけ聞けば棘があるように聞こえるが……しかし、その表情は優しいものだった。
この屋敷に来てから苛立っていたような人だったが、こういう表情をする人だったのか。
「ええ、僕が勝手にかき乱してすいません」
「バカか。むしろ感謝してるんだよ、俺は」
そういって、頭を下げる息子さん。
「お前のおかげで俺は命を救われた……そして、知らなかったとは言え、妹が犯罪者になることを止められた。それに対する感謝だ」
「いやいや! そんな頭を下げなくても……」
「俺の自己満足だ」
ぐ、そう言われると弱い。
僕が事件を止めたのだって自己満足なのだ。どの口が言うんだという話になる。
「……分かりました。それで、感謝をするために来たんですか?」
「帰りの船が来る前に準備をさせようと思ってな」
「帰りの船って……」
「応急処置として輸血はしたが、それでも何があるか分からねえんだ。本土にある病院に送るように連絡してる」
いや、それもそうか。気絶するくらい血を失っているし、何なら頭を打っているのだ。
病院送りになるのも当然か。
「分かりました……まあ、多分歩けるんで大丈夫です」
「おう。ただ、コケたりしねえように俺が見ておく」
と、そこで皐月さんが何かをいいたそうにしている。
「……皐月さん、どうしました?」
「その、お食事はどうしますか?」
その言葉に答えるように、お腹がなる。自分の正直な体に苦笑して僕は答えた。
「ええ、お腹いっぱい食べさせてもらいます」
さて、食事をしてからお弁当まで持たされた。皐月さんはどうやら相当気合を入れたらしい。
満足した所で帰りの船がやってきて、それに乗り込んでいく。
「それじゃあ、お世話になりました」
「いや、こちらこそ世話になったね……ああ、それとこれを」
と、何やら紙袋を渡された。
「これは?」
「形見分けだよ。彼の使っていた時計でね……お父上にも、よく言っておいてくれ」
「分かりました。これ、高いものですよね?」
「そうだね……値段としては……」
それを聞いて後悔した。そんな高価なものをもたせるんじゃないといいたいが、元々の目的は形見分けだったな……と思い出す。
「しっかりと父さんに届けますので。それじゃあ……さようなら」
「ああ、さようなら」
別れの挨拶。手を降って船へと乗り込んでいく。
本当に短い間だった。しかし、やり直しとその密度の濃さは思い入れを生み出すのに十分な長さだった。
『ひひ、寂しいのか?』
(いや……やっと終わったんだなぁって実感してるところ)
そして、船がゆっくりと進んでいく。
すると……大きな声で、僕に呼びかける声が聞こえた。
「探偵さん!」
今まで静かに叫んでいた皐月さんが叫ぶ。
「なんですか!」
「いつかきっと! 貴方の――ますから――」
だが、出発した船の上だと波に消されて声が聞こえなくなった。
きっとそれだけ伝えたかったのだろう。何を伝えたかったのか聞きたかったが……聞こえなかったのなら仕方ない。
ふと、皐月さんから持たされたお弁当を開けてみて……そこに手紙が挟まっていることに気づいた。
(手紙か……皐月さんからの)
封筒に入ったそれを開いて中を見る。
「うわっ」
思わず声が漏れた。びっしりと、上から下まで文字の書かれた手紙が10枚くらい入っていた。たしかに持った瞬間に違和感は感じたけど、これは予想外すぎた。
少し読んでみて……いや、なんだろう……狂気とも言えるレベルの書き込みで冷や汗が流れる。内容も、ちょっと……
『ひひ! モテモテだなぁ!』
「……マガツ、聞きたいんだけどさ」
話しかけてきた邪神の表情が、なんとも楽しそうに歪んでいるのを見て嫌な予感がした。
というか、こういう時はたいていは碌でもないのだこいつは。
『んー? どうしたんだ? なにか言いたいことでもあるってか?』
「……今回、途中で君が居なくなったけども……何をしてたの?」
『はは! 散歩だよ散歩』
ああ、これはちゃんと答えるつもりがない顔だ……いや、こういう時には……
「まさかとは思うけどさ……君さ。散歩中に誰かに合わなかった?」
その言葉に、ニヤリと笑う。
嫌な予感は的中してそうだ。
『さあてなぁ? ただ、俺様ってグルメなんで……ちょっとばかり美味いものを食った記憶はあるけどな』
「……まさかっ! マガツ……あの島に居た神を食ったんじゃ……!?」
手紙には、電波と間違われそうな内容の中に「探偵さんのおかげで神様に旦那様と会わせてもらった」と書いてあった。というか、やけに僕のおかげだと褒め称えていた。
しかし、彼女にここまで狂気的にさせる理由は心当たりがなく……途中で不自然な動きをしてたこの邪神を思い出して聞いたのだがドンピシャだった。
『ただ、これで自殺しそうなあのネーちゃんが死なねえようにアフターケアしたんだぜ? ひひ、神の奇跡をどうぞってなぁ』
「それはそうだけどもさぁ……!」
多分、わざわざ僕に彼女の感情を抱くように仕向けたに違いない。
思い込みが強く、神様を信じている彼女の崇拝が僕にやってきたということになる。つまりだ……想像できる未来がある。
「皐月さんが手紙だと和解して準備が終われば島から出るらしいけど……間違いなく、僕のいる探偵事務所にやってくるよな……! ああ、しかも父さんの事だから面白がって雇うに決まってる……! 間違いなく、面倒なことになる未来が見える……」
『ひひひひ! 楽しみだなぁ!』
「この……クソ邪神!」
そして、亡霊島で起きた殺人事件は終わった。犠牲者を出さない、ただの亡霊島で起きた小さな家族の諍いとして。
……そして、未来の僕に平和裏に解決できるのか怪しい難題が残るのだった。
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