第14話 本走ではガバらない走者の鏡
さて……食事を終えてから部屋に戻り時間を待つ。
少なくとも、皐月さんが仕事を終えるまでは動き出さない。息子さんが監視をしているだろうし、その状態で事件を起こすのは難しい。
『ん? 動かねえのか?』
(そうだね。ここまで来たらあんまり第三者を交えるのは良くないと思ってね……ああいや、待てよ……?)
『お、なんの悪巧みだ?』
(悪巧みって言わないでよ……まあ、頼れそうな人を思い出しただけだから)
色々と考えて、彼であればこの騒動で頼ってもいいかも知れないと思える人がいる。
……と、そういえばふと思い出した。
(第三の事件……最初の時に、部屋が燃えて息子さんが焼け死んだのはトラブルだったのかなぁ)
『ああ、そういやそうだったな。こんがり焼けてたからな』
(その言い方やめてくれないかな……まあ、アレは予想外だったのか……それとも、息子さんが抵抗したのか……)
今考えれば、最初の事件の時には皐月さんにも不確定要素が多くあったのだろう。
だからこそ、僕はあの事件を解決することが出来たのだ。人間が起こす事件に絶対はない。だから、どれだけ不可能に見えても諦めなければ必ず止めれる。
(……まあ、行動あるのみだね。とりあえずは準備に動こうか)
『ひひ、準備はいいが本当に大丈夫か? 失敗するんじゃねえか?』
(その時はもう一回やり直すだけ……と言いたいけど、ここで終わらせるから失敗するつもりはないよ。知ってるだろ? 僕は本番に強いんだ)
『そうかい、なら楽しみに見させてもらうぜ』
さて、そのまま部屋を出て、とある人の部屋へと向かって行く。
彼の協力を取り付けられれば大きく展開をコントロール出来る。
『……しかし、思ったんだがよ』
(ん? 何?)
突然の言葉に聞くと、不思議そうに首を傾げるマガツ。
『そこまでして死んだやつの言葉を聞きたいもんかね?』
(……皐月さんにとってはそれだけの価値があるんだよ。他人にとっては、くだらないことだとしても……それでも人生を賭ける人はいるんだから)
『そんなもんかね』
(そんなもんだよ)
そして、目的の部屋をノックして……中へと入っていく。
さあ、説得の時間だ。
――時間は経過して夜も更けた時間。真っ暗な廊下を小さい光で照らしながら歩き、書斎へと入っていく二つの人影。
それは、厳島桜人の息子である厳島梅生……そして、この屋敷の使用人である月無皐月の二人だ。お互いの表情は緊張と不安に染まっている。
「……こちらです」
「こんな場所があったのか……確かに凄い蔵書量だな。親父の趣味か?」
「……」
感心したような声でそういうのは、厳島梅生だ。
そこにある蔵書は、一見しても膨大な量でここから目当てのものを探そうと思えば一日二日では不可能であろうというほど。それに感心する梅生に対して、皐月は答えない。
「んで、探偵の集めた資料っていうのはどこにあるんだ」
「こちらの棚です……三段目で、探偵さんから教えていただきましたが、表紙が違うそうです」
「目当ての本は表紙が違うんだな……いや、見ても分からねえな。中を確認させてくれ。乱暴には扱うつもりはねえ」
「……分かりました。乱暴に扱わないのなら許可します」
不満そうにしながらも、許可を出す皐月。その言葉を聞いて、三段目の本に手を出す梅生。
「……この島の伝承についてか」
パラパラとめくり……そのまま目当ての本ではないと閉じてから次の本を開く。
その手付きは淀みなく……そして、皐月との約束を守るためか丁寧な手付きで扱っている。
「……これも違うな。しかし、生贄だのなんだの……物騒な島だな」
そういいながらも、次々に本を手にとって確認していく。
――その背後では、物音を立てずに皐月が何かを手に持っている。
それは、この部屋に置いてあった丈夫そうなランプ。手頃なサイズで女性でも持つことが出来て……十分な重量があり、思いっきり殴れば成人男性でも殺せる凶器だ。
「……これか! 親父の日記……!」
それに梅生は気づくことは出来ない。
なぜなら、最悪のタイミングで探していた日記を見つけてしまったからだ。その内容を齧りつくように読む梅生。
そして、その油断しきった頭部に向かって振り下ろそうとし……
「ダメですよ。皐月さん」
「えっ……!?」
「うおっ……!? な、なんだ!?」
その手を僕が無理やりに止める。皐月さんも息子さんも僕の声に驚いた表情を見せている。
……そう、先程までずっと物陰でこの光景を僕は眺めていたのだ。
「探偵……さん……? どうして……」
「皐月さん、それだけはダメなんです」
その言葉で皐月さんは手に持っているそれを落とした。
古いランプはゴトンと音を立てて床に落ちる。これで殺されたのか……まあ、これで殴られてよく意識が残ってたなと自分の丈夫さに感心してしまう。
「なんだ……!? どういうことなんだ! 説明をしろ!」
「まあまあ、落ち着きなさい。梅生くん」
混乱している息子さんが僕に掴みかかろうとするのを諌めるのは……
「なっ……斎藤先生!?」
「探偵さんから呼ばれていてね……彼の日記が存在すると聞いたんだ。それがそうなのだね……少しだけ、見せてもらえるかね?」
「あ、ああ……」
予想打にしない人物……それは、この屋敷に来た人物であり二番目の被害者だった医者の斎藤先生だ。
その言葉に素直に渡す息子さん。それを確認して頷く。
「……確かに。これは彼の日記だ……君たちに伝えず、墓まで持っていこうと思っていた内容だよ……」
「どういうことだ……アンタは何を知っているんだ!」
自分の知らない情報を言う斎藤先生に怒りを隠さない息子さん。
「彼は後悔していたよ……梅生くん、君のことを。君に対して、何もしてやれなかったと」
「……なっ! 今更だろうが!」
その言葉に、更に激昂する。それはきっと、許せない言葉なのだろう。
生きている間に言われればまだしも、死んでから他人の口から言われても気持ちは収まらないに決まっている。
そんな彼の怒りを、先生は受け止めて言葉を続ける。
「君のお母さんとは不仲で、色々と事情があった……ただ、それを許してくれとは彼も言わないだろう。だけども、彼は……」
(盛り上がってるなぁ)
『他人事だなぁ』
ヒートアップする息子さんと、淡々と語る斎藤先生。
そんな二人を見ながらも、視線は皐月さんに向けて離さない。彼らの会話も気にはなるが……今はそこは本筋じゃない。
『ひひ、いい感じに人でなしになってきてんなぁ。普通なら興味を持つぜ?』
(いいんだよ。だって流れなんて似たようなものだし……終わってから聞けばいい)
「ああ、駄目……」
皐月さんが、小さくつぶやく。見ているのは、この部屋においてある時計。
その時間は過ぎていき……まもなく、0時を過ぎようとしていた。
カチカチと、時計の針が過ぎて……そして、最後の事件の時間をすぎる。
「……ああ」
その時の顔は、なんと言えばいいのだろうか。
まるで重い責務から開放されたような……夢を諦めてしまったかのような……そんな、吹っ切れた顔。
そして、皐月さんは懐から一本の刃物を取り出す。それは台所で使っていた包丁だろうか。それを、自分の胸元に突き立てようとして……
「させ……ないですよっ! ぐっ、うう……!」
「……えっ……探偵さん!?」
予見していたのら、防ぐことくらい出来る。
僕は、躊躇なく振り下ろされたその包丁を自分の右腕で受け止めた。
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