第13話 チャート本走です

 戻ってきた瞬間から地獄だった。


「うげっ、ごほっ! ごほっ! がはっ、はぁ、はぁっ……! ぎっ、ぐうう!」

『ひひ、苦しんでんなぁ! まあ、そりゃあやり直し含めて2連続で殺されりゃ負荷もかかるだろうよ』


 ニヤニヤとしたマガツの顔すら見えない。まるで体が自分のものじゃないかのように痙攣して、何もできなくなっている。

 短くない時間を、苦痛の中でひたすらに耐え続ける……ようやく、苦しみから開放されて体が落ち着いた。ゆっくりと息を整えているとノックの音がした。


「探偵さん。そろそろ夕食の時間なのですが、いかがなされますか? もしも体調が優れないというのなら、お部屋に食事を運びますが……」

「……ごほっ、いえ、まだお腹が空いてないので……後でも大丈夫ですか?」

「かしこまりました。それでしたら食べる時は言ってくださいね? すぐに温めてお出ししますから」

「ええ。その時はお願いします」


 そして、皐月さんの気配が遠のいていく。

 ……さて、始めようか。犠牲者を誰も出さない解決を。


(いこうか)

『おうよ』


 そのまま準備をして、真っ直ぐに外へ出て息子の部屋まで走っていく。

 テープとブラックジャックを使って窓ガラスを破壊する。音は小さく、気づかれる様子はない。


『もう完全に泥棒だな。ひひ』

(言われると思ったよ)


 時間的な猶予はあるので心持ちは楽だ……なんとなく、横に茶々を入れる存在がいるとちょっとだけ気が楽になる。

 まあ、それが邪神で諸悪の根源みたいなものだが。

 そして……こっそりと、あるものを投げ込む。効果があればいいが、最悪無くてもいい。そう言うものだ。


『ん? 何をしたんだ?』

(後のお楽しみってことで。さて、次にいこうか)

『サクサク行くねぇ。いいじゃねえか』


 楽しそうなマガツに、ふと気になったことを聞いてみる。


(それで、マガツはどこをフラフラしてたの?)

『ん? 散歩だぜ? いい場所じゃねえか。なんていうのか、ドロドロした怨念の煮詰まってるっていうかよぉ……』

(ああ、そう……まあいいや)


 真面目に聞いて損をした気分になる。マトモに説明する気はないのだろう。

 さて、ここからが重要な要素だ。


「さて、次は……ご飯を食べないとね」

『ん? 気合を入れてた割に飯食うだけか?』

「気合も入るよ。ここからは間違えるつもりはないから」


 その言葉に楽しそうな表情を浮かべるマガツ。


『ほお、やる気じゃねえか。んで、何をするんだ?』

「皐月さんと息子さんを書斎に誘導する。そこで……皐月さんが息子さんを殺しやすいであろう状況を作り上げる」

『ほお……おうおう! いいねぇ! いいじゃねえか! もう一端の悪党だなぁ! 名探偵さんよぉ!』

「……探偵だよ。僕は」


 悪党の部分は否定はしない。その程度の誹りは覚悟の上だ。事件が終わって、僕が皐月さんから死ぬほど恨まれようとも構わない。

 そして、真っ直ぐに壊した後の足で食堂に向かう。


「皐月さん」

「探偵さん? どうされました?」

「すいません……ああ言った後なのに、お腹が減ってしまって。食事を貰ってもいいですか?」

「はい、いいですよ」


 笑みを浮かべて対応をしてくれる。

 そして食事を食べながら……タイミングを見計らう。


(芹沢さんとお医者さんは食事は終わった後か……)


 食べながらも、皐月さんの動向に注目をする。

 ……今は食堂で色々と作業をしているようだ。しかし、時たま視線をどこかに向ける。方向的には……やはり、息子さんの部屋だろう。


(……さて、そろそろかな)


 皐月さんは気になるのか、食堂を出ようとしている。

 そのタイミングで僕が席を立つ。


「すいません、お手洗いってどこでしたっけ?」

「えっ? ああ、お手洗いでしたら廊下の先です」

「ありがとうございます。少し離れますね」


 食堂を出て、そのまま息子さんの部屋にまっすぐに歩いていく。

 ……ノックをすると、部屋の中からガサゴソと物音がする。どうやら、起き上がったらしい。事件の際に起きていたからこの時間だと意識は戻っていると考えたが……正解だったようだ。

 そのまま扉から離れて隠れる。すると、息子さんが騒いでいるらしい音が聞こえてくる


(まあ、そりゃ起きたら窓ガラスが割れてるんだったら、びっくりするよねぇ)

『そうだよなぁ。んで、その感想はどうだい? 主犯としては』

(……仕方ないと思ってもらうしかないかな)


 その言葉に笑顔で大笑いするマガツ……まあ、僕の答えが気に入ったみたいだ。

 まあいい。そして部屋から息子さんが出てきて……その手には、僕の仕込みがあった。


「……ちっ……どういうつもりだ」


 そう言って、そのまま部屋から出ていく。


『なんて書いてるんだ? あの紙』

(ん? ああ、お望みの日記は書斎にあるとだけ書いたんだよ)

『うわ! クソ怪しいな! よく信じるなあの息子も』

(……怪しいけど、多分誰にも言ってない自分の目的を当てられたから信じるしかなかったんだと思うよ)


 僕は前のやり直しで聞いた情報ではある。しかし、彼からすれば誰にも伝えていない本心を当てられた気分だろう。

 そして、少しだけ待ってから食堂へ向かうと……中では、何かを言い争うような声が聞こえてくる。


「――だから! その場所を教えろってだけだろう!」

「ダメです! あそこは貴重な資料があるんです! 乱暴に扱われてしまったら取り返しがつかないんです!」


 外にまで聞こえてくる……ああ、なるほど。書斎の場所を巡っての言い争いか。

 教えろという息子に、教えないという皐月さん……二人はお互いにあまりいい感情を抱いていないのだからこうなるのは予想通りだ。


『おいおい、喧嘩させるために呼び出したのか?』

(間違ってないよ。ここで言い争いをさせるのは必要だと思ってね)

『なるほどなぁ! 最高じゃねえか名探偵ぃ! 人でなしとして立派になったなぁ!』

(……ちゃんとした理由があるんだよ)


 その言葉に、マガツはニヤリと笑いながら僕の周りをぐるぐると飛ぶ。面白い事なら教えろということだろう。


『ちゃんとした理由ってのは、俺様が居ない間の話かぁ?』

(そうだね。息子さんの探しているものはこの屋敷の主人が持っている日記……いうなら、死者の本心を知りたいが動機だよ)


 皐月さんからすれば……親子仲は冷え切っているように見えるだろう。実際、いい関係とは言えなかった。

 しかし、彼からすれば父親の方から交流を断絶されていたのだ。そう、皐月さんの視点との食い違いが生まれる。


(皐月さんからすれば、嫌っていた父親の形見分けにやってきた息子は財産とかを目当てにしてるように見えるだろうね。それに、息子さんも皐月さんの事を父親を奪った相手に思えるだろうし……敵意を持たれている相手と協力的に行動なんて出来ない)

『なるほどなぁ。だから喧嘩させてんのか?』

(そうだね。書斎には必要なものがあるし……皐月さんが事件を起こす動機としても必要だ。前回は、多分部屋から出てこなかったんだろうね。皐月さんは僕に拘束されたせいでキッカケを作れなかったんだ。だから、僕を殺すしかなかった)

『それで名探偵よ。怨恨じゃなけりゃ、お前が殺された理由はなんだ?』


 ……わかってるだろうに。

 彼女が求めているであろうものは……シンプルにして、理解のされないものだ。


(生贄だよ。神様に会うために必要なね)

『ははっ! 生贄と来たか! 生贄のために無関係なお前を殺すってのか!?』

(それだけの理由がある。妹さんの情報から、この島では新月の日に儀式をしていた……つまり、今日が神に会える日だったんだろうね。そして、この機会が彼女に決意させる最大のタイミングだったんだろうね)

『ほう。どうしてだ?』


 あくまでも僕の考えでしかない。

 しかし、間違っては居ないであろう結論を出す。


(皐月さんは、この島を出ていかないと駄目だからだよ)

『ん? そうなのか?』

(屋敷の主人も不在。遺産として受け継ぐであろう息子や妹さんも、正直に言えばこの屋敷を管理するつもりはないだろうね……実際、管理にお金はかかるだろうし不便でしかない。それに、あくまでも皐月さんは使用人であって、彼らに無関係だからだ)


 少なくとも、皐月さんにとってはそうとしか思えないだろう。

 動機としては……いや、これは最後に皐月さんから聞けばいい。いいタイミングかと思って、中に入る。


「すいません、戻りました……えっと、どういう状況ですか?」

「あ、探偵さん……」

「……お前か。今日は悪かったな」


 戻ってくると今にも一触即発の空気になっていた。今にも事件が起きそうな空間だ。

 しかし、入ってきた僕を見て二人は少しだけ冷静になる。皐月さんは使用人としての仕事が、息子さんは加害者としての負い目があるからだ。


「いえ、いいんですけど……どうされたんですか?」

「……この屋敷で聞きたいことがあっただけだ。部外者には関係ない話だ」


 そういう息子さんは、警戒心を強くしている。

 ……まあ、僕は皐月さんと仲良く行動をしていたからな。潜在的な敵だと思われているのかもしれない。


「すいません、探偵さん……せっかくのお食事中でしたのに……」

「いえ、いいですよ……もしかして、それって書斎の話ですか?」

「なっ!? 知ってるのか!?」


 僕の突然の発言に驚く皐月さんと息子さん。息子さんに至っては、僕に掴みかかってくるような勢いだ。


「え、ええ。父さんから亡くなった桜人さんに頼まれて資料を集めていたと聞いているので」

「……他になにか聞いてねえか?」

「特には……ああ、いや。父さんから必要になりそうなら、上から三段目を調べろって言われてましたね」


 こういう時、父親を使えるのは便利だ。僕が知らない情報も父親のせいに出来る。

 その言葉に皐月さんが悩んだ表情を見せて……答える。


「……分かりました。書斎の場所を教えます。その代わり……他の本を荒らさないでいただけますか?」

「ああ。俺も探してるものが見つかれば他に用はねえ。案内を……」

「お屋敷の用事が終わってからでいいでしょうか? まだ、残っていますので」

「……まあいいが、監視はさせてもらうぞ」


 そう言って座る息子さん。仕方ないとばかりに仕事をする皐月さん……恐らく、息子さんは自分に黙ってその本をどうにかしないかを不安がっているのだろう。

 ……そして、この状況を作り出した僕は最高に気まずい食事を取る羽目になった。自業自得ではあるんだけども。


『ひひ、美味しいか?』

(……美味しいはずなのに、味がしないよ)


 そう言って凹んでいる僕を楽しそうにマガツは眺めているのだった。

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