第5話 周回作業は苦痛だってはっきり分かんだよね
「……げほっ! ごほっ! がはっ!」
「た、探偵さん!? 大丈夫ですか!?」
そして戻ってくる。流石に焼死はキツすぎた。戻ってきてからも体が勝手に痙攣し、苦しさで思わず倒れ込みそうになる……が、それはなんとか堪える。
「すいません……大丈夫です……実は、ちょっと体調不良で……部屋で休めば大丈夫です……」
慌てて医者に見せようとする皐月さんに、無理やり大丈夫だと伝えて部屋で休むと伝える。
心配そうに見送られながらも、なんとかベッドに寝転んで休みながら脳裏で今後の行動を考える。
……さて、時間稼ぎはどうするべきか。彼女の犯行まで猶予はある……だが、あまり再現性のない方法をするのはよろしくない。それと、犯人に警戒されると行動が大きく変わってしまう。
(……そういえば、一回だけあったなぁ……僕が事件を直接止めようとしたら、犯人に警戒されすぎて全く知らない殺人事件になって巻き戻し)
『ひひひ、あの時のお前の間抜け面は最高だったぜ』
殺害を止めるために無理やり止めるのは悪手だ。あくまでも、可能な範囲で気付かれないように妨害をしなければならない。犯行を起こす人間は、追い詰められているか覚悟を決めている……だからこそ、余計な行動をすれば想定外になりやすい。
そして何よりも、犯人を無理に警戒しすぎると周回で次に繋がる情報収集が出来ないのだ。何も得ることが出来ずにやり直しになるのだ……あと、前提としてマガツは僕が苦しんで解決するのを楽しんでいる。僕が楽に事件を解決するのを良しとするわけがない。
(……だから犯人に僕のことを警戒させず、犯罪を止めて行動を変える。そして、その間に止めるための情報も集める……毎度ながら、無茶苦茶なゲームだなぁ)
『ひひ、だから見ごたえがあるんじゃねえか』
悪びれないマガツ……さて、そろそろ体も動くようになってきた。
さて、止めるために今から出来る方法は何か無いか……ああ、いや。使えるものはあるじゃないか。
「思いついた、あの人の場所に行こう」
『あの人?』
答えずに急いで机で準備をしてから部屋を出る。
僕が会いに行く相手、それは……
「ちっ、何もねえ島だぜ……本当によぉ」
やってきたのは一階にある食堂。
そこで、一人で悪態をつきながら酒を飲んでいる男がいる。彼は3人目の犠牲者であり、厳島桜人の息子である厳島梅生だ。
『あー、そういやいたな。やけにうるさかった記憶があるぜ』
(まあ、殺人事件に遭遇して冷静になれる人の方が珍しいよ。特に、そういう状況になるなんて想定してたわけじゃないんだし)
さて、梅生さんがどういう人間かと言えば……親である桜人が亡くなって戻ってきたが、その中は良いとは言えない。離婚してから顔を合わせたのは数回で毎回のように喧嘩別れをしていたのだと聞いた。
今回ここにやってきて、相続についてをやけに気にしていたのも覚えている。最初の事件の際には皐月さんから会社が傾きかけているらしいから、金目の物を狙っているのではないかという話を聞いた。
(まあ、その情報から……これを使ってなんとか出来ないかと思ってね)
『ん? なんだそりゃ? さっき書いてたやつだよな?』
(うん。秘密道具……ってわけじゃないけども、ちょっとした探偵道具だね)
部屋で準備していた用紙だ。これを使って動いてくれるかどうか……まあちょっとした賭けではある。
そして食堂に入ると、息子さんは僕の存在に気づいて訝しげな視線を向ける。
「……ああ? なんだお前……いや、そうだ。思い出した。この島に父親の代理で来たとか言う探偵だったな? あってるだろ」
「ええ、大正解です。皐月さんはどこかなと思いまして探しているんですけど……知りませんか?」
「知らねえな……なんで女中を探してるんだ?」
僕の言葉に興味を惹かれた様子の息子さん。退屈をして酒を飲んでいる彼からすれば、いい暇潰しになるならと言った所だろう。
申し訳ないが、それを利用させてもらうとしよう。
「いえ、部屋を探していたら妙な紙を見つけまして……古いものだし、皐月さんに聞いたほうがいいかと思って」
「……妙な紙……お前の部屋は2階だったか?」
「ええ」
そう言いながら見せるのは年季の入った古びたメモ用紙……のように見えるが、そういう加工をされた新品のメモ用紙だ。
持ち歩いている道具の一つだが、これを使って字を書けば一見すると古いメモに見える。まあ、故人をよく知っている皐月さんなどなら騙されないだろうが……
「……おい、待ってくれ。その紙を見せてくれ」
「え、いや。でもそう言われましても……」
「俺は屋敷の主人の息子だ。俺に無理やり言われたからでいい。だから、俺によこせ」
奪い取るように紙を持っていかれる。思っていた以上の反応だ。
そして、それを見て目の色が変わっていく。突然立ち上がり、そのまま走っていく。
「あの……!」
「祠……あそこか……!」
僕の言葉を待たずに、慌てて食堂を出ていった息子さん。
……よし、成功だ。
『……ほー、あそこまで分かりやすく動くんだな。探偵じゃなくて詐欺師なんじゃねーか?』
(……まあ、今回に関してはその罵倒は甘んじて受け入れるよ。さてと……次は皐月さんを見つけないとね)
まあ、騙したのは事実だし詐欺師と言われても仕方ない。
ある意味では、僕はやり直しというズルをしているわけだからだ。知らないはずの情報を知っているからフェアではないのだから。
『んで、なんて書いたんだ?』
(え? 内容は見てないの?)
『見てねえな。お前が何をするかのほうが気になるし、上手くいった時に聞いて失敗したら笑うために見ねえようにしてる。ひひ、先に聞いて関心したら馬鹿に出来ねえからな』
(……まあいいけどさ。走り書きっぽく『亡霊島の祠。社の裏手』って書いておいただけだよ)
そう言うと、首をかしげるマガツ。
『……それだけか?』
(それだけ。あんまり細かく書くとアラが出ちゃうからね。だから、大雑把に。それこそ、書いた本人が忘れないように……みたいに見えるように書き残したんだよ。特に、関係性が悪かったらしいからね。だから、それっぽいほうが信じると思ったんだ)
特に彼にはこうやって見せることで、信じ込ませるのが一番だろう。僕は彼からすれば突然島にやってきた見知らぬ人間。嘘をついているのではないかという可能性は頭に上がりにくい。それに、皐月さんを探して彼に話しかけるのは事情を知らない部外者だと警戒を解く理由にもなるだろう。
……そして、時間を見て皐月さんのいる場所に向かう。記憶通り、ちゃんとそこに居てくれた。そして、息を切らせて迫真とも言える表情を浮かべながら皐月さんに声をかける。
「皐月さん!」
「えっ、探偵さん? どうされました? 体調は良くなりましたか?」
心配そうに聞かれて、良心がジクジクと僕を痛めつけてくる。
しかし、心を鬼にして皐月さんに告げる。
「この島にいる息子さんがいるじゃないですか! この屋敷の亡くなった主人の!」
「ええ、そうですね……今もお酒を飲んでいますが……梅生さんがどうされたんですか?」
「食堂に行ったらすごい剣幕で……何かを見つけたらしくて、慌てて屋敷を出ていったんです! 祠がどうとか言っていて……その、祠については知らないんですが伝えるべきかと……」
「祠にっ!? そんな……っ!」
その言葉を聞いて、顔色を真っ青に変える。
……それはそうだろう。僕の言葉を信じれば明らかに祠に対して何かをしようとしているとしか聞こえない。それに、彼女には思い入れはあるだろうが……彼には祠に対する思い入れなどはないだろうから……
「だめっ! すいません、失礼します!」
「うわっと!? 皐月さん!?」
冷静さを失った皐月さんは慌てて準備もせず外に出て走っていく。
……さて、これで少なくとも第一の事件は起こらない……少なくとも、起きるにしても時間は大きくずれ込むはずだ。
『さーて、どうすんだ?』
(まあ、ここからは情報収集……ぶっちゃけ、これで足止めをしてもまともに止まると思えないしね)
あくまでもこれは一時的な措置だし……場合によっては、計画を変更する可能性だってあるのだ
ここで終わるとは思っていない。だから、まず行くべきは……
(お医者さんと友人の人から話を聞こうか)
『なんだ、つまんねえ。情報収集だけかよ』
(こっちはそれも必要なんだよ。それに、まだ僕はこの事件を通して全く知らない人間がいる)
『知らない人間?』
この事件の中核……すでに亡くなっているキーパーソン。
(この屋敷の主人の厳島桜人……そして、亡くなった皐月さんのお母さん……この二人の事を知る機会は最初はなかった。だから、ここから必要なのはその二人についての過去を知っている人に聞くことだ)
『そうかい。やっぱりつまんね』
そんな風に行って、器用に浮かびながら眠り始めた。
……まあ、見学してるだけなら情報収集は退屈だろう。でも、一応見てるんなら少しは真剣に聞いている姿勢くらい見せろと思うのだった。
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