第2話 チャートはちゃーんと練りましょう

 そしてぐらりと歪んだ視界が正常に戻っていく。

 ……今回の事件、開始時刻は12時となっている。大抵は最初の事件が起きる一時間前程度になる。ちょうど、僕が皐月さんに宿泊する部屋へと案内をされたタイミングだ。

 こうやって巻き戻しをした瞬間はどうしても気分が悪くなる。顔色を青くしてフラっとしてしまう僕を心配をしてくれる。


「探偵さん、どうされました? 顔色が悪いようですが……」

「……ん、いや。大丈夫です。ちょっと目眩がしただけなんで」

「目眩……大丈夫でしょうか?」

「船酔いかもしれないな……あんまり船は得意じゃないもので」


 そうやって誤魔化しながら笑みを浮かべる。彼女は月無 皐月(つくなし さつき)。この亡霊島の屋敷を管理している女中さんだ。今回代理でやってきた僕に対しても、優しく案内をしてわからないことを説明してくれた。

 ここに案内されるまでも、この島のことや来客についても簡単に教えてくれている。


「船酔いですか……酔い止めのお薬なら持ってこれますけども……」

「いえ、そこまでしていただくわけにも……」


 心配そうに僕を見ている彼女……優しくて、この屋敷で何度も助けてくれた彼女。だが、この事件の犯人でもあるのだ。

 その複雑な感情を自分の心の奥底に押し込めて、にこやかな表情を浮かべて大丈夫だとアピールをする。心配しつつも、僕が大丈夫だと言った言葉を信じて一礼して去っていく。

 そうして部屋の中に入ってから、一息ついた。


「ふぅ……」

『さて、ここからスタートってわけだな』

(そうだね、実際ここが事件のスタートだ……さてと、事件を纏めるとしようか)


 突如として脳裏に響く声。これはマガツの声だ。マガツについては……まあ、今は関係ない。僕を巻き戻しさせているのがこのマガツという存在とだけ覚えていればいい。

 基本的に、横で浮かびながら茶々を入れる存在だ。僕だけにしか見えず、何かとこっちの反応を求めてくる。一応、声を使わずに会話はできるのが救いだが特に事件に干渉することはない。

 ……まあ、言ってしまえば視聴者みたいなものだ。僕という人間が事件を解決する様を特等席で眺めている観客。そんなマガツに、自分の考えを整理する意味も込めて説明をする。


(僕が亡霊島に呼ばれたのは、父さんの代理だ。この島に住んでいた大富豪の厳島 桜人(いつくしま おうひと)とは生前に仕事で色々と世話になったらしい。で、その時の縁で亡くなった厳島の形見分けに呼ばれたけども……まあ、父さんは仕事でどうしても参加できないと。義理を欠かす訳にも行かないということで代理として僕がやってきたわけだけど……)

『そうしたら、まあ本当に辺鄙な島にご招待ってわけだ! んで、そこの女に優しくされながらボーッと過ごしてたら事件発生! どんどん殺される来訪者! そこでお前が事件を解決に動く! 撹乱されながらなんとか14時間でなんとか事件を解決したってわけだ!』

(うん……まあ、言い方はアレだけどその通りだよ。だから、こうして犠牲者を出さないために動くわけだ)


 さて、事件についての考察をしていく。

 まず、この島において皐月さんを除いた犠牲者は3人。桜人の息子の厳島 梅生(いつくしま うめお)、桜人の友人である斎藤(さいとう)。そして、桜人の妹である厳島 桃子(いつくしま ももこ)の三人だ。

 首を吊られて絞殺された第一の事件、三階から落下して死んだ第二の事件、そして、部屋で火災が起きて焼死体の発見された第三の事件の3つ。


(事件が起きるまではまだ時間がある……まあ、皐月さんメインで犠牲者はあんまり気にしなくていいか。必要になれば声をかける程度で)

『お前、そういう所はドライだよな』

(どうせ誰か死んだらやり直しになるんだ。多少は苦しむ事もあるんだろうけど……まあ、それはしょうがないってことで)

『おっと、俺様としたことが間違えた! ドライじゃなくて人でなしだったなぁ!』


 楽しそうに笑うマガツを無視する。マトモに相手をするとイラッとするだけだからだ。

 第一の事件……それは、誰も居ない部屋で首を吊って死んでいる妹さんを見つけた所でスタートする。

 薬で眠らされた被害者を皐月さんが椅子に座らせ、時間が来たら自動的に首を吊ったように見せかける仕組みを使った犯行だ。


(ただ、これに関しては前提条件が分かりやすくはある)


 これに関しては仕込みが必要になる。

 つまり、最初に被害者が勝手に首を吊ったように見せかけるために皐月さんがセッティングをしないといけないのだ。

 だから、それを防ぐことがまず最初の突破口になる。


「……よし、行こうか」

『おっ、早速いくか』


 ウキウキとしながら言うマガツ。ウキウキと遠足にでも来ているかのようだ。

 まあ、実際マガツは観察して楽しんでいるので間違ってもいないか。


(まず、事件の発生は……今から30分後かな。仕込みをするには時間がかかるだろうし、皐月さんを妹さんの部屋へ近づけないだけで防ぐことはできるはずだ)

『ほー、まあシンプルな解決方法じゃねえか』

(まあ、なんだって複雑なものより簡単な方がいいんだよ……えっと、皐月さんはと)


 屋敷を歩きながら探し回る……と、そこで歩いている皐月さんを見つけた。

 廊下を歩いている最中だが、今まさに犯行の仕込みに行こうとしている最中かもしれない。なので、僕は演技をして彼女に声をかける。


「……すいません、皐月さん……」

「はい、探偵さん……? えっ、どうされたんですか!? 顔が真っ青ですよ!?」

「……はい……どうやら、船酔いが酷くなってきたみたいで……その、申し訳ないんですが……」


 まあ、ちょっと汚い方法かもしれないが彼女を僕の看病で一時間程度拘束してしまおうという作戦だ。多少、探偵の仕事関係で演技には自信がある。

 失敗してやり直す時に、同じようにしやすいというメリットもある。アドリブが複雑なほど、やり直しは困難になるからだ。

 さて、皐月さんの反応は……


「大丈夫ですか!? 安心してください、お客様の中にお医者様がいます! 今すぐに、呼んできますから、少し待っていてくださいね!」

(えっ。あっ)


 完全に脳裏から抜けていた。

 そういえば斎藤は医者だ。巻き戻された直後だと完全に犠牲者という観点で見ていたせいで、まだこの段階では存命であることを忘れていた。

 あんまりのボケに自分でも愕然としてしまう。


「あの、皐月さん……まっ……」


 慌てて、止めようとして脳裏で冷静な僕が語りかける。


(嘘が嫌いだって宣言してた皐月さんを騙してることがバレたらこの後はずっと警戒されるだろうし……自由に行動できなくなるんじゃ。あと、毎回この茶番を繰り返すの?)

 

 ……そうした僕の中の理性が押し留めた結果、皐月さんはお医者さんを呼びに行ってしまった。

 もうここまで来たら諦めるしかない。そんな風にため息を吐いて横を見ると、マガツが死ぬほど笑っている。

 もう大爆笑だ。空中でバタバタと転げ回りながら涙を流している。


『げほっ! ごほっ! あははははは! ま、マジか! ドヤ顔で!! 自信満々に失敗して! ひー! 死ぬ! 死んじまう! 呼吸困難になる!!』

(……うるさいよ。まだ一周目なんだから、取り返しはつくし……あと、息できないくらいで死なないでしょ、マガツは)

「先生、こっちです!」


 そしてそのまま医者がやってくる。白い髭の優しそうなお爺さんだ。第二の犠牲者でもある。

 そのまま医務室代わりの部屋に連れて行かれて、簡単な診察をされてから医務室で休まされる。船酔いにしては症状がおかしいし、様子を見るべきだと寝かされる事になった。仮病なので診察的には正しい。大嘘を吐いている僕が悪いのだ。

 そして、僕はベットに寝かせられて皐月さんと医者の二人が話をしている。


「そうですか……良かったです。なら、後はお願いしますね。先生」

「ああ、まあもう少し休めば調子は戻るだろう……こうしていると、彼が居た時みたいだね」

「はい……でも、もう旦那様は居ませんから……」

「……ああ、すまない。そういうつもりで話た訳ではなかったんだが……」

「いえ、私が気にしすぎているだけなので……それじゃあ、失礼しますね」


 挨拶をして医務室をでていく皐月さん。

 そして、医者と僕だけが取り残される。


(……うん、一周目から前途多難だな)


 そして、ようやく笑いから開放されたマガツが僕に笑顔で話しかける。


『ひぃ……はぁ……あー、笑った笑った! いやー! やっぱり最高だわ、お前』

(ご満足いただけて何よりだよ……まあ、それでペナルティを優しくしてくれたら嬉しいけど)

『いいや、それは駄目だぜ?』


 残酷な笑みを浮かべてマガツはそういう。

 ……まあ、そりゃそうか。医者に話しかけようかと思ったが……眠っている。まあ、オフだしお爺さんだからな……

 何も出来ずに待っていると、そこでカチンと時が止まった。

 音がなくなり、灰色の世界。その中で、マガツは宣言する。


『ひひひ、さあ、最初の事件を止めることに失敗したなぁ! 当然だが、巻き戻す際のペナルティも覚えているな?』

「……勿論覚えてるよ。巻き戻しをする時に必要なものは、犠牲だろう?」


 意地悪くいうマガツに対して復唱する。

 ……巻き戻しのために必要なコストは簡単だ。僕はマガツに殺される。正確に言えば、殺される苦痛を味わう。それをすることで巻き戻しとなる

 このゲームにおける最大のデメリットであり、これに関しては何度やっても慣れることはない地獄だ。


『こんな最初なら、もしかしたら初めて詰みもあり得るかもなぁ? まあ、基本的に普通のやつなら3回も死ねばギブアップしちまうんだが……』


 そんなふうに雑談をするマガツに、僕は答えることはできなかった。

 なぜなら、気づいた時には僕の首には息が詰まるほどキツく縄がかかっていた。その締まる縄は、もはや僕の首をねじ切るのではないかと言うほどにキツく締まっている。


「ぐっ……! がっ、ぎっ……! があっ……!」


 呼吸が足りない。気絶をしたいが、気絶すらできない。マガツいわく、これは死ぬまで意識を落とすことすら許されないのだ。

 顔の血管が破裂するような痛み。体が勝手にバタバタと動き始める。苦痛と無くならない意識に、早く殺してくれという言葉で思考が埋め尽くされていく。


「っ……!」


 そのまま、僕は首を吊られた状態で死んだ。

 まるで、この事件の最初の犠牲者のように。


『さて、次のやり直しは上手くいくといいなぁ!!』


 その言葉を最後に世界が回っていく。

 僕に出来ることは、くたばれクソ邪神と心の中で罵倒することだけだった。

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