08話.[私も君が大好き]

「あー! 片岡お前なんでここにいんだよ!」

「ご、ごめん」


 良かった良かった、同じ中学校の制服の子が来た。

 もう用はないので戻ることにする、その前にうざったい新に返事をしてからだけど。


「もうなに!?」

「いま伏見稲荷大社にいるんだよね?」

「そうだよ、いまから集合場所に戻るから、電池も危ういからあんまりかけてこないで」


 さようなら片岡くん、もう一生会うことはないだろうけどまた会おう。


「あのっ、木本さん!」

「うん? どうしたの?」


 電話は切らないまま対応。

 だって切るとすぐにかけてくるもん、その方が充電減りそうだからね。


「ありがとうございました! あの、連絡先を交換してくれませんか!?」

「ごめん、いま電話中でさ、それに私達はもう会えないでしょ」

「今度絶対にお礼――」

「いいからいいから。お友達が待ってるよ、それじゃあね」


 奏くんにできないから片岡くんの頭を撫でてこの場を去ることに。


「……相手は男の子だったんだ」

「そう説明しましたけど!」

「もういいから集合場所にいてよ、心配になるから」

「はいはい、誰かさんに断られたせいでそうするしかないですからねっ、それじゃ!」


 そもそもバス内は無理だから携帯がうるさくならないように完全に消した。

 一部分ではあったけど詳しくなってしまったのだ、はぁ、本当に無価値な情報だ。

 結局、12時頃には集合場所に着き、目の前にコンビニがあったからおにぎりをふたつ買って食べることにした。


「ふぅ」


 別に私が行く必要なかったよなあ、それこそ聞けば地元の人が教えてくれたよなあ。

 余計なお世話だった、あれでは片岡くんも気になってしまうだろう。

 もう電源が切れても構わないから携帯をいじって時間をつぶす。


「もしもし……?」

「天音? 急にごめんなさい」

「大丈夫だよ、それで?」


 今度は母上。


「楽しめているの?」

「うん、大丈夫だよ、さっきお昼ご飯を食べたところ」

「それなら良かったわ。で、いまからのことをよく聞いてちょうだい」

「もしかして奏くんのこと?」

「ええ」


 何度も言われるぐらいだったら聞いた方が楽だ。

 分かったと口にして黙る、街の喧騒もいまだけは静かな感じがした。


「あれから純絵とまた話し合ったの、それで答えが出たわ」

「うん」

「あなた達が本気なら、結婚まで考えるのなら許可をするわ」


 そんな付き合ったことすらない人間に言うにはでかすぎる話だ。

 そもそも向こうにその気がなければ意味の話。

 途中で喧嘩でもしてなにかがあってもルールで離れられないって苦痛なのでは?

 少なくとも向こうには沢山の可能性がある、同じようで負担が全然違うのだ。


「そんなのうんなんて言えないでしょ、結婚って非現実的過ぎ……」

「付き合って仲を更に深めれば実際そういうことになるでしょう?」

「とにかくいまここで決められないよ、奏くんにも聞かなければならないし」


 仮に聞いても分かったとは言わないだろう。

 第一、馬鹿って言われた状態で終わっているんだから。

 もう冷めているのではないだろうか、それだけは容易に想像できる。

 どうしようもないからもう切るねと言って切った、嬉しくはなかった。

 でも、そんな複雑さがあったからあっという間に17時になり一箇所を経由してから昨日とは違うホテルに向かうことに。

 そこからは大して変わらない、バイキングでなくなったことはちょっと不満ぐらいで。

 寝て、3日目になってなんか作ったりしてあっという間に修学旅行は終わった。

 思い出はやはりご飯、だけど今年は大して知らない男の子とちょっとした旅ができたから良かったかなあ。


「天音っ!」


 けど、それを壊そうとする人間がいるんだよなあ。

 怖い怖い、明らかに怒ってるもん、あと家までもうちょっとなのにさ。


「なんだい?」

「なんだいじゃないよ! こっちがどれだけ心配したと思ってるの!」

「こうして無事に地元に帰ってきているでしょー」

「真剣に言ってるっ」

「私もそうだよ。だって仕方がないじゃん、誰もいなかったんだから」


 最後だからって言ったのに聞いてくれなかったのは彼だ。

 おまけに母からは極端な話、最悪の修学旅行だと言ってもいいかもしれない。


「もう終わったことだから、それじゃあね」


 お金を返せば両親だってお土産がなくても満足するだろう。

 そう、地元でいつでも買える物を買うぐらいだったらお金を返した方がいいと考え直して買ってこなかったのだ。


「3万円貰って使ったのは3千円ぐらいか」


 お昼ご飯に200円、移動に約2500円ぐらいだからかなり省エネ旅行だな。

 かわりにホテルなどでは爆食いしたから無問題、積立が無駄になったわけではない。


「ただいまー」

「おかえりなさい」

「はい、お金返すね、寝るからおやすみ」


 もうごちゃごちゃ悩むのはしたくない。

 自宅のベッドはかなり快適だった、ホテルのベッドより断然いい。

 なによりひとりなのがいい、好きなタイミングで寝られるのがいい。

 結婚までなんて馬鹿馬鹿しすぎる。

 だって奏くんが結婚できる年齢になったとき私は23歳だぞ

 18歳と23歳って12歳と17歳より離れている感じがするからね。




「――音、天音!」

「んがっ!? ん……もうなに?」

「おかえりっ」

「ただいま……え」


 ゆっくり体を起こして見てみても見間違いじゃなかった。

 確かに目の前にいるのは奏くんだ、その後ろには新もいる。

 怖い怖い怖い、なに? 忍なん? 族なん?


「新、なんで……」

「知らないよ、ひとりにしておくとまた馬鹿なことをしそうだから奏がいればいいと思ったんだよ、今回のことで本当に呆れたからね」


 知ってるじゃん、あなたが犯人じゃん。

 というか寝顔見るのやめてよね、なんでお母さんも下で待たせないの。


「で、どういう裏技を使ってここに来られたの?」

「どういう裏技と聞かれても、ただ安奈さんに許可を貰っただけ」

「あ、そうだ聞いた? 馬鹿なこと言ってたの」

「結婚まで考える、だよね? いいんじゃない? 付き合うならその先もちゃんと見ないといけないんだし」


 あ、そういえば結婚しろとまでは言われてないのか。

 どう考えても私が捨てられる未来しか思い浮かばないなあ。


「おれは天音とけっこんしたい!」

「奏くん……奏くんはもっと考えないと」

「考えたよっ、天音のせいでずっとひとりだったからいくらでも時間はあったし!」

「その前に、付き合いたい! じゃないの?」


 それにまだ少なくとも6年後とかの話だよ。

 いや、成人していることを考えると8年とか10年先のことだ。

 

「そうだけどそれは過程だから」

「よ、よく知ってるね……」

「子どもあつかいしないでくれって言っただろ」


 ……こういうところでぐいぐいきてくれるのは男の子って感じがするかも。


「おれは天音が大好きだ! 友達としてじゃなくて……お、女の子として」

「ありがとう、でもさ……」

「関係ないっ、大事なのはおれ達の気持ち! ……だと思うから」


 開き直ればそうだけど絶対に母とは衝突することになる。

 そりゃもちろん付き合うなら結婚までしたいって思うよ。

 そうすれば新や純絵さん達といつまでも会えるんだからね、亡くならない限り。

 でも、それって私が可能性のある子の選択肢を狭めてしまうということだぞ。

 奏くんのことだからどうせこれを言っても俺が決めたことだからって言うんだろうけど、いざなにかがあって責められるのは私だ、年上なんだから絶対にそうなる。


「ごめ――」

「だめだ!」

「……だって、奏くんにはもっと魅力的な子が合うよ!」


 新がいる前でこれはめちゃくちゃ恥ずかしい。

 だけどそう、こんなのよりそれこそ本間先輩とかを好きになった方がいい。

 あの人は見た目だけじゃない、中身まで素敵なことは彼だって分かっているのだから。


「新! 修学旅行のときのことは謝るから奏くんを説得してよ」

「この件に関しては僕は口出しできないからね、きみと奏次第だよ」

「だってここで受け入れちゃったら無責任過ぎない? 大体、私が駄目的なことを言って延長みたいになったのにさ」

「嫌なら断ればいいんだよ、天音にはその権利がある」


 嫌……なわけあるか! どれだけ奏くんといたかったかっ。

 ……とりあえずふたりを連れて1階へ。


「起きたのね」

「お母さん!」

「なによ? 一緒にいたかったのでしょう?」

「いたかったけどっ、せめて起きているときにしてほしかったです……」

「はははっ、寝顔ぐらい何回も見たことあるよ僕らは」


 呑気に笑いやがってぇ!


「それで?」

「……私だって奏くんといたいよ、修学旅行も結局ひとりだったし寂しくて」

「どういう子か分かってもない子と移動をするぐらいだもんね」

「新は黙ってて!」


 こういうときばかり口を開くんだから。

 ……そもそもそんなに心配なら一緒にいれば良かったものを。

 漫画とかみたいに別行動とか言っておきながら「え、なんでここに?」という展開には残念ながらならないのが現実だ。


「それって……男、か?」

「うん、困っているようだったから、私みたいな立場の子でさ」

「……兄貴の言うように天音は心配になる」

「私としては勢いだけで決めようとする奏くんの方が心配になるけどね」

「勢いだけじゃない!」


 分かったからと静かにしてもらって母に向き合った。


「どういうつもり? なんで急に変えたの?」

「あれから毎日、奏くんと純絵から何度も電話がかかってきたのよ」

「なるほど、折れたってわけか」

「でも、そのままだとあれだから結婚まで考えてって条件にしたのよ」


 負けず嫌い……。

 でも、それぐらいじゃないと駄目だ、中途半端な気持ちであってはならない。

 

「おれは天音とけっこんしたいっ」

「そんな録音されたテープじゃないんだからさ、私のその前に付き合いたいよ」

「だからその延長線じゃない、最終的には結婚したいってことでしょう?」

「いまはそんなところまで考えないで付き合って楽しい時間を過ごしたいよ、お祭りのときにどこかに行かれちゃったからいまの目標は奏くんとお祭りで楽しむことかな」

「11月にもお祭りがあるじゃない、ふたりで行ってきなさい」


 え、だからつまりこれは……そういうこと?

 新を見たら「良かったね」なんて言って笑いかけてきた。


「天音」

「奏くんとずっと仲良くしたいよ」

「うんっ、おれは絶対に天音からはなれないから!」


 こうして私達の関係は変わった。

 珍しく柔らかい表情を浮かべている母と、笑っているままの新もいる場所で。

 私は思いきり彼を抱きしめて大好きだって同じように返したのだった。

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