07話.[喋る度に終わる]

 自分で忘れる的なことを言った手前、情けないところは見せられない。

 だから放課後に遅くまで残ることはやめ、ぼうっとすることはやめ、ときどき奏くんのことを考えては精神ダメージを負い、新といることでなんとか誤魔化すという日々の連続となっていた。


「まさか天音がああ言うなんてね」

「お母さんが言っていることの方が正しかったもん。純絵さんが言ってくれていたことは嬉しかったけど、あれじゃあ結局奏くんの自己責任ということになっちゃうし」

「奏がきみといたいと言っているのなら結局は自己責任じゃないの?」


 小学生相手に「後悔しても知らないから、全部自分が選択したことなんだから」なんて突きつけるのは違う、私はお年玉関連のことでしかそれを言われたことがないから尚更のことだ。

 小学校高学年であったとしてもくくりは小学生であり、まだまだ家族のサポートが必要な時期。

 恐らくあそこで馬鹿みたいに純絵さんに乗っかっていたら母との関係はこじれて家にすら居づらくなっていた、だからやっぱりこれが正しい選択だったのだ。


「冷静になったら忘れるよ、いまは強制力があったからああ言ってくれているだけでね」

「いいと思うんだけどね、別にそれを言いふらしたりしなければ誰もなにも言わないよ」

「奏くんのことを気にしている子達がいるんだよ、絶対その子達と仲良くした方がいい」


 あの子に私は釣り合っていない、普通に生きていればこれからいくらでも楽しいことや幸せなことがあるのに自ら駄目な方に足を踏み入れるのは違う。

 ただの一過性のもの、私がこのままこのことに触れないでいても彼が勝手に終わらせてくれるはずだ。


「じゃあ最後に聞かせてほしい、奏のことは結局どう思っていたの?」

「……昨日まではいますぐにでも会って抱きしめたいって思ってた」

「そっか、教えてくれてありがとう、もう奏について話すことはやめるから」

「うん、ありがとう、新がいてくれて良かった」


 とりあえずは母の手伝いをしてある程度は家事とかできるようになりたいな。

 女子力が高まれば新も私のそういう能力を疑ってくることはなくなるはず。

 そう、もう何気に動いているんだ、なかったことにしようとしているんだ。

 恋に関してはいまはなんとも言えないけど、高校生活もあんまり残っていないからそっちを大切にして行きたいと思う。

 というか何気に修学旅行がもう目の前にあるんだよね……ん?


「ああ!?」

「ど、どうしたのっ?」

「修学旅行の班、困るんだけど……」


 あの教室に友達と言える人がいない。

 頼みの綱である新は別のクラス、私おわた……。


「2日目は自由行動だけど、なんでも自由というわけではないからね」


 班が決まればどこをどう見て回るか話し合うことだろう。

 つまり、京都の街で新と出会える可能性は限りなく低い。

 しかも和を乱すようなことはできないから従っているしかないし。

 ……さようなら私の楽しい修学旅行、ようこそ私の地獄の修学旅行。


「一応、携帯を使うのは許可されているけど話しながらはできないしね」

「いいよ、新は楽しむことだけに集中して」


 どういう人と同じ班になるのかは分からないけどもういい、変わらないから。

 それに新に甘えすぎるのもここら辺で卒業しないと。

 罰みたいに捉えておけばいい、いままで自分に甘すぎたからこその罰。

 ……まあ、私と一緒の班になる子達の方が罰ゲームみたいなものか。


「ごめんね、新に甘えてばかりで」

「いや、寧ろ最近は奏――あ、ごめん」

「いいよ、お互いに楽しめたらいいね」


 もう奏くんと会えない時点でこっちは終わっているんだけど。

 別れてそれぞれ帰路に就く、家までは近いからすぐでいい。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」


 部屋に行って、……着替えるのも面倒くさいからそのままベッドに寝転んだ。

 まあ家でぐらいぼうっとしたっていいだろう、幸い母はなにも言ってこなくなったし。


「せめて新と同じクラスだったら良かったのにな」


 来年はもうないのに、これで最後なのに一緒に見て回れないって。


「天音、入るわよ」

「うぃ」


 母が来てからも改めることなんてしなかった。

 そのまま寝転んだまま対応をする、別にめちゃくちゃ偉い人を相手にしているわけではないからね。

 家族とはこういう緩さがなければならないのだ、そういうものなのだ!


「もうすぐ修学旅行でしょう? きちんと準備しておきなさいよ?」

「なんでそれをわざわざ来て言うの? ご飯のときとかでもいいでしょ?」

「ここに来たのは違う話をしようと思ったからよ」

「最近は回りくどいね、前までは馬鹿みたいに真っ直ぐに言ってきたのにどうしてさ」


 母は「誰が馬鹿みたいによ」とツッコんできたけど言いたくもなるわ。

 なんでもかんでも真っ直ぐに言えばいい、どうせ子どもは従うしかできないんだから。

 逆らうつもりなんてないよ、死ねとかそういうのは親からでも受け入れられないけど。


「奏くんとのことなんだけど」

「もういいよ、それより修学旅行のために腕時計が欲しいんだけど」

「分かっているわ、でも、これは――」

「いいから、もういいからさ」


 だって最終的に止めたのは私なんだから。

 だからもう言ってほしくなかった。

 いまは楽しむことだけに集中しなければならないのだ。




 修学旅行の班が決められました。


「2日目は自由行動だけど私は彼氏と見て回るから」

「あ、私も」

「私もー」


 でも、みんな彼氏がいました、で、最大限に自由行動をするそうです。

 だからって新に言っても仕方がないしな、って、そうしたらぼっちじゃんか。


「木本ちゃんはどうすんの?」

「わ、私もか……彼氏と見て回ろうかなー」

「おぉ! 彼氏って誰?」

「と、隣のクラスの福島……新くん?」

「へえ! 福島くんと付き合ってんだ!」


 ご、ごめんよっ、新くんごめんよぉ。

 だけどそれ以上は食いつかれることもなく適当に自由にやろうということで終わった。


「というわけなんだけど」


 結局、説明することにした。

 まあ言っても仕方がないことだけどワンチャンスあるかもしれないじゃん。


「来年はもうこういうことないでしょ? だから学生最後の修学旅行を新と一緒に楽しみたいかなって。予定があるなら大丈夫、集合場所に早く行ってそこでずっと待っているからさ」

「うーん、結構綿密というか自由行動のときにどうするかを凄く話し合ったんだよね、だから少し難しいかなあ……そう言ってもらえたのは嬉しいけどね」

「そっか、じゃあそういうことで」


 一応言ってみただけだからと内で強がって教室に戻った。

 言ってみただけなんだから! 別にいいし、集合場所にタクシーとかバスを利用して直行すればお金を無駄遣いしなくて済むし! 1日目も3日目もみんなで回るから気にしなくていいし!

 どうせ彼氏なんかいねーヨッ、でもそれを言わなければあくまでそういう風に勝手に判断してくれる。

 みんな彼氏(笑)を優先するなら難しいことを考えなくていいしね、寧ろ仲良くもない子達と色々なところに行くよりかは気楽でいいぜっ。

 そんな気楽さを感じつつ授業を真面目に受け終えて母作のお弁当を食べていたときのことだった。


「紙? もう、いいって言っているのに」


 開いた瞬間にすぐ『奏くん』という文字を見つけて破いて捨てた。

 そんな気遣いはいらん、そもそも終わらせたのは母と私なんだから。

 うーむ、だけど母が作ってくれるお弁当はいつも美味しいなあ。

 私もたまには新に作って、いや、新が作ったお弁当の方が絶対に美味しいか……。

 くっそうっ、けどそうしなければ見返すことができなくなるぞっ。

 だって新に用があっても福島家に行くことは不可能だからだ。


「天音、来たよ」

「あっ」

「木本ちゃんの彼氏が来た!」


 しまった、これを計算していなかった。

 私はなにも言わずに土下座をする、謝ったところでどうにもならないけど。


「彼氏? いつの間にできたの?」

「とぼけちゃってー、きみのことだよきーみ!」

「え、僕らは恋人同士じゃないけど……」

「えっ」


 もう顔なんて見られないよ。

 両方に嘘をついたことになる、片方はいいけど新に嫌われたら……。


「でも、そうしたら自由行動のときどうすんの?」

「あ、ひとりで適当に見て回るから大丈夫」

「そっか。ま、私達は彼氏と見て回るって約束しているからそうしてもらうしかないんだけど」

「気にしないでいいよ、逆に未開の地をひとりで見て回るのも――」

「大丈夫だよ、僕が天音と一緒に行動するから」


 え? ああ、これは上手いな。

 相手がいると分かれば気にする必要もなくなるからか。

 その証拠に「それは良かったっ」と口にして離れてくれた。

 まあまだ土下座中なんですけどねえ、足音で離れたことぐらい分かるからね。


「いつまでしているのさ、もうやめなよ」

「ありがとっ、新のおかげで助かったっ」


 班の子と不仲になったら修学旅行後にも響くから怖いし。

 ほんと、助けられてばかりで困る、なにかしてあげられればいいんだけど。


「でも、班の子達のことを考えて発言したのは分かるけどさ、そういう嘘をつくのはやめてほしい。僕らは親友ってだけでしょ」

「はい……すみませんでした」

「謝らなくていいけどさ」


 いいもんっ、なんなら先生より、誰よりも早く集合場所に行ってやるんだから!

 リアルタイムアタックだ、分かりにくい京都の地でも聞けば一発だろうし!


「それじゃあお散歩に行ってきます」


 私は誰にも負けない、母にも負けない。

 またするようならもう1度はっきりと言う、意味のないことをしないでって。


「待ってよ」

「新はご飯食べないとお昼休み終わっちゃうよ?」

「これ自分で作ったやつだから夜にでも食べるよ」

「へえ、じゃあ一緒にお散歩する?」

「うん、行くよ」


 別に彼氏がいなくても生きていけるから無問題。

 だって死ぬのならもう消えているからね、ふっ。

 仮にそれを中学生からに限定しても死ぬ、ふふっ。


「反対側の校舎はなんか静かだよね」

「だね、喋り声とかも他に人がいたら聞こえてそう」


 だからあまり話すことはしないでおいた。

 いま口を開くと確実に新を困らせることしか言わないからね。




 修学旅行2日目になりました。

 昨日は意外と班の子達が優しいことを知っただけが唯一の収穫という感じ。

 ベッドもどっちがいいか聞いてくれたし、私のために飲み物を注いできてくれたりしたから驚いたぐらいだ。

 だ、だってちょっと派手な子達だったし。


「じゃ、集合場所でまた会おー」

「「おー」」「お、おー」


 よっしゃっ、私のその集合場所に誰よりも早く行くべ!

 タクシーは高そうだからバスを選択、大体20分ぐらいかかるようだ。

 知らない土地で、中々経験がないバスに乗車し目的の場所に向かうのはまたなんとも不思議な感じがする。

 それでも平日なのと時間が中途半端だったから車内が混んでいるということもなくてほっとしていた、行きの新幹線とか班の子達がすっごく喋っていて追いつけなかったし。

 目的地に着いてバスから降りたら10分ぐらい歩けばそれで着く。

 こっちにはグーガルマップがあるから無問題、……想像よりも早くに着いてしまった。

 もちろん学生とか先生とかはいない、そりゃそうだ、集合時間は17時だもの。

 そしていまはまだ10時頃、ま、ひとりで回って急かせかするよりかはいいかな。


「もしもし?」

「あ、いまどこにいるのっ?」

「どこにいるのって、集合場所にもういるけど」


 新にもそう言ったのになんでわざわざそんなこと。

 

「はぁ、馬鹿でしょ」

「いやそう言われてもみんな彼氏と行っちゃったし」


 遅いか早いかの違いでしかない。

 そして新と行けない時点で京都になんて興味がない! 京都の人には悪いけど。

 お土産だって地元に着いたら買って渡すつもりだ。

 残りのお金は全て私のもの、ふへへ。


「こっちのことは気にしなくていいから、じゃねー」

「あ、ちょ――」


 変に心配される度に惨めな気持ちになる。

 大体、無理だって言ったのは新でしょうが、普通は幼馴染的な人間を優先するべきだと思うけどね! あれだって結構の勇気のいる発言だったのに……もういいけど。

 何度もかかってきたら嫌だから携帯の電源を完全に消してリュックにしまっておいた。

 ほぇー、にしても平日なのにいっぱい人がいるんだなあ。

 あ、他にも制服姿の軍団が、中学生? 高校生? まあ無難な場所だよねここ。

 修学旅行=京都と言っても過言ではないぐらい。

 でもさ、中学のときもそうだったんだよなあ。

 そのときもホテルのご飯が美味しかったぐらいしか思い出がない。

 中学生のときは新と一緒の班だったけど、本当にそれだけだ。

 ああ……奏くんに会いたいよぉ。

 どこにいてもこれだけは変わらない、いつまで経っても捨てられてない。

 恐らく向こうは次へと動いているはずなのに、あんなことを格好つけて言った年上の私が捨てきれずにいるなんてださすぎでしょ。


「おぇ……」


 奏くんに彼女がいるシチュエーションを想像すると吐き気がこみ上げてくる。

 まあそれすらも想像みたいなものだから無問題。

 ただ、お金を貰っているのに地元でも買える物を買って渡すというのは引っかかるところか。

 だけど仕方がないんだ、ひとりで歩くの怖いし、ここに来られなくなるかもしれないからね。


「ねえ」


 え? なんか知らない男の子に話しかけられた?


「お姉さーん?」

「あ、こ、こんにちは」

「うん、こんにちは。それでさっきからなにしてんの? こんなところで突っ立って」


 事情を説明する、そうしたらなんか驚いていた。


「もしかしてここで17時まで待つつもりっ? 退屈過ぎでしょ、ご飯はどうすんの?」

「どうせ夕方になったらホテルのご飯を食べられるから」

「えぇ、せっかく京都に来たのなら色々な店に行ってみればいいのに」

「いや、中学生のときにも来たからいいかなって」

「そっか」


 この子も修学旅行生? それとも京都の学生?

 知識がなんにもないから制服を見ただけじゃなんにも分からんぞ。


「きみはいいの? こんなところにいて」

「気づいたらもうみんながいなかったんだ……ははは」

「携帯とかは持っていないの?」

「あるけど班の子達と交換できてない……」


 なんじゃそりゃ、私かよ、いやこれ私なのでは?


「じゃあ一緒に探そうよ、どこを回るのかぐらい知っているでしょ?」

「うん、この時間は多分京都国際マンガミュージアムにいると思う」

「いまから行ってもすれ違う可能性が高いな、じゃあその次は?」


 携帯の電源を点けてグーガルくんを起動する。

 が、その瞬間に遅れてやってくる通知通知通知ぃ! は無視して。


「伏見稲荷大社かな」

「よし、それならそこに行って友達を待とう」

「え」

「ほら早くっ、先回りしないと意味ないんだから」


 ここからだと50分ぐらいかかるから早くしないと。

 結局すれ違いになったらお金の無駄遣いだし、全く知らない子を連れ回す怪しい犯罪者みたいになってしまうから。

 まだ10時半ぐらいだしね、気にする必要はない!


「ああもう……もしもし?」

「いまどこにいるの!?」


 カクカクシカジカと事情を説明。

 だが物凄く怒られた、知らない人に付いていっちゃ駄目だと。

 自分だって同じ場合になったら動くくせにと言って電話を消して。


「ごめんね、気にしなくていいから」

「えっと……」

「私は木本天音、高校2年生」

「えっ……あ、俺は中学3年です」

「あははっ、敬語はいいよっ」


 ふぅ、この子はバスに慣れているようだったから助かった。

 何度も公共交通であるバスを利用するのは緊張するんだよなあ。


「名字だけでもいいから教えてくれないかな?」

「あ、片岡です」

「片付けるの片と岡山の岡でいいんだよね? よろしくっ、片岡くんっ」


 もう会うこともないけど、ねえとかあのとかじゃなんか寂しいから。

 本当は彼の集合場所に行くのが良かったかもしれないけど、私と同じような思いを味わってほしくないからね。

 その班の子と上手くいってないのだとしても、ひとりよりはいいだろう。

 それに中学生の修学旅行は単独行動が認められていなかった気がするし。

 そうなると集合場所で怒られるのは班の仲間達になってしまうから、やっぱりこれが正しい!

 ただ……なんか警戒されているなというのが正直な感想。

 そりゃそうか、だって付いてきたんだもんね、怖いよねそれじゃあ。


「ほ、本当に高校生だからね!? ほらっ、学生証見てよっ」

「え、あ、それは疑ってないですけど……」

「そう……」


 喋る度に終わるから黙っておこうと決めたのだった。

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