06話.[仕方がないんだ]

 奏くんと会えなくなってから早1ヶ月。

 10月に突入し、中間考査が終わり、15日を越えても尚、微妙な気分で。


「まだ帰らないの?」

「いいでしょ別に」


 奏くんと会わないという約束を守っているからか母はなにも言ってこなくなった。

 だから私はこうして放課後遅くまで教室で残って時間をつぶすというのが日課となっている。

 奏くんに会わないということは=として新の家にも行けないから詰んでいる。

 そもそも私は無駄遣いをしたくないタイプだからお店に行きたいとか思わないし。


「早く帰りなよ」

「うーん、だけどもうすぐに暗くなるからさ」

「大丈夫だって、夜道が怖いとかそういうのはないから」


 新曰く、意外と言うことを聞いているようだ。

 少し離れることで分かったんだろうな、私にとっては残念だけど。

 だっていまもし会えるのなら思いきり抱きしめたいぐらいだから。


「天音が残るなら僕も残るよ」

「はは、物好きだね」


 早く家に帰ってだらけていてもなにも言われないというのはいいようで良くない。

 なんか気持ち悪いんだ、あのときだってすぱっと言わずにあんなに伸ばしてさ。

 言いにくいけれど、なんて前ふりをしても必ずすぐに言ってきたのに。

 父だってあんなこそこそ逃げるようなことしなくたっていいじゃん?

 小学生の子と想像以上にべたべたしていて気持ちが悪いとかはっきり言えばいいのに、そう思わずにはいられない。


「はぁ」

「それもう10回目だよ」

「カウントしないで」


 起きて学校に行って帰ってきてご飯を食べてお風呂に入って寝るだけの場所。

 早く帰ったって仕方がない、それこそ暇をつぶせるものがないんだからね。

 で、仮にこうして教室に残ってもやれることはぼうっとするだけだ。

 側に新がいてくれようと関係ない、いまは積極的に話したいこともないから。

 最初は「奏の様子は◯◯だよ」と説明してくれていたけど、どうせ会えないし無意味な情報だから言わないでくれと頼み込んでいた。


「そんなに奏と会えなくて辛いの?」

「辛い」

「でも、守らないと怒られちゃうからね?」

「知ってる」


 わざわざ言ってくれなくても分かるよ。

 でも、離れないと言った彼があっさりと言うことを聞いている時点で終わりだ。

 せめて完全に会えなくなる前にワンクッションあれば良かったけどこれじゃあね。


「あ、まだ残っていたんですね」

「本間先輩もまだ残っていたんですね」

「はい、お勉強をしていまして」


 大学に行くなら細かい月や日にちは分からないけどこれから試験か。

 高校の中間考査と期末考査もやりつつって結構大変だろうなあ。


「どうしたんですか? 最近は凄く元気がなさそうですけど」

「お手伝いをしていた日にお店にふたりで来たじゃないですか、あれは僕の弟なんですけど会うの禁止にされているんです。それからというもの、ずっとこの調子で」

「もなかを食べていた子ですよね? そうなんですか、それはどうしてですか?」


 新はぺらぺらと説明していく。

 まあいいか、異常なことには変わらないから真面目そうな本間先輩からおかしいとでも言われればちょっとすっきりするだろう。

 今件に関しては逆ギレなんかできない、全部が私が悪いことには変わらないから。

 だって同級生と過ごした方がいいとか考えておきながら結局口にしたのは2回ぐらいだけ、奏くんが求めてくれるのならと自分に甘くしてしまっていた。


「木本さんはその子といたいんですよね?」

「それはそうですけど、あの子のためになりませんから」


 あ、だけどここで事実が分かったのは良かったのではないだろうか。

 これで先輩がその気になれば新を狙えるということだ。

 いまはそれどころじゃないだろうけど、大学受験が終わった後でも時間はある。

 他県に行くということなら難しいかも。

 同じ県だったらこっちに帰ってくるだろうし、いまとなっては携帯があるから最悪夜に電話でもすれば寂しさも癒えるだろう。


「お母様に言われてしまったのなら聞くしかないですよね」

「はい、その通りです」


 ある程度自立しているならともかくとして、なんでもかんでもお世話になっている状態でわがままなんて言えない。

 しかもこのわがままを言い続ければ相手の人生を狂わせることになるのだから尚更のことだ。

 ……せめてお互いに20を超えていれば25歳と20歳で問題もないのに。

 でも、そんなことを言ったって仕方がない。

 私達は確かに5歳差、小学生と高校生という差が存在しているのだから。


「余計なお世話かもしれませんが遅くまで残るのはやめた方がいいと思います、最近は冷えてきていますし、福島君の言うようにすぐに暗くなりますからね」

「ありがとうございます、本間先輩もあまり遅くまで残らないようにしてください」


 それこそリスクが大きすぎる。

 私の顔を見れば襲うのはやめるかもしれないけど、先輩の顔を見てやめる人はいないだろう。

 というか、心配してくれて優しいな、先輩も新も。

 なのにこちらはぐうたらというか、心配してもらえるような価値もない過ごし方をしていて。


「新、ありがとね」

「急にどうしたの?」


 帰路に就いている最中、私は彼にありがとうと伝えていた。


「でも、無理して合わせてくれなくていいから。流石に19時とかにはならないように帰るからさ、なにをどうしようとあそこが帰る家なんだからね」


 あくまで言いたいのはこっち。

 申し訳ない気持ちにしかならないんだよ。

 それこそ他の子といることに時間を使ってほしい。

 早く帰って奏くんのためにご飯を作ってあげてほしい。

 純絵さんと隆太さんの帰宅時間はそこそこ遅いから余計にね、寂しいだろうしさ。


「新は早く帰って奏くんといてあげてよ」

「さっきも言ったけど、天音が帰ってくれれば帰れるんだけど?」

「でも、家にいてもやることないから」

「じゃあ連絡でもしてきてくれたらいいでしょ? 電話でもなんでもいいよ、相手するからさ」


 逆に彼はどうしてここまでしてくれるのか。

 優しすぎるのも気になるんだなって私はここで初めて知った。


「なんでそこまでしてくれるの?」

「それは天音が親友だからだよ」

「それならなんかもっと求めてきてよ、なにかしてくれって要求してよ、このままだと申し訳ない気持ちにしかならないから少しぐらいは新のために私だって……」


 見返りすら求めずに相手のために動ける人間は実際にいるのだろう。

 けど、普通ではない、かなり稀有な存在だと言ってもいいぐらいだ。

 私の中には他人のために動く=なにかをしてもらうためという考えがあるから駄目だった。


「じゃあ、いつまでも一緒にいてほしい、話しかけたら反応してほしい」

「それだって私が思っていることでしょ」

「それなら問題ないね、嫌々やらすのは違うからさ」


 ……たまには欲深くくればいいのに。

 別にそこまでしていたくないということなら他に行けばいいしさ。

 これも同じ、縛りたくないのだ、私は関わってくれる人に自由にしてほしいのだ。

 私のところに行かなければならないなんて義務はないのだから。


「とにかく、私は大丈夫だから」

「いや、だからってやめないからね? 天音が帰ってくれれば僕だって早く帰れる、奏のためのご飯だって早く作れるんだよ?」

「……分かったよ、早く帰るからさ」

「うん、それならそうするよ」


 くぅ、手強い男の子めぇ……。

 その優しさとかを他の女の子にでも見せれば彼女だってできるかもしれないのに。

 こんな無意味なことを繰り返したって新からしたら損しかないのに。


「ほんと、昔からよく分からない子だね、新は」

「えぇ」

「だって優しすぎるもん」


 でも、ずっと支えられてきた、新がいたから乗り越えられたことも多いと。

 私、新のためになにもしてあげられてないなと内で呟いたら微妙な気分になった。




「ただいま」

「おかえり」


 奏はどうやらゲームをやっていたみたいだ、ポーズ中にしてあるから気づいた。

 わざわざ玄関まで来た理由は分かる、天音を連れてきていないかを確認するためだろう。

 会えなくなってから毎日するようになったことだ、報告は禁止にされているから言ったりはできないけど。


「学校はどうだったの?」

「別に特に変わりはないよ、女子がきゃーきゃーうるさいだけ」

「それってなんで?」


 ご飯の準備をしながらしっかりと聞き出しておく。

 なにかあってからでは遅いからだ、嫌がられてもしっかり吐いてもらう。

 ……天音と会えるのならこんなことをしなくても良かったんだけどなあ。


「知らん、どんな話題でも盛り上がれるんだよ」

「ああ、確かにそういうところはあるかもね」


 例えば最近で言うと寒くなってきたこととか、ただそれだけで会話を膨らませることができるからすごいと思う。

 そこから服を買いに行こうかとか、温かいご飯が美味しいねとか、温かいお風呂が気持ちいいねとか、頭の回転が早いというか、柔軟というか、まあそんな感じで聞いているだけでも結構楽しかったりもする。

 あ、大きい声で話しているから聞こえるだけで、別に意図して盗み聞きをしようとしているわけではないけど――って、誰に言い訳をしているんだ……。

 ただ、女の子特有の甲高い声は少し苦手かもしれない。いきなり背後とかでそういう声を出されるとびくぅ!? とする、そうしたら恥ずかしいから……うん、やめてほしかった。


「兄貴、天音は?」

「微妙かな」


 隠す必要はない、そのまま伝えればいい。

 恐らく奏が情に訴えようとしたところで変わることはないだろうけど。

 うちの両親はともかくとして、天音の母である安奈あんなさんは簡単に変えたりしない。

 タイプが全然違い過ぎる、少し適当なところがある自分の母とは違うのだ。

 ちなみに母である純絵はそんなことをしなくていいと安奈さんに言ったものの、駄目だった。

「奏くんの人生が台無しになってしまうから」という一点張り、うん、手強すぎる。

 電話の後、母は「頑固だなあ」と呟いて微妙そうな笑みを浮かべていたっけ。

 天音とは良くも悪くも違うんだってよく分かった一件でもあった。


「奏と会えなくて寂しい、辛いって言っていたよ」


 恐らく離せば離そうとする程、逆効果になる。

 事実、天音の中の想いはどんどんと大きくなっていると思う。

 奏は分かりやすい反応をあまり見せないけど、恐らく影響は出ているはずだ。

 そういう強制をされるとやりたくなる、会いたくなるのが常ではないだろうか。

 例えばゲームをしては駄目だと言われたら、それまでは飽きていたとしても気になるだろう。


「おれも天音に会いたい……」


 何度も言うけど両親は問題ないんだ。

 父さんなんか「秘密裏に会ったらどうだ?」とか言っちゃってるし。

 母さんもそれに乗っかって「会っちゃえ!」とか乗っかっちゃってるし。

 でも、いま必要なのは我慢することだと思うんだ、つまり言うことを聞いておく必要がある。

 天音があそこまで露骨に態度に出しているなら安奈さんも動くと思うからだ。

 それでもやめないと先程の僕みたいに言う可能性が高いけどね。


「奏、いまは我慢だよ」

「でもさ、いつまでがまんすればいいんだよ……」


 いつまでと言われてもどうしようもない。

 それこそ奏が中学生になれば部活も始まるから会える頻度が下がるし。


「もう小学生生活も終わるんだぞ、いまの内にいっぱいいっしょにいないと……」

「なら、安奈さんに言える? 直接『天音といたい!』って」

「……それでまたいっしょにいられるようになるなら」

「一緒にいることを許可されたとして、かわりに好きになっちゃいけないって言われたら?」


 奏は驚いたような顔でこちらを見てきた。

 そりゃ分かるでしょうよ、あそこまで露骨に天音とばかりいたら。

 寧ろ隠せているとでも思っていたのだろうか? 無理無理、丸わかりだ。


「ご飯の支度をしなくちゃ、後は奏次第だよ」


 結局、話すことばかりに夢中になってなにもしていなかった。

 まあでも無意味ではない、大切な弟の大切なこれからに関わることだ。

 それどころか動いてくれた方がありがたい、天音は明るい方がいいから。

 学校ではなるべく僕がいるから、外では奏があの子と一緒にいてあげてほしい。


「行ってくる!」

「え、いま? せめて明日にしなよ、明日からは早く帰るって言ってくれたから」


 外はもう薄暗くなっているから行ってほしくなかった。

 天音も大切だけど奏も大切なことには変わらないから。


「じゃあ兄貴と行く!」

「分かった、それならご飯を作ってからね」

「いますぐ!」


 駄目だ、このままだと絶対に言うことを聞かない。

 僕が刺激してしまったということだ、安奈さんを説得するしかないと分かればすぐに動きたくなるよね、これまであれだけ積極的に天音といてきたんだから。


「それなら母さんも連れて行こう、僕達だけじゃ駄目だよ」

「母さんは……」

「ばらばらだからね、いつ帰ってくるかは分からないかな」


 それでも動いてくれるはずだ、そして確実に力になってくれるはず。

 だから焦れったいだろうけど守ってと口にして、僕はあくまで調理を始めた。




「はぁ……」


 ソファにうつ伏せで張り付いていた。

 いまばかりは虫になった気分だ、こんな私を母も無視しているし。

 調理中だというのになにも言ってこない。

 おかしい、気持ちが悪い、逆に厳しくしてくれた方がすっきりしそうだ。


「わっ!? なにっ!?」


 そんなときに響いてきたどんどんどんという大きな音。

 それから「天音っ!」と奏くんの声が聞こえてきて、だけど動けなかった。

 いまここには門番みたいな人間がいる、母に任せるしかないのだ。


「暇なら出なさい」

「え、奏くんなんですけど……」

「早く出なさい」


 えぇ、もうなにがしたいのか分からん……。

 扉を開けたら純絵さんに新に奏くんがいて、その奏くんは私に抱きついてきた。

 流石に抱きしめられはしなかったけど、もう奏くんが泣いちゃっているから頭を撫でておく。


「あら、あなたも来たのね」

「うん、可愛い息子達と天音ちゃんのために動いてあげなきゃいけないって思って」


 ひぃ、怖い怖い、このまま奏くんを連れて部屋に逃げ帰りたいぐらいだよ。

 とりあえずみんなでリビングに移動して、私はみんなの分の飲み物を準備。


「天音……」


 その間も引っ付き虫みたいにこちらにくっついてきている奏くんが可愛すぎてやばかった。

 やっぱり私も虫だったから仲間である虫が近づいて来るんだとか内で言って。


「あなたはもっと真剣に考えなさい、同級生相手に恋をすればいいじゃない」

「だから天音ちゃんを好きになっちゃったんだからしょうがないでしょ?」

「なんでよ……どうして天音じゃなければ駄目なのよ」

「奏が天音ちゃんのことを好きになったからだよ、年齢差なんて関係ない!」


 ただ、お互いの母親が言い合いをしているとなんとも言えない気持ちになる。


「奏は天音ちゃんといたいんだよっ、私達が離せば離す程、逆に惹かれていくだけだからね?」

「奏くんは小学生なのよ?」

「でももう中学生になるよ、それに少しずつ成長しているんだから」

「後悔するのは奏くんなのよ!?」

「ここで私達が無理やり離させたらそれこそ駄目になるよ!」


 母がこんな大声を出しているところは初めて見た。

 難しいところだ、母の言っていることはもっともだし、息子のことを考えて発言している純絵さんが言っていることも間違いではない気がする――けど、母の言っていることが正しいかな。


「奏くんはどうなの?」

「おれは……おれは天音といたいです!」

 

 母は困ったような表情のままはぁとため息をついた。

 高学年、来年は中学生、でもそんな相手に自己責任論で片付けるのは違う。

 だからこそ親がきちんと見ておかなければならない、悪いことにはきちんと口出しをしなければならない。

 本人にその気があっても「駄目だよ」と言わなければならないのだ。


「純絵さん、母の言っていることは間違っていないと思います。それどころか酷く正しい、私と仮にこれまで通り仲良くできてもいいことは少ししかないです、絶対に後悔することになりますから。……だから、忘れてください、私もそういうつもりで動きますから」

「天音ちゃん……」

「奏くん、一緒にいたいって言ってくれてありがとね、だけど駄目なんだよ」


 そういうものなんだ、世間は許してくれなんかしない。

 そもそも母がこんな状態だとちくちく言葉で刺されるのは私だ、それは嫌なんだ。

 どうしようもないことだ、すぐに成長したりなんかしないし、歳が追いついたりはしない。

 彼が歳を重ねた分だけ私も重ねるのだからずっと同じままだから。


「きみが気になっている子はいっぱいいるよ、だからその子達を見てあげれば――」

「天音のばか!」


 意外にも出ていくことはせずに純絵さんの後ろに隠れてしまった。

 でも、仕方がないんだと己の内に言い続けて片付けるしかできなかった。

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