05話.[なら言うけれど]

「あら、また泊まるの?」

「うん、あ、はい」

「そう、ゆっくりしていってね」


 玄関で待ち構えていたときは物凄くびびった。

 だって帰ってきて扉を開けた瞬間に暗い玄関に人がいたらねえ。

 そして奏くんはまだ敬語には慣れていないようだ。

 まあ母とだって話すことも多かったし、敬語じゃなくてもなにも言ってこなかったから変える必要もないと考えていたんだろう。

 それでも私が言ったことを聞いて守ろうとしてくれている点は素直に嬉しいと言える、こういう真っ直ぐさが好きなんだよなあ。

 奏くんには先に部屋に行かせて、私はちょっと母と会話。


「なんでこんなところで待っていたの?」

「帰ってきたら誰もいなかったからよ」

「あ、それはごめん」

「別に休日にどう過ごそうとあなたの自由だけれど、せめて連絡をしてからにしなさいよ」

「うん、分かった」


 確かに新や純絵さんには言うのに自分の母には事後報告なんておかしかったか。

 これからご飯を作るということだったので手伝うことにする。

 あ、ちゃんと1度部屋に行って手伝ってくるねと言ってからだから大丈夫、私は学ぶ女なのだ。

 それに少しずつ技術をぱくっておかないと新に女子力がないままだと勘違いされてしまうから、両親の代わりに作ってきた新には敵わなくてもある程度のものは作れるんだから!


「奏くんを呼んで食べましょうか」

「うん、じゃあ呼んでくる」


 それで部屋に行ってみたら何故かベッドの上で寝てしまっていた。

 起こすべきかどうか真剣に悩んだものの、どうせなら温かい状態で食べてほしいからと心を鬼にして起こすことにした。

 電子レンジで温めれば出来たてみたいになるじゃんと言われればそれまでだけど、ちょーっと私的には違う気がするんだよね。


「あ、天音っ!?」

「別に怒ったりしないよ、ご飯が出来たから食べよ?」

「う、うん……」


 新が寝ることよりかは問題もない。

 問題があるとすればきちんと洗ってはいるものの、臭わないかということだ。

 一応私も乙女なんでね、臭いとか言われたら精神が死にますよ、ええ。

 で、1階に移動してからはほぼ母作の夜ご飯を食べて、終えたら彼にはお風呂に入ってもらって――いる間に私はなるべく母の手伝いをしておくことに。


「あの、ありがとうございました」

「敬語はいいわよ、奏くんはこれまでずっと普通にしていたでしょう?」

「でも、天音が年上には敬語を使わなければならないと言っていたので」


 正しいことを言ったはずなのに悪いことをしているみたい。

 これじゃあまるで洗脳しているみたいじゃん? あんまりイメージが……。


「私にはいいわ、それより風邪を引かないようにもっときちんと拭かないと」

「……ありがとう」

「ええ、天音も早く入ってきなさい」

「はーい」


 にしても私のベッドで寝てなにかが満たされるのかな。

 私の枕を抱いて私の名前を呟いていたりしたら可愛いけどさ。

 というか、これはもう勘違いじゃないよね。

 でも、何度も言うけど私は可愛いとかってわけでもないのに。

 どれぐらいかって言うとクラスの真ん中ぐらい、はちょっと自己評価高すぎかな?

 とにかく、近くに先輩がいたりすると嫌でも分かってしまう。

 そもそも私はなにをしてあげられた? なにが彼に影響を与えているのか。


「ただいま」

「おかえり」


 今度は慌てることもなく普通だった。


「ね、今日一緒に寝る?」

「ん? え……」

「嫌ならいいけどさ、寝たいなら言ってくれればいいから」


 うーむ、22時までまだ2時間がある。

 その間、どういう風に過ごせばいいのかが分からない。

 ゲーム機があるというわけでもないし、このままだと彼は来てくれなくなるかも。

 別にだから言ったというわけじゃない、それにベッドフェチなんていう特殊性癖なんかではないだろうから大丈夫だろう。

 ベッドにだけ興味があるということなら譲って敷布団を敷いて寝てあげるけどね。


「それよりなにしよっか、ここはやれること特にないよね」


 もし私のことが好きなら悪魔の囁きみたいなものだ。

 気になる異性から放たれるなにしようか口撃。

 己の内側にある欲望をぶつけたら嫌われてしまうのではないかという不安。

 まあ全て妄想ではあるけど、あんまり間違ってもいないと思う。


「……頭をなでてほしい」

「いいよ、おいで」


 少しだけしっとりしている感じのする普段とは違う彼の髪。

 たまに跳ねていたりするとわしゃわしゃあって撫でたくなるから困る。

 なにもかもが可愛いんだよね、それがすぐに格好いいに変わるんだから怖い話だ。


「わっ、こっちも撫でてくれるの?」

「いつもおれに優しくしてくれるから」

「ありがとう」


 ……やばい、このままだと確実に私の中の良くない感情を刺激する。

 まだ早いけど明日はどうせ福島家に行くのだからと説明して寝ることにした。

 奏くんはベッドで寝ることを選んだみたいで、がちんこちんになっていた。


「おやすみ」

「う、うん……」


 よく考えてみなくてもこっちの方が問題だよなあと。

 でも、自分から口にしたんだ、年上として逃げるわけにもいかなかった。




 結果的に言えば駄目でした。

 私にしては珍しく5時ぐらいに起きてしまい、そのままベッドを下りた。

 今日はこの後に奏くんを連れて福島家に行く予定だからいいけども。

 あ、でも、今日のメインは新ってことになるわけで、また妬いたりしなければいいけどな。


「ん……あまね?」

「あ、起こしちゃってごめんね、飲み物を飲んでこようと思って」


 木本天音17歳よ、自分から言っておきながら朝まで爆睡できないってどういうことだ。

 お茶ではなく炭酸を飲んだら少しすっきりした、本当に馬鹿だったから。

 というか小学生の子と寝ることで緊張するってそれはもう……。


「天音、今日はあくまで兄貴にさそわれたからそっちを優先するんだろ?」

「うん、そういうことになるね、約束だから」


 彼らの家には最強のアイテムであるゲーム機があるからいい。

 最悪会話が続かなくなってもゲームをすればそれで話題ができるからね。

 で、ある程度の時間になったら母にきちんと説明してから福島家に向かって。


「お邪魔します」

「ようこそ」

「うん、おはよっ」


 まあ待て、あんまり差をはっきりさせすぎると奏くんが嫉妬する。

 私達の間にはなんにもないんだから堂々としておけばいいんだけど、またふたりきりのときに口撃を仕掛けられても困るからあくまで普通の感じを装っておいた。

 これは偽っているわけでもない、ずっとこれを見せておけば彼も納得してくれるだろう。


「ちょっとお菓子を作りたいから手伝ってくれない?」

「え゛、お菓子作りは私には……」

「大丈夫、簡単なやつだし教えるから」

「わ、分かった」


 渡してもらったエプロンをきちんとつけて彼の側に立つ。

 しっかり手を洗ってきらきらになった(多分)を見せてにかっと笑って。


「まずは薄力粉を振るって」

「あ、これは見たことあるかも、意外とこういう作業が好き~」

「バターをよく混ぜて」

「うんうん、卵もしっかりほぐせばいいんだよね?」

「うん、そうだよ」


 やりたそうな顔をしていたからバターに砂糖を入れてよく混ぜてもらう作業は奏くんにやってもらうことにした。

 ある程度した後に卵を3回に分けて入れて、そこからもやってもらって。

 流石にそこからは交代して、最初の薄力粉をバターくんに投入し更に混ぜ混ぜを開始した。


「よし、そうしたらある程度手で練って」

「練り終えたら休み時間?」

「うん、1時間ぐらい冷蔵庫で寝かせるからね」


 ふぅ、意外と大変だぜこりゃあ。

 奏くんが少しやってくれたから良かったけど腕が痛い。


「手伝ってくれてありがとね」

「おれも食べたかったから」

「出来たらいっぱい食べようねっ」


 よしよし、奏くんが普通にしてくれているから気まずいことにもならないぞ。

 もう1度手を洗って今日はソファに遠慮なく座らせてもらう。

 そうしたら足と足の間に奏くんが座ろうとしてきたから少しはしたないけど広げて座ってもらうことにした。


「そ、奏くん、これならできれば足の上に座ってくれた方がいいかなあ」

「それだと天音の足が疲れちゃうから」

「気にしなくていいよ、このままこうしていると女として死んじゃうからお願い」

「わ、分かった」


 ふぅ、まだまだ乙女のままでいたいんでね、はしたないことはできないよ。

 奏くんはそこまで重くないからあまり苦にもならない。

 手は洗ったからと説明して頭を撫でて甘えたい彼の心をなんとかする。


「酷いなあ、結局僕は無視ですかい?」

「ち、違うよ、今日のメインはあくまで新ですから」

「じゃあ僕の頭も撫でてよ」

「しゃがんで、ほら、これでいいの?」

「はは、ありがとう」


 甘えん坊の兄弟だった。

 もし私に兄と弟がいたらという展開を教えてくれている気がする。

 両方とも甘えん坊だったら毎日が忙しそうだなあとも予想できた。

 だって片方に優しくしたらもう片方にずるとか言われそうだから。


「少しゲームでもしようか、1時間ぐらい経過した後は僕がやるから任せて」

「よしっ、これで美味しいクッキーが食べられるっ」

「でも、ゲームで負けたら罰ゲームとして1枚に」

「なにぃ!? それだったら私不利ですやん……」


 無理だ、あまり食い意地が汚いところを見せるのもあれだからいいけどさ。

 実際にゲームが始まってキャラ選択画面までやってきた。

 選んだキャラクターで相手のキャラクターをぶっ飛ばす、というのがルール。

 私は王道どころのキャラクターを選んで足の上に座っている奏くんが選び終えるのを待っていたんだけど。……これ、非常にやりずらいゾ。

 コントローラーの場所はどうしても奏くんの頭上になるし、体重を預けるのは違うから空中で保持し続けなければならず、それでいて元来の下手くそさが相まってぼろぼろだった。


「はい、天音の負けで1枚ね」

「これ以上失わないようにやめておくよ、見ている方が好きだから」

「冗談だよ、天音と奏が沢山食べてくれればいいから」


 優しくしてほしいけど同情もされたくない私は断った。

 そういうルールでやる旨を話していたのに乗っかったのは自分だ。

 だというのに自分が負けたらなしと突きつけるのは小学生の子がいる手前、よろしくない。

 なので1枚でも全然良かった、食い意地が汚いところを見せるよりはね。




「焼けたっ?」

「そうだね、少し食べてみようか」


 焼けたらしいので近づいてみたら美味しそうな色のクッキーが沢山あった。

 私はプレッシャーにならないようにソファに戻って座っておく。


「天音、さっきのは冗談だから」

「いいもん、ちゃんと約束は守るもん」


 1枚食べられればそれで十分。

 私は元来しょっぱいものの方が好きなのだ。

 だから気にせず食べてと口にしてふと携帯をチェックしたら知らない番号から電話がかかってきていた、一応ネットで調べてみたものの情報は得られず終いに終わる。

 なにか良くないものだったら怖いので無視することを選択、が、少ししてまたかかってきたので結局出てしまった形になった。


「天音? 私よ」

「え、なんでこんな電話番号から?」


 何故か知らない電話番号から母の声が。


「友達のを借りているの、天音はいま新くんや奏くんの家よね?」

「うん、そうだけど」

「それならもう帰ってきてちょうだい、ちょっと言いたいことができたから」

「このまま言うんじゃ駄目なの?」

「ええ、気をつけて帰ってくるのよ?」


 家にお友達を招いているのだろうか。

 とにかくそういうことなら従うしかない。

 母の機嫌を損ねると本当に暮らすのが大変になるから仕方がないし。


「ごめん、お母さんに帰ってこいって言われたから帰らないと」

「えぇ、結局僕の相手は全くしてくれてないよ……」

「今度ちゃんと相手をするからっ、それじゃあね!」


 出ていく前に奏くんの頭を撫でてから外に。

 ちくしょう、なんで急になんだよぉ!

 別にいいじゃん、新や奏くんの家に行ってやらしいことはしていないよ!


「ただいま!」

「おかえりなさい」


 なんだよなんだよ、お友達なんていないじゃんっ。

 謀ったな? ああ言えば帰るしかないもんなあっ、悔しい!


「それで言わなければならないことって?」

「まあそれはまだいいじゃない、とりあえず飲み物でも飲みなさい」


 こちらにグラスを渡しつつ「すごい汗よ?」なんて涼しい顔で言ってくれる母。

 それを全て飲ませてもらってぷはぁと息を吐いた、母は「いい飲みっぷりね」と口にしてまた涼しい顔のままシンクに持っていくだけ。


「とりあえずそこに座りなさい、タオルを持ってきてあげるから」

「うん、ありがとう」


 受け取った際にお礼を言って拭いたまでは良かったけど。

 これは絶対になにかがある、基本的に自分でしなさいと言う母が何故ここまでしてくれるんだ?


「それで話ってっ?」

「こんなことはできれば言いたくないのだけれど……」


 くぅ、某クイズ番組みたいに回答までに絶妙な間を作りおってっ。

 実際に5分ぐらいが経過、母はその間も視線は逸らさずにこちらを見ているだけ。

 もしかして言いづらいことなのだろうか、いっつもすぱっと言う人だから印象的過ぎる。


「言いにくいなら言わなければいいのでは? それかもしくは日を改めるとか」

「そうね、とりあえず夕食を食べ終えてからにしましょう」


 言うと決めたら、やると決めたらその日の内にというスタイルはいつも通り。

 だけど私としては実に焦れったい時間を過ごすことになったのは言うまでもなく。


「なんか今日のご飯、やたらと豪華じゃない?」

「そう? 少し多いだけではないかしら」


 いや、なんかかつとかステーキとかボリュームがすごそうなのがいっぱい。

 それこそ父かお友達でもいなければ作らない量、その証拠に食べきれなかったし。


「お風呂に入ってきなさい、女の子なのに少し臭うわよ?」

「あーい……」


 まさか不倫……なわけないよな、そんなことしたら母自ら死ぬことと同じだし。

 流石に鬼母と言えどもそんなことはしない、お父さんは21時頃には帰ってくるんだしね。


「これは奏くん関連かな」


 母が否を突きつけてくれるならそれでいい。

 結局のところ甘えられてしまうと私だけではどうしようもないからだ。

 悲しませたくないからとほとんどの要求には従ってしまう――というか、私が彼に喜んでほしくてそうしてしまうというか、そんな感じで。


「出たよー……お? あれ、お父さん早いね」

「ただいま、なんか久しぶりに話す感じがするな」

「確かにそうかも。ね、お母さんの変な感じ見た?」


 そういえばそうかもしれない。

 最近は奏くんがよく来ていたのもあって寝るの早かったし。

 父は逃げるように「ま、俺は風呂に入ってくるから」と言って洗面所に行ってしまった。

 嫌な予感がするぞ……実に焦らすのが上手いふたりだ。


「そこに座りなさい」

「もういいから言ってよ」

「なら言うけれど」


 母は意外にも怖い顔になったりはせずに優しい表情と声音で「奏くんに会うのはやめなさい」と言ってきた。

 予想は正しかったようだ、だから驚きとかは別になかった。


「あなた、小学生の子相手に距離が近すぎよ」

「そうだね。あ、奏くんが近づいて来たらどうするの?」

「私が代わりに言うから大丈夫よ、あなたでは言えないでしょう?」

「ありがたいよ、距離感を誤っていたからね」


 時間が経てばなんであんなことをしていたんだろうって奏くんも考え直すと思う。


「引き伸ばしすぎでしょ、普通に言えば良かったのに」

「あなたはともかく、奏くんはあなたのことを気に入っているようだったから」

「それは確かにね、だからこそある程度の要求は受け入れていたわけだから」


 新に連絡しておこう、奏くんもいきなりこんなことを言われても困るだろうから。

 いつかくると思ってた、やっぱり相手が小学生だと駄目なんだ。

 私がせめて中学1年生とかだったら全然マシだっただろうけどね。

 純絵さんと隆太さんとは母は関わりがあるからそっちにも話をするだろう。

 そうなれば終わりだ、昔みたいに同級生の新とだけいればいいかな。

 あ、いや、本間先輩が嘘をついていると考えてあんまり一緒にいるのもなあ。

 そうでなくても新には甘えてばかりだから避けたい、でもそうするとひとりだからなあ。


「お母さんから純絵さん達に言っておいてよ」

「分かったわ、いまから言うから」

「じゃあ私は新に言う」


 ごめんよ奏くん、普通の感じになったらまた会おう。

 さっさと変な感情は捨ててしまってほしい。

 そうしないといつまでも会えないから、それは流石に寂しいからね。

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