04話.[やめてくれよ!]

「こんにちは」

「あっ、あ……こんにちは」


 この前のどちゃくそ綺麗な女の人。

 浴衣なんかもすっごく似合っていたんだよなあ。


「いま福島君を待っているんです、だから木本さんのところにいたら分かりやすいかなと」

「そうですね、来てくれるので大丈夫だと思います」


 私の名字を知っているのは夏祭りのときに新と一緒にいたからだろう。

 気になっているからこそ気になっている人間に近づく女が気に入らないわけだ。

 つまりこれは絶対に圧をかけてくるパターン! 間違っていたら土下座したっていいよ!


「あ、私は本間菜美なみと言います、よろしくお願いします」

「私は木本天音です、よろしくお願いします」


 ふふ、ちゃんと自己紹介から入るところはらしいなあ。

 でも、これからのことを考えればいいことばかりでもない。

 まあいい、自宅の場所とかがばれなければ脅されるようなこともないだろう。

 それに誰かに言われて新と距離を置くなんてしたくないし、する必要もない。


「待たせてごめんっ――ん? あ、本間先輩もいたんですね」

「はい、木本さんのところにいれば福島君に会えると考えてここにいさせていただきました」


 どうやら約束をしていたわけではないようだ。

 演技をする意味もないから本当にそうなんだと思う。


「どうしました? なにか用があったということですよね?」

「はい、今週の土曜日にお店を手伝ってもらえませんか?」

「それってレジのところにいればいいんですよね? それぐらいいいですよ」

「ありがとうございますっ」


 ほんま素敵やね、なんで新も積極的にならへんのやろ。

 それより先輩のご両親がお店でも経営しているのだろうか……って、それしかないよね。

 新はそれを一切躊躇なく受け入れた形となる、偉い、休日だったら休もうとか考えないの?


「私はこれだけなので、それじゃあ土曜日によろしくお願いします」

「分かりました」

「木本さんもすみませんでした、失礼します」


 あ、なにかを言う前に出ていってしまった。

 にしても間違っているよ本間先輩、私にダメージを与えたいなら奏くん相手じゃなきゃね。

 いや、相手が先輩なら素直に応援できるかも、性格が悪いということもないだろうから。

 美人は最強、奏くんもこれから最強になっていくからいい組み合わせだ。

 って、先輩が狙っているのは新の可能性の方が高いか、余計なことを考えるのはやめよう。


「待たせてごめん」

「別に約束をしていたわけじゃないんだからいいって」

「じゃあ帰ろう」

「うん」


 とはいえ、なんかあんまりにも美人な人に新が熱中するというのも面白くないな。

 なんか思いきりでれでれしそうじゃん、そうなったらあっさり親友(笑)の私のところに来なくなって関係消滅、なんてことになりかねない。

 が、その気もないのに新にやめろなんて言えないからつまり詰み、親友(笑)は今件のことに関しては見ていることだけしかできないようだった。


「日曜日って暇?」

「暇だけど」

「それなら家に来てよ、たまには奏ばかりじゃなくて相手をしてほしいなって」


 先輩に誘われて日曜日もなんて展開になりそうだけど了承しておいた。

 純絵さんと隆太さんは日曜日もお仕事だから気を使わなければならないことにもならないから楽で良かった、休日だからのんびりしているのにそれに関して鬼母は文句を言ってくるから誘ってくれて感謝しかない。

 なんなら奏くんにも会えるしね、メインは新だから気をつけるけど。


「それよりお店のお手伝いとかをしていたんだ?」

「うん、1回しかしたことないけど僕でもできる内容だったから」

「偉い、どうせ新のことだから見返りとか求めていないんでしょ?」

「お昼ご飯を作って食べさせてくれるんだ、それだけで十分だよ」


 その気持ちがありがたいか。

 なにかをあげるとか言われた際にはめちゃくちゃ必死に断っていそう。

 新のそういうところだけは簡単に想像できる。

 だからと言って拒み続けるわけではなくある程度のところで折れるところはいいかもね。


「じゃあ日曜日に行くかわりにご飯を作ってもらおうかなー」

「いいよ、美味しいって言ってもらえると嬉しいからね」

「冗談だよ、そのときは私もお手伝いするから」

「え゛」


 彼はわざわざ足を止めて物凄く失礼な反応を私に見せた。

 私だってねっ、ただ無償でなんでもかんでもしてもらうわけではないのですよ。

 特に普段からお世話になっている新にはね、最近だって手伝ったのになんだその反応は!


「天音って作れたっけ?」

「はあ!? あんたもう1回言ってみなさいよっ」

「な、なにその喋り方っ、というか近いって!」


 ご飯ぐらい作れるんですけど!

 そりゃ新の作るやつには敵わないかもしれないけどさ、女子力を疑われるのは心外ですよ。


「はぁ、天音って少し無防備だよね……」

「うるさい、それより日曜日はやるからね?」

「分かったよ、はぁ……」


 絶対に美味しいって言わせてみせるんだから!

 本当にいいところばかりなのにこういうところが残念だ。

 奏くんを少し見習った方がいい、いや本当に新もいい子なんだけどね。




 土曜日のお昼頃、いま頃手伝っているんだろうなと考えつつだらだらとしていた。

 それができるのは鬼母が家にいないからだ、買い物とかではなく友達と遊びに出かけたららしい。

 流石に買い物だったら手伝うよ、そこまでクソな娘ではないからね。


「はーい、あ、奏くん」

「いまひま? ひまなら兄貴のところに行こうぜ」

「お、じゃあ行こっか」


 別に邪魔をしたいわけじゃないけどどんな雰囲気なのか気になる。

 いい雰囲気だったらそれとなく応援してあげたい、いちゃいちゃしすぎていたら怒るけど。

 そんなだいぶ矛盾している感じを抱えつつ奏くんと手を繋いで歩いていくことに。

 行こうぜと言ったということは場所も知っているだろうから道案内は任せて。


「あそこだ、見えるだろ?」

「あ、新がいるね」


 どうやら和菓子屋さんのようだ。

 大きく目立つお店というわけではないし、表通りというわけでもないのに複数人のお客さんがいる。

 あ、奥から本間先輩が出てきた、それでなんらかのやり取りを交わしてまた戻っていくと。


「あの人美人だよな」

「うん、そう思うよ」

「でも、兄貴の友達にしては美人過ぎるんだ」

「そんなことないよ、新は優しいからみんなから求められるからね」


 手伝うと決めた以上、お喋りばかりしているわけがないよね。

 先輩がそもそもそればかりに意識を割くなんて思えないし、新もあれで結構頑固なところがあるからやると決めた以上は手を抜かないだろうし。


「お客様」

「え?」

「そんなところでこそこそしていないでお店の中に入ってみたらどうでしょうか」


 いや、え? さっきまでレジのところにいたよね?

 ある程度離れた電柱の後ろから見ていたのにどうして分かったんだぁ!?


「気持ち悪い、兄貴が敬語なんか使うべきじゃない」

「そ、そう言わないでよ」

「そうだよ奏くん、これからはちゃんと年上の人とかには敬語を使わないと怒られちゃうよ?」


 それだけで変なことをされるかもしれない。

 自分が偉そうにされたからと年下に偉そうにする人はいる。

 理不尽な罰をくらわされたからと年下に罰をくらわせる人もいる。

 みんな善人というわけではないのだ、しっかりしておいた方がいい。


「うっ、じゃあ天音にもした方がいいのか?」

「私にはいいよ、私には敬語を使ってほしくない」

「なんで?」

「いいからちょっとお店に入ってみよ、新もさぼりになっちゃうから戻りなさい」

「うん、そうだね」


 お店の中はそこまで広いというわけではない。

 他にもお客さんがいることだしある程度見たら出るつもりだ。

 にしても和菓子か、自分だったらぽてちを買って食べてた方がいいかなあ。


「天音、もなか食べたい」

「分かった」


 奏くんのためにもう1個欲しい物を聞いて買っておいた。

 あくまで私の分も買いましたよー的なアピールをするために。


「あ、来てくれたんですね」

「こんにちは」

「はい、こんにちは」


 ちなみに中でも食べられるようなので奏くんに渡して座っておく。


「お客さんがいてくれていいですね」

「はい、それは本当にそう思います」

「でも、言い方は悪くなりますけど、これだったらわざわざ彼に頼まなくても良かったんじゃないですか?」


 やばい、嫌な感じの言い方になってしまった。

 けど、先輩は「お母さんの用事があったので」と困ったような表情を浮かべているだけ。


「すみません、なんにも分かっていないのに偉そうに」

「いえ、確かに福島君に甘えてしまっているところもありますから」


 福島という単語が出て弟くんの方も反応していたけどなにかを言うことはなく、ぱくぱくぱくと食べているだけだった。


「美味しいですか?」

「う――はい、美味しいです」


 あはは、いま絶対にうんって言おうとしてやめたよね奏くん。

 うーむ、けれど合っているかな、先輩と話すのは初めてだろうからね。

 5年も一緒にいる私と一緒のようにしてはならない、相手がいいと言えば大丈夫だけど。


「木本さんからすれば気に入らない存在ですよね」

「え?」

「私のことです、だって急に福島君の近くに現れたのですから」


 え、待って、なんか勘違いされていないか?

 私と新はあくまで幼馴染的な感じというだけでそれ以上の感情はないよ?

 新だって「天音ちゃんも魅力的だけどもっと大人しい感じの子がいいかな」って言ってたし。

 なんでだよ、私は大人しいでしょ! って何度も言いたくなったぐらいだ。


「待ってくだ――」

「あ、いらっしゃいませ」


 そうだ、お喋りするために来たわけではないのだから奏くんが食べ終えたら外に出よう。

 お客なんだから用が済んだら長居はしないんだ、そういうものだろう。


「ありがとうございました、美味しかったです」

「こちらこそありがとうございました」


 あ、ちなみにいまのは奏くんが言った。

 頭を少し下げてから退店し、満足できたので帰ることになったんだけど。


「どういうこと?」

「え?」

「……兄貴のことやっぱりそういうつもりで見てたのか?」


 これまた勘違いした奏くんが進もうとせずに困ってしまったのだった。




「あの、奏くん? まだ帰らないの?」


 先程家に帰ったと新から連絡があった。

 なのに奏くんがいなくて困ったんだろう、私に連絡してきた形となる。


「……送ったら兄貴と会えるから早く帰らせたいんだろ」

「違うよ……明日は福島家に行く約束をしていたんだからさ」

「だから兄貴としていたんだろ?」


 あ、逆効果な情報だったな。

 妬いても最強とか考えていたけど、困るだけだなこれは。

 だって新とは本当になにもないからだ、男の子として意識したのは荷物を持ってくれたときとかそういうときだけだから。

 しかもそれは男の子だから力持ちなんだなあとかそういう風に考えただけで、恋感情を抱いたわけではない。


「本間先輩が勝手に言っているだけだから」


 どこからそういう情報を仕入れたんだろう。

 新はぺらぺら話したりする性格ではないし、先輩も気になるかもしれない人間にそういうことをわざわざ聞いたりしないと思う。

 だって他の女と仲がいいなんて情報は恋においては邪魔な情報でしかないから。


「信じてよ、奏くんに嘘をつくのは嫌だもん」

「……本当に?」

「当たり前だよ」


 新相手ならともかくとして、小さい子相手に自分を偽るなんて駄目でしょ。

 良くも悪くも真っ直ぐに信じる子だから尚更そう、自分よりも大きくなってほしいと口にしたのだって本心からのことだ。


「……天音を信じる」

「うん、ありがとう。だからもう帰ろう、送って行くから」

「泊まる」


 困ったなあ……奏くんの時間を独り占めするのも少々問題なんだ。

 この子のことを気にしている子達がいる。

 多分お祭りのときに来た子達だけじゃなくて、他にも言えないとか行動できないだけで抱えている子もいることだろうしさあ。


「着替えはどうするの?」

「天音の服を着ればいい」


 スカートしか履かないというわけではないからズボンはあるけども。

 

「下着は?」

「……もう1回履く」

「はぁ、だったら取りに行こうよ」

「……天音の服が着たい」


 それでもいいからと1度福島家に行くことに。

 新に事情を説明したら簡単に許可されてしまうしでなんだかなあという感じ。


「純絵さんに言わなくて大丈夫かな?」

「僕から言っておくから気にしないで。天音が無理なら無理ってちゃんと言ってくれればいいからさ、なんでも言うことを聞けばいいというわけではないからね」

「嫌とか無理とかじゃないんだよ、ただ……奏くんが私といるために時間を使っていると考えると素直に喜べなくて、小学生らしく同級生の子達と過ごした方がいいんじゃないかなって思っててさ。こういう考えは押し付けみたいになるからあんまり言いたくないんだけど、どうしても他所の子だし考えちゃうんだよね」


 でも、嫌じゃないから本人が泊まりたいならと許可をしてしまう連続。

 純絵さんはあんなことを言ってくれたけど、何度もこういうことが増えたら変な風に勘ぐられてお昼に一緒にいることすらできなくなる可能性がある。

 逆に純絵さんが良くても隆太さんの方は距離感がおかしいって感じるかもしれないしさ、どうしても新といるのとは違ってくるんだ。

 それこそ彼が中学生だったら問題もあまりなかった、自己責任論で終わらせることができた。

 けれど小学生の場合は……対応を誤ると色々な意味で終わることになる。

 子ども扱いするな、新と同じように扱ってくれと言われても傍からみたらそうじゃない。

 私は確かにあの子をひとりの男の子扱いをできるんだけどね……。


「奏は自分の意思で天音といたいって、泊まりたいって言っているんでしょ? それで天音はそれを嫌だとは感じてないんでしょ? だったら大丈夫だよ、なにかが起きても天音だけのせいになることは絶対にないから安心してほしい」

「でも、自分の弟でもない子とずっといる高校生って怖くない?」


 それこそ彼のことを気になっている子からすればなんだこいつとなるはずだ。

 仲良くしたくても学校からすぐに消えてしまう少年を追ってみた結果私といるところを発見した、なんてことになったらどうなるのか分からない。

 ……この時点で自分を守ろうとしているだけの最低な人間ということが分かる。


「僕個人的には自分の弟に優しくしてくれる存在がいてくれてありがたいけどね。家族とかには言いにくいことだってあるだろうからさ、天音はよく相談に乗ってあげたりしているでしょ? それって奏にとっては凄くいいことだと思うんだ」

「……新は私のこと信用しすぎでしょ、暴走したらどうするわけ? 奏くんは小学生だけどもう男の子なんだなって感じるときもあるわけでさ……」


 だからそこを見抜いてちくりと指摘しなければならないんだ。

 それが家族とかあの子のことをよく理解している人間の義務、やらなければならないこと。

 甘すぎる、意地悪したりとかする気はないけどなんでも許可をすればいいわけじゃないぞ。


「だったら向き合ってあげればいいでしょ?」

「簡単に言わないでよ……」

「ははは、それはまあ奏と天音次第だから、ほら来たよ」


 距離感、全然ちゃんとできていないな。

 もうこうなったら小学生の子達が突撃してきてくれればいいのに。

 そうすればどうしようもなくなる、大人げないところは見せられないもん。

 本気になってしまう前に必要なことだ、そうなったら絶対に後悔することになるからね。

 後で時間を無駄にしたとか言われても嫌だ。

 気になる子ができたときに私の存在のせいで動けないこともあるかもしれない。

 いまは良くても人の興味なんかすぐに移るもの、選ぶ側の彼なら尚更のことだし。


「そ、奏くん?」

「早く行こう」


 こうやって手を握ってくれるのはいつまでしてくれるんだろう。

 両方にとって彼に気になる子ができてしまうのが1番いい。

 そうすれば期待すらできなくなるから、どうなるかは分からないから仕方がない。


「天音がはなれろって言ってもはなれないから」

「私からそんなことは言わないよ」

「だったら兄貴にいちいち相談とかやめてくれよ!」


 純絵さん達がいないからお兄ちゃんに相談するしかないでしょ。

 後から報告制になんてしていたら絶対にいいイメージを抱かれないから。

 寧ろ堂々と~だけどどう? と話し出すことでやましくないことを証明できる。

 私と彼のためでもあるんだ、そこを勘違いしてほしくなかった。

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