03話.[安心できるんだ]

 夏休みが終わった。

 が、特になにがあるというわけでもないからあっという間に終了に。

 で、月曜日まで休みだというのが面白いところ。

 先生達はツッコんでほしいのかもしれない、どうせなら来週の月曜日からでいいじゃんと、なんでそんな無駄な抵抗をするのだと。


「天音ちゃん」

「あ、新くん」


 私達は何気に別々のクラスだったりする。

 だから夏休みが終わってしまったのは少し悲しいかなあ、奏くんを愛でる毎日に戻りたいよ……。


「この後って暇? もし暇だったらちょっと勉強していかない?」

「いいよ、急いで帰っても鬼のお母様に怒られるだけだから」


 わざわざ初日から勉強をするなんて優等生か、実際に優等生だけどさ。

 でも、得することがなくても損することもないので残ってやっていくことに。

 ちなみに新くん、優秀で色々な人から求められているのを知っている。

 男の子からは「新が女の子だったら絶対に告白してた」って言われているし、女の子からは言うまでもなくそのままが1番だからストレートにという感じで。


「そういえば奏のことありがとね、帰ってきたとき嬉しそうだったから」

「あの……」


 純絵さん達には知らせないでほしいと口にしてからあったことをそのまま伝えた。

 それでも表面上だけは引いている様子もなく、彼は「だから嬉しそうだったんだ」と口にして笑っているだけ。

 こういうときの笑顔って怖いなあ、だってどっちの意味でも捉えられるし。


「実際、奏のことどう思っているの?」


 あくまで意識は下にやりながら聞いてきた。

 奏くんのことどう思っているかだってっ?

 もし好きになってくれれば受け入れるぐらいのつもりでいるよ!


「奏くんは優しいからね、下手をしたら勘違いしちゃうかも」


 可愛いとか言われてどきっとしたこともあった。

 夏祭りのやつは不自然過ぎて微妙な気分にしかならなかったけど、私の家に泊まりたいって言ってくれて実際にそうなったら凄く嬉しそうにしてくれていたし可愛いし。

 素直に喜んでくれるところが好きだった、新くんはからかってくることも多いから。


「ま、奏にその気がなければ意味がない話だけどね」

「どうせいい子を見つけて私のところには来なくなるよ、そのときは寂しいのでお相手をお願いしますね? 奏くんのお兄ちゃんっ」

「僕が仮に他の誰かと付き合っても天音ちゃんと親友であることには変わらないよ」


 そんなのわっかんないじゃん。

 彼女さんが会うのはやめろとか言ってくる可能性も普通にあるわけだし。


「そういえばこの前の人とはどういう関係?」

「3年生の先輩だよ」

「へえ、へえ! その人とどういう関係なのさ!」

「ち、近い……なんにもないよ、ただ話しかけてくれるから対応しているだけ」


 そんなの絶対に気になってますやん。

 で、仲良くなったら告白してしまおうとかそういう考えが絶対にある、はず。

 その先輩さんは正しいことをしている、彼を振り向かせるためには相手から動いてくれることを待っているのは間違いだからだ。

 それで何人の人間が散ったことか、頑張ってくださいっ。


「勿体ないなあ、ちょっと積極的に動いてみればいいじゃん」

「勘違いしないでよ? 無視することはできないというだけだよ」


 違うな、贅沢者なんだ。

 例えば私がイケメン奏くんから興味を持たれたとする、そうしたらもう言うまでもないよね。

 逆に私と同じぐらいの身長にしか育たなかったとしてもそれはそれで美味しいなんて最強だ。


「それより手を動かしなさい、毎回毎回教えられるというわけじゃないんだから」

「はーい、いつもありがとね?」

「いいよ、天音ちゃんだけでやらせておく方が心配だから」

「それでも嬉しいよ、ありがと」


 だって新くんがいなければ学校でひとりだもん。

 コミュニケーション能力が低いというわけではないから一応話せるけど、一緒に遊びに行くなんてことはできていなかっただろうから。

 流石に女子高校生時代にぼっちで過ごすのは嫌だ、確実に後からもっと頑張っておけば良かったと後悔するだろうからね。


「そういえばなんでちゃん付けなの?」

「奏と被るでしょ? どうせなら奏に呼び捨てにされていた方がいいと思って」

「いいよ、余計なことを気にしなくて」

「じゃあ僕が天音って呼んでもいいの?」

「それなら新って私も呼ぶよ」


 それこそ私達が小学1年生のときからずっと一緒にいるんだから問題もない。


「天音……って呼ぶのなんか照れる」

「そう? 新って呼んでも照れないけど」

「女の子は強いんでしょ、そういう変化に」

「あー、それは勝手な偏見だよ」


 変化に強かったら複雑な気持ちになってないよ。

 ああ、お願いだから誰かと付き合ったとしても私のところに来ておくれ奏くんよ。

 月に1回とかでもいいからさ、なんにも魅力もない女でも忘れずにいておくれよう。


「たまにはお兄ちゃんの方にも誘ってほしいなあ」

「それじゃあこの後どこかに行く? まだお昼だし」

「行こう! 具体的に言うとカラオケに行きたいです!」

「分かった、じゃあもう行こうか」

「うん!」


 この気軽さが本当にいい。

 私達は同性ではないけど同性みたいにいられるからだ。

 まあそれは新がある程度合わせてくれているのが大きいんだけどねと内で呟いた。




「ふぃ~、歌ったー」

「お疲れ様」

「うんっ、新もね!」


 カラオケ店から出たら空はオレンジ色に染まっていた。

 こんな時間に帰っていると青春物語みたいで本当にいい。

 横には信用できる男の子、一緒にいられるだけで落ち着く相手がいてくれているのだからもっとね。


「兄貴と天音」

「お、奏おかえり」

「どこかに行っていたのか?」

「うん、ちょっとカラオケにね」


 初日だというのに奏くんこそ遅いお帰りのようでまだランドセルを背負っていた。

 女の子と仲良くしていたのだろうか、うーむ、それだけは容易に想像できるぞう……。


「兄貴はもういいよ、おれが天音を送るから」

「はは、また首になっちゃったよ」

「……いつもありがと、ご飯美味しいし」

「どういたしまして、じゃあご飯作っておくから」

「うん、よろしく」


 逆に私が送るべきなのでは? と考えていても言わなければ意味がない。

 彼は当たり前のように私の家に向けて歩き始めた、しかも何気にこちらの手を握って。

 少し手汗をかいているのがまたリアルであり、運動でもしてきたのかなと想像が捗る。


「なにしていたの?」

「友達と話してた、あ、男友達だけど」

「男の子同士での話で長時間にということは、恋バナかな?」

「ふふぅ!? ごほごほっ、お、おれらにはそういうのまだ早いってっ」


 そうかなあ? 私達の代は普通に付き合っている子も多かったけど。

 昔と違ってスマホを買い与えるのが当たり前の現代にとっては楽なんじゃないかな。

 ま、縁がない人間もいるんだけどね、特に私みたいな人間とかね。

 でも、携帯の普及がいいことばかりではないというところが難しいところ。

 SNSで悪口を書いたりして問題になることも多いからだ。

 表では仲良さそうにしていてもメッセージアプリとかでは酷い態度にとかありそう。


「へえ~、好きな子がいるんだ?」

「ちがうから、勝手に言わないでほしい」

「ご、ごめんよ、すぐうざ絡みして」


 そのうざぁみたいな目が私を抉るよ。

 だからって走り逃げたりしないけど、被害者ぶりたいわけじゃないし。


「それよりおれも今度、カラオケ行きたい」

「じゃあ一緒に行く?」

「うん、兄貴がいてもいいから天音と行きたい」


 可愛いなあもう、そこでふたりきりでと言わないところがポイント高いよ。

 だって親友である新がいたら大丈夫だって考えてくれているんだもんね!


「んー、新は行ったばかりだからね、行こうとは――なに?」


 こっちの手をぎゅっと強く握って足を止める奏くん。


「……なんで呼び捨てになってるんだ?」

「そういう話をしてそうな――い、痛いよ」

「やだ……呼び捨てにできるのは天音の母さんと父さんとおれだけがいい」


 ……これっていいのかな。

 や、確かに求めてくれたりするのは嬉しいけどさ、同級生の子を疎かにすることになったら孤立してしまう。

 そうなったときに自分が原因なのに動いてあげられないことは明白なので、どうしても引っかかってしまう感じが。


「ごめん、忘れてくれればいい」

「うん……」


 それでも手を離されるということはなく、家に着くまでずっとそのままだった。


「送ってくれてありがとう、でも、私が送らないとね」

「いい、明るいからだいじょうぶ」

「そういうわけには……」

「子どもあつかいしてほしくない、兄貴と同じようにあつかってほしい」


 ここでそれでもとごねたら彼の気持ちを台無しなものにしてしまうか。

 小学生だろうとなんだろうと男の子なことには変わらないと。

 女の子だってそうだ、小さい頃から最近はお化粧をしたりする子もいるぐらいだ。

 その性別に生まれた以上、小さいからと子ども扱いをしてほしくはないということか。

 なにより私みたいな女相手にも格好つけようとしてくれているのが嬉しかった。


「分かった、それなら気をつけてね」

「うん」

「じゃあね、奏」

「うんっ、じゃあな!」


 ふぅ、ただやっぱりあるのはこれで良かったのかという気持ち。

 そこで引っかかっておきながらああいうことを言ってしまう分、質の悪い存在だけど。

 まあいいか、嫌そうにしていたらやめればいい。

 仲良くなれば名前を呼び捨てで呼ぶことぐらいするだろう。

 個人的に言えば◯◯くんとくん付けの方が可愛い気もするけど、多分求めてた、うん。


「ただいま」


 ……頼むから本気で手を出すようなことはやめてくれよ、木本天音!

 初な少年の心を弄んではいけないのだ、あの子のことを気になっているであろう子達がいるのなら尚更のことだ、大人だからこそ毅然とした対応をしなければならない。

 だからこちらが勘違いしてしまうようなことを言うのはやめてくれえ!

 さっきのなに? あんなの私をまるで独占したいみたいじゃんかよ! だってお兄ちゃんに嫉妬しちゃったってことなんでしょ? 可愛すぎるっ、いや、なんか本当に嬉しいからさあ!


「えへへぇ」

「気持ち悪い顔をしていないで早く入ってきなさい」

「はーい、へへへぇ」


 もし身長がぐんと伸びて私よりも大きくなっている状態で言われたらイチコロだよ。

 だから頼む! そんなことにはならないようにしてくれと内で大声を出して願ったのだった。




「手伝ってくれてありがとう」

「ううん、いつも私のために新はしてくれるから」


 早く帰っても小言を言われるだけだから今日も放課後に残っていた。

 そうしたら紙を掲示板に張って回るということだったので新の手伝いをすることに。


「天音は昔からこんな感じだよね、嫌な顔をしてないで自分から手伝うよって言ってくれるというかさ。だからありがたいかなって、天音がいてくれて良かったって思うよ」

「大袈裟だよ、私だって新がいてくれるだけでありがたいんだから」

「それって奏に会えるきっかけになったから?」


 それもあるけどって言えばいいのにできなかった。

 だって新がいてくれなかったら高校でひとりぼっちなわけだし。

 本当にありがたいことだ、奏くんのことだけではないことは確か。


「ごめん」

「いや……」

「次で最後だから行こうか」


 救いな点はそれからもいつも通り話しかけてきてくれたこと。

 仕事も割とすぐに終わり、新も帰れるような状態になった。


「帰ろっか」

「うん」


 謝らせてしまったのは駄目だ、気まずい感じにならないようにしなければならない。


「奏くんのことだけじゃないよっ、本当に新がいてくれて嬉しいんだから!」

「はは、気にしてないよ」

「本当のことだから……そうじゃないと高校で寂しい思いをすることになったし。新が教室に来てくれる度に安心できるんだよ? ずっと一緒にいるんだからさ」


 んー、これじゃあ他の友達がいればそう思ってはいない的な感じに聞こえちゃうかな?

 それでも新があのとき言ってくれたように、それとこれとは別だと思うんだ。

 小学生時代から一緒にいる私達なんだから余程のことがなければ消えることはない。

 1番大切にする人間はお互いに変わってしまうかもしれないけど、親友であることには変わらないはずなんだ、お互いにその気があれば。


「そっか、ありがとう」

「うん、だから勘違いしないでね?」

「でも、奏と会えるきっかけにもなっているからそれもあるよね?」

「うっ……あ、あります」

「はははっ、素直になればいいんだよ、奏だってそう思っているだろうからさ」


 なんか恥ずかしい気持ちに襲われていたら「あ、奏が来たよ」と彼が言う。

 そういえば全然距離感直せてないじゃんと今度は微妙な気持ちに。

 近づいてきてくれる限り拒むのは違うと考えている自分もいるから駄目だった。


「またふたりで帰っているのかよ」

「天音の唯一の友達ですから」

「はぁ、天音だったら友達がいっぱいいるだろ」


 残念ながらいっぱいではなくひとりしかいないんだよ。

 少し話す程度であれば友達とは言えない気がするんだよね、私は。


「というか、天音は兄貴のことを名前で呼ばないって約束してくれただろ?」

「えっ!? そ、そんな約束はしていないけど……」


 先程の新と同じようにごめんと謝られただけだった。

 それどころか忘れてくれればいいと確かに彼は言っていたというのに。


「奏、そこは我慢してほしい」

「……兄貴のずる」

「そう言わないでよ、もう10年以上も一緒にいるんだからさ」


 うーむ、新が私よりそれこそ15センチぐらい大きいから奏くんもなってくれるよね?

 もしそうなったら壁ドンをしてほしい、それから「俺以外を名前で呼ばないでくれ」って真剣な顔で言ってくれればいいかな。

 拗ねてくれても可愛いし、あからさまに嫉妬してくれても……ふふふ、最強だなこれは! そう考えると本当に美味しい兄弟だと思う、だからやっぱり最強だった。


「……おれはまだ5年ぐらいしか天音といられてない」

「それは仕方がないよ、それでも楽しくやれていると思うけどね」

「せめてもう中学生だったりしたら天音ともっといられたのに……」


 奏くんよ、来てくれれば私はいくらでも相手をするよ。

 特別な子ができてそっちをメインにしていいからたまには来ておくれ。

 私だって5年で記録が途切れるのは嫌だから、10年だって15年だって関係を続けたいよ。


「奏くん」

「なに?」

「奏くんが来てくれれば私はちゃんと相手をするから、これからも積み重ねていけばそれでいいでしょ? 私は新や奏くんとずっといたいって思っているからさ」


 ここで呼び捨てにはなんかできなかった。

 凄く恥ずかしいし、まるで小学生をそういう対象として見ているみたいじゃん。

 いや、そういう扱いをされるのは嫌だと彼は言っていたけど、やっぱり影響は大きいわけだしさ。勢いだけで決められることじゃない、もっとも新の言うように彼の中にそういう気持ちがなければ意味のない痛い女というだけで終わってしまう話だけど。


「天音がそう言ってくれるなら信じられる」

「うん、大丈夫だよ」


 頼むから勘違いしてしまうようなことを言わないでおくれ。

 世間からすれば高校生が小学生を好きになるというだけで問題なのだ。

 でも、このまま真っ直ぐにアピールされ続けたら私は多分負ける。

 いまだって結構危ういところにいるのだから。


「え? 天音もこっちに来るのか?」

「うん、ふたりを送らないと」


 女だから送られるのが当然みたいになってはいけない、逆に女が送るという形になってもいいだろう。

 正直に言えば、送るとか言っておきながら一緒にいたいだけなんだけどね。


「天音がおれらの家に住んでくれればいいのに」

「そうなれば純絵さんと隆太さんともいられて楽しそうだね」

「住んでくれよ!」

「残念だけど無理だよ、泊まりに行かせてもらうぐらいができることかな」


 でもさ、男の子しかいない相手の家に泊まりに行くってどうなんだろう。

 別にやらしいことをするわけではないし、それこそ何年も付き合いがあるのだから問題ない?

 ただ異性の家に泊まったというだけで変なことを言ってくる人間は確かにいるからさ。


「はぁ、兄貴じゃなくて姉貴として天音がいてほしかった」

「こーら、新はすっごくいい子じゃん、私だったらこんな姉より新みたいなお兄ちゃんがいてほしいよ。というか羨ましいよ、新がお兄ちゃんなのはさ」


 家事もできて勉強もできて運動能力も高くて友達もいっぱいいる。

 中々努力して上手くいくことばかりではないからすごいことだと思う。

 もちろん、努力をある程度してからでなければ羨む資格もないんだけど。


「……天音のばか」

「事実でしょ、奏くんだって分かっているはずだよ」

「うん……確かにそうだ、兄貴がいてくれて助かっていることも多いから」

「うん、だからそんなこと言わないであげて」


 もし兄が新で弟が奏くんだったら。

 そうなったら最強だなあと内で涎を垂らしながら妄想し続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る