第1話 イカロス、日本に堕つ。(二)
「……要するに、イカロス君がいた世界とこの世界は違う世界って事?」
「あぁ、相違点が多すぎる」
驚くことだらけだ、技術発展の仕方が違いすぎる。それに誰でも知っているであろう常識もお互いに通じなかった。
例えば、こちらの世界では科学技術が主に発展し、社会を形成しているという点だ。僕のいた世界も科学技術はあったが、それ以上に
「ちょっと試してみるか」
「試すって?」
「まぁ見ててくれ」
とりあえず落ちてるこの石ころでいいか。
(
「わあ! 石になんか模様が!」
――
(-石ころに「接触」の条件を定義)
(-接触の対象を「人間」に定義)
(-条件達成時の実行を「燃焼」に定義)
(-条件達成時の実行に1秒の遅延を追加定義)
「……できたな」
「なにこれ!? ただの石が禍々しくなったよ!」
石ころに精密な紋様が刻まれる。
「
僕は指の腹でつつくように石に触れる。
そして石から火花が散り、あたかもそれがそうなるものだったかのように、燃え上がる。
「石が燃えた!」
「あぁ、石の定義を追加したんだ。 これがいわゆる術式付与だね」
「すごい! それって、私にもできたり!?」
アカリが輝かしい眼差しで僕をじーと見つめる。
――術式を知らない人の反応は新鮮だな。僕も初めてできるようになった時は喜びに満ちたが、アカリはその存在についても知らなかったんだもんな。
「そうだなー。この世界の人が術式を使えるのか知りたいし、試しにやってみようか!」
「うん! 教えてください、師匠!」
◇◇◇◇◇◇
「はぁー! できた!」
「すごいよ! 半日で燃焼石レベルまでできるようになるとは……」
驚いた、術式という概念がない世界だから、仕組みを理解するだけでも数日かかると思ったのだが。アカリには才能があるのだろうか……
「これって、プログラミングに似てる気がする」
「プログラミング?」
「うん。この世界の電子機器はほとんどがプログラムされた情報で動いてるの」
「そうなのか?」
そうか、この世界にも似たような技術があるのか。それがここの世界を成り立たせているとしたら、興味が湧いてきたぞ。
「例えばね、私が持ってるこのスマホ。なんの機械に見える?」
おもむろにポケットから何かを取り出したと思ったら、板か。僕の世界でも板状の機械はあったが。
「小型の印刷機とかか?」
「ぶっぶー。正解は、色々できる機械でしたー!」
「色々って、具体的に何があるんだ?」
「そうだなー。 例えば電話って言って、登録した他のスマホと音声のやり取りができるよー」
「ほう」
板状の通信機か。術式で構成するにはそこそこ高度な技術がいるが、使っている人はいたな。
「他にはカメラもあるよー」
その瞬間パシャリという音と共に閃光が走る。
「眩しっ!」
「ほらっ、これみて!」
彼女が差し出した板の面に写っていたのは、僕自身であった。
「なんだこれ! 鏡……じゃないよな」
「これはカメラって言って、このスマホから見た景色をそのまま保存できるんだよ!」
「すごい技術だな!」
そう言うとアカリはでしょーと自慢げに微笑んだ。
そしてもう夜である事に気がついた。
「今日はもう寝よっか、特に意味は無いけど寝袋ふたつ持って来たから使ってー!」
そして僕らは同じテントの下で横になった。
というかこれ、男女二人きりだな……
こっちの世界ではこれが普通なのか……
それかアカリが気にしてないだけなのか。
鼓動が早くなっていく。そりゃ女の子と二人きりでテントの下で寝るんだから当然……
いや、それもあるけど、やはり自分の知らない世界に来たという事実が、僕の好奇心を駆り立てるのだ。
「ねぇイカロス君」
アカリが僕の方に寝返りをうちながら、こっちを見つめて呼ぶ。
「ん、なんだ?」
しまった、少し上擦った声になってしまった。
「これからどうするの?」
「え?」
これからってなんだ…… 寝る以外にあるのか…… もしやそういう展開に進めって言うのか……
「この先、どこでどう過ごしてくの?」
「あ、あぁ……」
なんてことを考えていたんだ僕はー。 気が動転しているな、うん。落ち着かねば。
「行くあてがないなら私のウチ来る?」
「え、いいのか? こんな行くあてもない放浪人を家に招くなんて……」
「ううん、うちの家族ならきっと歓迎してくれると思うし」
……優しいんだな。この世界に堕ちてきて、最初に会えたのが君で良かったと、心から思うよ。
「それに……」
アカリがなにか言いたげに口を動かす。
「それに?」
その直後、彼女は僕に満面の笑みを浮かべながらこう呟いた。
「イカロス君といると、すごい楽しいからさ」
その笑顔は今まで見た誰よりも、何よりも綺麗で。守りたいと思った。
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