傲慢のイカロス、日本に堕つ。

日ノ下 堕翼

第1話 イカロス、日本に堕つ。(一)


 ――何かが深く包み込んでくる。


 ――柔らかな水の感触が、何故か心地よく感じた。


 このままいっそ周りと同じ静寂になれたならいいと、思った。



「――このままでいいのか」


 誰だろう、僕はもう静かにいたいんだ。


「――お前はそんな人間では無い」


 何を言ってるんだ、僕は最初からこういう人間だ。


「――立ち上がれ、翼を伸ばせ」


 ……


「――なぜならお前は――」




 ……水しぶきが辺りに吹き飛んだ。


 肺が動かすまでもなく、空気を取り入れる。

 止まりかけた心臓をすぐに戻していくように、僕の体は空気を循環し始める。


「死んでない……のか? 僕は……」


 呼吸の苦しさが、僕の生を実感させた。


「ここはどこだ?」


 どうやら森の中の湖のようだが、こんな場所は僕の住む街の付近にはないぞ。


「君! 大丈夫!?」


 僕と同じ歳くらいの女の子が、慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。


「あぁ、なんとか大丈夫だ」

「急に湖に落ちて来るのを見かけたから、びっくりしたよ!」


 とても心配そうな顔をする。まぁ空から人が降ってきたらそれは驚くのが当然か。


「とりあえず、キャンプ場に来て! 怪我もしてるかもしれないし」


 キャンプができる湖なんて近くにあっただろうか、まぁ今はついて行こう。



「はい! これで傷は大丈夫だね!」


 彼女は僕の傷を丁寧に手当してくれた。


「ありがとう、見ず知らずの僕のために」

「いいの、気にしないで! これくらい全然!」


 落ちたところにこの子がいてくれて良かった。


「私、明理アカリ! 君は?」

「僕はイカロス、イカロス・アルター」

「へぇ、イカロス君ね! よろしく!」


 僕は感謝を込めて、快くよろしくと返した。


「びっくりしたよー、急に湖におちてくるんだもん。 待って……そういえばイカロス君ってどこから落ちてきた……の……?」


 やはりその質問が来ると思った。普通太陽に辿り着こうなんて頭のおかしいことは考えないからな。

 街のみんなにも、その夢に関しては反対ばかりされてきた。

 ――どうしようか、誤魔化そうか――



「空から落ちてきたんだ、太陽に行こうと思って」

「えっ……」


 ――やはり驚かれるな、まぁ軽蔑されても仕方ないな。太陽に触れようなんて神への冒涜と同義だ。


 ……実際、こうして落ちてきたんだ。


「空を飛んだの……?」

「あ、あぁ……」


 まずい、この子が太陽神の信仰者だったら最悪殺される可能性だってある。言うべきではなかったか――


「すごい! どうやって飛んだの!?」

「……へぇ?」

「1人で飛べる機械作ったの!?」

「あ、あぁ……いや、親父と一緒に」


 あれ、興味持たれてるのかこれ。今まで僕ら親子の飛行技術に関して興味を持ったのは親友のロイドくらいだったが――


「すごい! もしかしてイカロス君ってどこかの大手企業の関係者だったりするの?」

「えっ……いや、違うと思う」


 オオテキギョウ……企業かな、大きい企業ってことだろうか。そんな言われ方をするほど大きな企業とか聞いた事ないが。


「飛行の機械ってどういうの? ……あ、ごめん。一気に質問しすぎちゃったね」

「あぁ、いやいいよ。 傷の手当してくれたし。 それで僕はこの鳥の翼を模した飛行装置で……あっ」


 しまった、ウィングがないな、装着が外れてしまったか。というかに燃え尽きちゃったかな。


「ごめん、おそらく落下の時に粉々になったのかも」

「そうか、残念だね」


 何か異質な唸り声のような音が響く。なんの音だ、いやこれは。


「お腹減ったね! ご飯食べよ!」

「う、うん。ありがとう」


 僕の腹の音だ。


 そういうと彼女はなにか袋をゴソゴソと漁る


「ほい!」


 そして出てきたのが何やら見たことない四角い機械のようなもの。

 その機械のようなものに付いているスイッチにも見える部分をひねり、カチカチと動かした。


 その直後、僕は驚愕した。


「火!?」


 そう、火が出たのだ。しかも安定している。燃料はどこから、そもそも着火はどのような原理で行ったのだ。


「その機械は、火を起こせるのか!?」

「え、カセットコンロだよ! 見たことないの?」

「術式は刻まれてないのか? ……」

「普通にほら! このボンベで…… って術式!?」

「ボンベ……!?」



「「なにそれ!?」」






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