【そうだ、僕が裏切り者だ】

【そうだ、僕が裏切り者だ】



 定例会議。



 何度も触れている通り、この会社には定例会議がある。全営業所の販売員、幹部、そして社長が集まる会議だ。毎月、第一土曜日に行われるが、土曜日出勤の営業所がある場合、日曜日にズレ込む。わたしの場合だと、土曜日より日曜日にやった回数の方が多い。



 会議時間は9時から13時付近まで。前だったり後だったり。長引くと14時まで掛かる。およそ4時間前後の会議だ。


 何をするかは非常にシンプル。


 各営業所から所長の売上報告。総評。今後の目標。


 幹部からのお知らせ。イベントや新商品があれば、それらの説明。終わったあとは総評。注意。(パンは廃棄じゃなくて自腹で買い取れ、と言った注意はこのタイミングで話される)。


 そして、これ以外はずっと社長がしゃべっている。


 ずっっっっっっっと社長がしゃべっている。


 朝、会議の初めに社長が話す。


 各営業所の売上報告が終わったあとにも話す。


 そして会議の締めでも社長が話す。


 ずっっっっっっっとしゃべっている。


 え? そんなに話すことあるの? っていうくらいに無限に話が出てくる。無限に話す。


 だれかと話しているなら数時間でも不思議はないが、別にだれかが相槌を打っているわけではない。みんな黙って聞く。でかい独り言を数時間だ。それをカンペもメモもなしで延々とやっているのだから、その点はすごいと思う。


 お話大好きおじさんだ。


 わたしが会議を「社長のトークショー」と称した意味がわかってもらえただろうか。


 話す内容は、様々なことに対するダメ出し、社員への煽り、今後の展望? のようなもの。


「うちの豆腐は安い(180円)。本来なら、倍の値段の価値がある(360円)。しかし、こんなに安く売っとる(180円)。つまり、めっちゃお買い得なんや(?)」


 こんな話を延々とされる。うちの豆腐は素晴らしい! でもなんでお前ら売れへんの? 俺はお前らにお金をもっと稼いでほしい! でもなんでお前ら売ってこやんの? そういう煽りを延々と受ける。



 まぁ別にそれは全員慣れっこなのだが、あまりにも話が長すぎやしないか? 社長の話がなければ、恐らく会議は1時間かそこらで終わると思う。



 本当に話好きすぎやろ。一時期、各営業所を回ってここでも延々と話す時期があったが、人恋しいのだろうか……?(社長は独身)



 ただ、一時期、こんなことを言い始めたことがある。


「会議という名目やのに、話しとるのがワシだけという状況がおかしい。もっと社員同士で話し合え。こういうのは社員が引っ張っていくもんやろ。ワシは黙っとる」


 社員全員が「今更……?」と思ったことだと思う。


 そのときは、当番制で販売員から四人選ばれ、それぞれが行商時のプレゼンをした。お客さんとの接し方、ディスプレイの工夫、商品の販売の仕方……、と行商での話をする。



 同じ行商でも売り方は販売員によって千差万別なので、そのやり方を聞くのは新鮮であった。勉強になる。新しい試みながら、得るものは大きかったと思うが……。


 これは3ヶ月で終わった。社長が飽きたのだ。(社長は基本的に人の話を聞くのが嫌い)


 まぁでも、これは正直、終わってほっとした部分はある。勉強にはなるのだが……、社長は「社員同士で話し合え。ワシは黙っとる」と言いつつ、結局しゃべっちゃうのだ。いっぱいしゃべっちゃう。だから、社員のプレゼン+社長のおしゃべりで会議時間がぐんぐん延びる。正直みんなぐったりだ。




 さて。


 まぁそんな面白愉快な会議なのだが。


 引継ぎ作業を終えて、あと数日で退職……、という段階までようやく辿り着いたわたしには、もはや関係のないものだった。会議があるのは第一土曜日。1月末で退職するわたしは、既に終わった1月の会議が最後の出席だった。


 そうなるはずだった。


 しかし、「社長の思いつき」はいつも突然やってくる。


「売上が下がっとる現状で、2月に会議をするなんて悠長なこと言っとれん。早め早めにやるべきや。会議の日程を2月一週目から1月末に変更や」


 そんなことを言い出したのである。


 有給の関係で1月ちょっとまではこの会社に在籍しているが、わたしの業務は1月で終了だ。その月の30日は金曜日、土曜日は31日。



 この金曜日で、わたしの仕事はすべて終了となるはずだった。しかし、土曜日が会議となると話が違ってくる。出なきゃいけない可能性が出てくる。



 とはいえ、正直この時点では無関係だろうと思っていた。会議に出席する必要はない。何せ、する意味がない。やることがない。翌日にはいない人間が、会議に参加する必要はないはずだ。


 だが、一応、所長に「これって僕も会議出なきゃいけないんですかね?」と尋ねると、「いやぁ、出なくてええやろぉ」という答えだった。周りも同じように言っていたと思う。「出るとしてもやることないやろ」と。


 ただ、一応、訊いてはおく、と所長が確認してくれた。


 すると、答えは「出席しろ」とのことだった。


 ……なぜ?


 する意味がさっぱりない。まさか、出ろと言われるとはとても思わなかった。


 いつものお得意なタダ働きならまだ理解できるが、会議は一応手当てがつく。5000円だ。わたしの冬のボーナスの5割に匹敵する。いくら多少経営が回復したと言えど、少し前まで給料が遅れていたのだ。無駄な出費は省きたいはず。


 なのになぜ、辞める社員をわざわざ呼び出す……?


 まぁ確かに、助かると言えば助かるのだ。


 この会社は辞める際、自分が使っていた行商車を本社まで運ばなければならない。そんなクソルールがある。前にわたしが電車で代車を取りに行ったことがあるが、その逆をする。行商車で本社まで1時間30分かけていき、電車2時間+徒歩1時間かけて帰る。滝野さんも川崎さんも同じことをしている。



 しかし、最後の出勤日が会議だと非常に楽だ。行商車で本社まで向かい、帰りは営業所に戻る先輩に相乗りさせてもらえばいい。負担なく行商車を返せる。



 それはありがたいが……、会議に出席しろ、と言う意図が読めない。


 いや、心当たりはふたつほどあるのだ。



 一つ目は、わたしが労基の内通者であることがバレていた場合。


 何らかの理由で労基に申告したのがバレていれば、この状況はわかる。社長は怒り狂うだろう。吊し上げをしたいだろう。会議に呼び出し、労基に関わったせいでいかに時間を浪費し、面倒なことをさせられたか、という話をしたあと、わたしを指差し、「こいつのせいや。こいつが裏切り者や!」と糾弾する。ありえなくはない。いや、すごくありそう。というか、もし内通者だとバレていたら、何のアクションもしない方がありえない。



 そうなったらえらいこっちゃだが……、実際のところ、困ることはなかった。辞める前なら針の筵で肩身の狭い思いをするだろうが、こちとら翌日には姿を消す。会社から去る。今更、裏切り者だとバレたところでそこまで影響はない。指摘されても謝ることはないだろう。



 もし「こいつが裏切り者や!」と指されたら、忍び笑いをしながらゆらりと立ち上がり、みんなを見渡したあと、「そうだ。僕が裏切り者だ」と宣言しよう。いやぁ、なかなか言える台詞ではない。物語の終盤って感じがする。


 というわけで、わたしはノコノコと会議に参加した。



 会議は滞りなく進む。わたしは「ここにいる意味が本当にわかんねえな」と思いながら社長の演説を聞いていた。そして、普段と変わらず会議は進み、終わりが近付き、「もしかして、これ何事もなく終わるのでは……?」と思ったときだ。


 最後の最後、社長が幹部に指示をする。そして、幹部がわたしの名前を読んだ。


「お前、今月で退職やろ。退職の挨拶せえ」


 そう言ったのだ。


 ……これが心当たりの二つ目だ。まぁ十中八九、これで呼び出したんだろうな、とは思っていたが……、確信に至れなかった理由がひとつある。


 この一年間、だれひとりとして退職の挨拶をしていないのだ。


 わたしが聞いたことのある退職の挨拶は、たったの二回。初めて行った会議で、見知らぬ販売員がふたり辞めるときだった。彼らが挨拶をしてからと言うもの、同じことをした人はいなかった。退職者はたくさんいたにも関わらず。川崎さんや滝野さんだってしていない。会社と揉めたからそうなったのか、「人が減っている」という状況を社員に感じさせたくなかったのか――個人的には後者じゃないかと思うのだが。



 実際、ちょっと引っ掛かりは覚えていたのだ。2月の会議じゃ遅いから、1月末に早める……、少しばかり無理があるというか、あまり意味がない変更に思える。たかだか一週間で変わるものではないだろう。こんなことは今までなかった。


 だからこれは、社長がわたしに挨拶の場を設けるために、わざわざ行ったことなんじゃないか、と思う。そうじゃなきゃ、タイミングがあまりに良すぎる。


 わたしは別に社長に気に入られていたわけではない。話した回数は少ないし、売上だって多くはない。しかし、言うことは聞いた。3ヶ月で退職したいところを5ヶ月待ち、きちんと年末も走り切り、有給も5日で我慢した。……こう書くと本当に何でもかんでも要求呑むな。交渉へたくそか。



 そんなわたしに対して、多少の感謝の気持ちがあって、こんなことをしたのかもしれない。


 その気持ちはありがたくもなかったが……。


 何も考えずに本音を言ってしまえば……、正直、ありがた迷惑だった。


 というのも、この会議があったせいで本来するべき挨拶がなくなったのだ。



 勤務最終日や別営業所に異動前日、営業所では普段はしない終礼が行われる。いなくなる人が挨拶をする。滝野さんや川崎さんだって、最後はきちんと挨拶をしてから去っていった。本来なら、わたしも挨拶をするはずだったのだ。


 営業所の人たちには大変お世話になった。感謝の言葉がたくさんある。お世話になりました、ときちんと頭を下げたかった。


 しかし、この会議が入ったことによって、「まぁお前は明日あるから、別に挨拶はええよな」とさらっと流されてしまったのだ。



 ならば会議で思いを吐露すればいいか、というと、ちょっと違う……。何せ、会議は販売員が全員集まっている。ここで営業所内と同じ挨拶はちょっと違うだろう。かといって、ほかの販売員に言いたいことは何ひとつない。そもそも交流がない。顔が広い滝野さんと違って、わたしは別営業所に知り合いはほとんどいないし、話したことない人ばかりだ。言う言葉などない。



 結果、ごにょごにょと適当なことを言って挨拶は終わった。社長としては拍子抜けだったろうが、まぁわたしにもそういう事情があったのだ。




 会議が終了して片付けを手伝っていると、各々がそこそこのところで勝手に帰り始める。わたしの営業所の人も適当なところで帰ってしまう。わたしは最後の出勤日だというのに、何なら「お疲れ様でした」の一言も言えなかった人もいる。みんなぬるりと帰っていった。



 閑散とした駐車場で、「えぇ……、これで終わり……? これで終わりっすか……?」と寂しくなったものだ。いたのは1年と3ヶ月程度だが、それでも過ごした時間は長かったのに……。こんな終わり方? もっと情緒あっても良くない?




 帰りは先輩に乗せてもらって帰った。


「もし良かったらでええんやけど、マックでいっしょにハッピーセット食べてくれへん? お金はもちろん出すからさ。子供があのおもちゃ好きでさぁ、集めとるんさ」


 そんないいお父さんのほっこりエピソードを聞きながら、ハンバーガーを食べて帰った。


 そうして、わたしの豆腐屋生活は終わりを告げた。

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