【車のトラブル即残業】2

 わたしの行商車にも様々なトラブルが起きた。


 ライトがハイビームにしかならない、マフラーが外れる、ギアの表示が消える、エンジンがかからない、ラッパが鳴らない、ワイパーが動かない、などなど。軽いものから深刻なものまで。


 そして、車にトラブルがあった場合、基本的に会社の対応は一種類しかない。「故障した車を本社に運び、代車に乗り換える」だ。自走できる場合はほぼそれ一択。また、事故等で車に傷がついても同じ対応を取る。


 問題なのは、本社まで車を運ぶのは、販売員ということだ。自分が運ばなければならない。どんなトラブルでも。


 自分に全く非がなくても。


 こんなことがあった。


 接客をするとき、毎回エンジンは切る。切ってから車を降りる。接客後、またエンジンをかけて走り出すわけだが、ある日の金曜日、エンジンが前触れもなく掛からなくなったのだ。キーを回しても全く反応がない。



 ライトは点くからバッテリーが上がったわけではない。何のトラブルか全くわからず、所長に連絡した。そこから所長→幹部→メンテナンス部と連絡が繋がる。メンテの人に症状を報告すると、彼はこう言った。


「キーの周りをとにかく叩いてみてくれ」


 は?


 叩いたら直る、って昔のテレビじゃあるまいし……、と思いながらも叩き続けていたら、見事にエンジンがかかった。どうやら接触が悪かったらしい。それを叩く衝撃で直したそうだ。「今日は一日、エンジン切らずに走った方がいい」と言われた。


 あー、よかった、と安心していると、電話を変わった幹部がこんなことを言い出す。


「お前、今日が金曜日でよかったなぁ。仕事終わったら、代車取りに来いよ」


 あまりにもサラっと、そして当然のように言われたから、何事かと思った。



 この行商車は運よくエンジンがかかっただけで、いつまた動かなくなるかわからない。修理しなければならない。だから、仕事が終わったら本社まで持ってきて、代車と交換しなさい。


 幹部はそう言いたいわけだ。


 しかし、まるで本社が車で10分20分の位置にあるかのような話しぶりだ。ぜんぜんそんなことはない。片道1時間30分、往復3時間の道のりである。通常業務後にその道を走る。どんなに早くても仕事が終わるのは21時以降。絶対24時前には退社できないのである。


 つまりこのとき、わたしはあまりにも軽い口調で「今日サビ残プラス3時間追加ね! 日付が変わるまでは帰れません!」と言われているのだ。


 キレそう。


 何が腹立つって、わたしには何の落ち度もないことだ。非はない。車検もメンテも出したうえで故障が出て、それでなぜわたしが24時まで残業せねばならんのか……。


 そう思いながらも、走るしかない。走れと命じられれば走るしかない。


 幹部が言った「今日が金曜日でよかったなぁ」とはまさしくその通りで、緊急性のあるトラブルなら、その日のうちに本社に運ばなければならない。月曜だろうと火曜だろうと。わたしの場合はいつ止まるかわからない。金曜日以外でも、絶対に行かされていただろう。


 実際、先輩の中には月曜日に行った人もいた。営業所に帰って来たのが24時を超えていて、翌日も普通に7時前には出社する。大変だった、とげんなりしていた。



 しかし、金曜日は金曜日で問題だ。どの日でもいい、と言われたら当然みんな金曜日を選ぶ。けれど、金曜日の夜である。疲労のピークだ。走る道は国道沿いを延々とまっすぐ。3時間の間、まっすぐの道を走り続けなければならない。


 まぁー危ない。意識を手放しそうになる。実際、滝野さんはそれで事故った。居眠りしてオカマを掘った。わたしも信号待ちのときにうっかり目を瞑り、危うく追突しそうになったことがある。それで事故れば奉仕活動だ。勘弁してほしい。負のスパイラルだろ。


 しかし、これの恐ろしいところは、ここでまだ半分、ということだ。


 修理に出して数週間後、再び幹部から電話がかかってくる。


「おう、車直ったぞ。今週中に取りに来い」


 あまりにも突然、そしてあっさり具合から、本社は片道5分の場所にあるんじゃないか? と思える言い方だ。何度も言うが、往復3時間である。つまり、幹部はこう言いたいわけだ。「今週のどの日でもいいから、サビ残3時間やって」と。


 は~い! なんて気持ちいい返事ができるわけがない。


 それに、わたしにも考えがあった。電話があった翌週の土曜日、定例会議がある。本社に行く用事がある。今回は代車を戻しに行くだけだから、別にすぐに取りに行く必要はないはずだ。


「来週の土曜日じゃダメですか? 本社に行くついでに、交換するというのは」


 返事は早かった。


「ダメに決まっとるやろ」


 なんでや。


「お前、それで代車に乗り続けて、事故ったら責任取れるんか?」


 じゃあオメー、俺が金曜日に無理に運んで道中事故ったら責任取んのかよ! 取らねーだろうがよぉ! アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!


 本当ブチギレたい。こんなものほとんどイチャモンではないか。せめて残業代をフルで出してから言えよ。22時以降だから深夜手当つけろ。でも残業代出すようだったら、絶対行かせねーだろ、会議のときに持ってこいって言うだろふざけやがって!



 めちゃくちゃに腹が立つ。残業代は出さない、事故ったら自己責任、期限は今週中。あまりにも横暴ではないか。というか、代車の心配する前に社員の心配しろ。運ぶ最中に事故ってる奴が実際におんねんぞ。


 口には出さなかったが、不満が伝わったのかもしれない。幹部はため息を吐くと、仕方ないな、というような口調でこう続けた。


「わかったわかった。別に平日に行くのが嫌やったら、休みに来てもらっても構わんぞ」


 なんだそのクソ二択。なんでちょっと「譲ってやった」みたいな口調で言ってんだ。何も譲っとらんわ。そっちが100%の要求出して、こっちが100%飲む選択しかないわ。


 結局、わたしはブチキレながら金曜日に車を運んだ。


 何が嫌って、これが別に珍しくないことだ。故障したら本社に運ぶ。そして車は故障する。しょっちゅうだれかが本社に車を運んでいた。往復3時間×2。


 本当にいい加減にしてほしい。ちなみに労基には報告済だが、何も変わらなかった。


 少し話は変わるが、タイヤにはこんな話もある。安かろう悪かろうっていう話だ。


 ある日、会社からこんな連絡が来た。


「一部の車のタイヤが古くなっている。新しく注文しておいたから、店まで取りに行ってこい」


 そんなことを言われたのだ。


 な、なぜ販売員である我々が……? お前らが受け取ってこっちに送ればええやんけ……、と思ったのだが、あれは送料をケチったんだろうか……? まぁとにかく、取りにいくことになったわけだが……。


 いつ取りに行くんだ……?


 何度も書いている通り、わたしたちは7時から21時くらいまで働いている。行商をしている。仕事が終わってから取りに行こうにも、店の受付時間が17時終了。18時閉店。……いや、絶対無理やろ。どうあがいても無理。


 平日は無理だ。じゃあいつ取りに行く?


 ……休みしかないよなぁ。本社は何も考えずに「タイヤ取りに行ってこーい」って言うだけだから、楽だよ、ほんと。何が悲しくて休日に会社のタイヤを取りに行かなくてはならないのか。



 仕方ないので、わたしは土曜日に取りに行くことにした。土曜日に会社でする仕事があった(無償)から、そのついでと思ったのだ。


 雑用を押し付けられるのは業腹だが、その実わたしはそれほど嫌がっていなかった。タイヤを取りに行く際、タイヤの交換もいっしょにやってもらえ、と言われていたからだ。そして今履いているタイヤを廃棄する。そういう話になっていた。


 自分でタイヤ交換をしなくていいのなら、まぁええか。どっちにしろ会社に用事あったし。そのくらいの気持ちだった。ほかの人は知らん。


 そして土曜日。「早く仕事が終わったら昼ご飯食べて帰ろう」、と思っていたので午前中だったと思う。先にタイヤ交換を済まそうと思った。


 なので、お店に連絡したのだ。店長が出た。タイヤ交換をお願いしたいので、何時に行けば空いていますか、可能なら予約がしたいのですが、と訊いてみる。すると、店長はこう答えた。


「あぁ、予約とか取らなくても大丈夫ですよ。いつ来てもらって大丈夫です」


 どうやら空いているようだ。電話を切ると、すぐにわたしは行商車をお店に走らせた。車で30分走った先にある。お店が見えてきて、あぁもう着きそうだ、というところで、なぜか先ほどの店長から電話が掛かって来た。


 彼はこう言う。かなりヘラヘラしながら言ってたから、最初何を言われているのかわからなかった。


「いやー、実は予約取ってました。埋まってますわ。今すぐタイヤ交換っていうのはできないですね」


「は? ……え、いや、いつ来てもらっても大丈夫、って言われたから来たんですけど」


「すみません」


「僕もうお店の目の前まで来てるんですけど」


「すみません」


「……わかりました。じゃあ僕も予約取ってください。何時からなら予約取れますか?」


「18時ですね」


「18時!? 今昼前なのに!?」


「すみません。いやぁ、タイヤ交換したいお客さん多くて」


 コントかな。いやもうかなりビックリした。店長も店長なのに、ぜんぜん申し訳ない感じを出さないのもびっくりした。我々同じ接客業では?



 こちらは最初から個人の客ではなく、会社としてお話していたので、もしかしたら豆腐屋をナメられていたのかもしれないが……。いくら何でも無茶苦茶だ。



 すべてあっちのミスなのだから、多少強く出て、それこそ今すぐやってもらう……、くらいの気概でもよかった気がするのだが、何分こちらは後ろに会社がある身だ。豆腐屋の社員としてお話させてもらっている。強く出られない。クレームを言いづらい。


 仕方がないので、すごすごと引き下がり、また30分かけて営業所に戻った。そして18時に往復1時間かけて店に向かうことになった。清々しいほどの無駄足だ。


 この会社は今お金がぜんぜんない。タイヤもお店も、値段の高いものを選んだとはとても思えない。


 安かろう悪かろうだな、と思いつつ、その被害を関係のないわたしが受けているのが腹立たしい。


 ……しかし、わたしは会社の名前が後ろにあるから、という理由でクレームを我慢したが、所長やほかの先輩ならむしろ強く出る気がした。会社として来ているからこそ、だ。


 こういうのはどっちが正しいんでしょうね?



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