【車のトラブル即残業】

【車のトラブル即残業】



 皆さんは、車のタイヤ交換ってできるだろうか。教習所では習うのだが。


 わたしは自分の車ではやったことがない。というか、経験がない人の方が多数派ではないだろうか。


 スタンドに持っていけば、ちょっとのお金で丁寧にやってくれる。それならプロに任せた方がいい。餅は餅屋だ。


 しかし、豆腐屋はそうは思わない。


 冬になると、ノーマルタイヤからスタッドレスタイヤに交換をする。この会社は、自分の行商車は自分でタイヤ交換をしていた。販売員がだ。入社一ヶ月目で、所長に「タイヤ交換できるか?」って訊かれたときは「なんで」って思った。豆腐屋やぞ。


 この会社には車のメンテナンス部がある。しかし、彼らが手を貸してくれるわけではなく、みんな自分でタイヤ交換をする。


 これがまた大変なのだ。


 タイヤ交換なんて、教習所で一回やったきりだ。それ以降はやったこともないし、やる機会もないと思っていた。やり方なんて覚えていない。最初の一回目、所長が教えながらタイヤ交換をしてくれた。が、正直見ていて途方に暮れた。


 これ大変じゃない……?


 ジャッキを使って車を持ち上げ、一個ずつタイヤを取り外す……、ナットをクルクル×4……、重いタイヤを付けて、またクルクル×4……、これを4回分。


 え、すげーやだ……。


 何が嫌って、これをやるのは通常業務のあとだ。21時以降。何が悲しくて、21時22時から車のタイヤ交換をせにゃならんのか。暖房もない冷たい床に座り、せっせとタイヤ交換をする真冬の夜。



 それに加え、タイヤ交換は注意することもやたらと多い。車を持ち上げすぎるのはダメ、ジャッキポイント以外にジャッキを使用してはダメ、ナットを締め付けすぎるのはダメ、かといって緩いのもダメ、締める際外す際は対角線上……。何が怖いって、これらひとつでもミスするとその時点で終わる可能性が大いにあること。ワンミスで車がぶっ壊れる。


 というか、車のメンテナンスを自分でやろうとすると、ワンミスでアウトになることが多すぎやしないか? ファミコンのアクションゲーじゃねーんだぞ。



 例えば、バッテリーの充電だ。営業所にはバッテリーの充電器が置いてあり、時折それで充電をする。これがまた怖い。プラグをバッテリーに繋げる際、プラスからマイナス、外す際はマイナスからプラス。この順番を間違える、もしくはつける場所を間違えるとバッテリーは死ぬ。車が動かなくなる。そう説明されたとき、「は?」ってなった。判定シビアすぎない? また、電圧の設定をミスっても死ぬ、タイマーを設定しておかないと過充電で死ぬ、というような罠も多かった。やめて。


 そして、新人はタイヤ交換で車をぶっ壊しがちだ。


 ジャッキを使って車を持ち上げるわけだが、車にはジャッキポイントというものがある。ジャッキポイントは別の箇所よりフレームが丈夫になっている。らしい。それ以外の箇所はジャッキに対応してないわけだが、そこにジャッキを当てるとどうなるのか。


 大破する。それで一発廃車にした新入社員もいたそうだ。


 また、わたしの営業所の先輩は、ジャッキアップでエアコンの部分を持ち上げてしまい、エアコンをぶっ壊した人もいた。その先輩は罰として、その年の夏はエアコンなしで走らされたとかなんとか。



 そういう話を教えられるたびに震え上がり、なぜ自分でやらなきゃいけないのか、と疑問に思った。何人も失敗して被害が出ているのに……。メンテ部がいるならその人たちにやってもらってもいいし、プロにまとめてやってもらうとか、そういう発想はなかったんだろうか……。


 しかし、わたしとは真逆の考えの人もいた。●●先輩だ。


 彼は日頃から自車のタイヤ交換は自分で行っているようで、「あんなん慣れたらすぐできるで」と言っていた。そして、こんなことも。


「女の子を隣に乗せててさ、急に車パンクしたらどうすんのよ。タイヤ交換もできやんかったら格好悪いで」


 普通にJAF呼びますね。


 というか、予備のタイヤを積んでるわけじゃないから、タイヤ交換できようができまいが、あんまり関係ないような……。


 しかし、彼の言わんとしていることもわかる。デート中に車がパンクしたとして、「あぁごめん。パンクしたから交換してくるわ」と言って出ていき、ものの数分で「お待たせ」って帰ってきたら、めちゃくちゃ格好いい……。同性でも、「え、素敵……」ってなる。



 だが、そう言っていた●●先輩は、自分でタイヤ交換をするせいで点検を怠り、ある日、出勤途中でタイヤをバーストさせていた。遅刻になった。綺麗にオチつけるのやめてくれません?



 やはりタイヤ交換はプロに任せるべきだと思う。今でもそう思うし、当時もそう思っていた。そして、「タイヤ交換は自分でする。しかし、新人はミスして失敗することがある」という話を聞いた時点で、「あぁこれ絶対俺はやらかすパターンだ」と思っていた。


 そして例にもれず、わたしも新人車ぶっ壊し組に入る。


 わたしのトラブルは二回。


 取り付けたタイヤはナットで絞めるわけだが、ギチギチに締めてはいけない。少しばかり緩める。しかし、緩めすぎてはいけない。締まりすぎず、締すぎず……。なんて曖昧なんだ。作業中、不安で仕方がなかった。



 しかも、初めてタイヤ交換をしたとき、営業所にはわたしひとりしかいなかった。みんな先に帰った。「タイヤ交換を始めてやる新人が、だれに見られることなくひとりで作業している」この光景こそが、まさに新人が失敗する原因だと思うのだが……。



 とはいえ、ほかの社員も責めるに責められない。時刻は既に22時を回っている。そのうえ、わたしは初めてで不安だから何度も何度も確認する。そのせいでより時間が掛かる。終わったのは23時を超えていた。待っててくれとも言いづらい。


 だが、そのせいでやらかした。


 翌日の走行中、突然、車がガタガタガタッ! と揺れ出したのだ。このときの恐怖は筆舌に尽くしがたい。おおよそタイヤ交換のせいだと予想がつくものの、車にダメージはないか、あったらきっとまた奉仕活動送りだとか、このトラブルで遅れるんじゃないか、と様々なことが思い浮かぶ。そもそもこの車はまだ走れるのか。それさえもわからない。



 幸運だったのは、すぐ近くにガソリンスタンドがあったことだ。すぐさま飛び込んだ。スタンドのお兄さんに症状を説明すると、「あー、ナットが緩んでますねぇ。ちょっと待っててください。……はい、これで大丈夫ですよ」と一瞬で直してくれた。格好良すぎる……。ありがとう、スタンドのお兄さん……。やっぱり餅は餅屋だ、と改めて認識した。



 しかし、一度目はスタンドのお兄さんのおかげで事なきを得たが、二度目は思い切りダメージを喰らった。


 前回は緩めすぎた。


 今回は締めすぎた。


 というか、単純に締めるのと緩めるのを間違えた。タイヤを取り外す際、緩めなきゃいけないのに、ナットを逆方向に回した。力強く。それで強く締めすぎてしまったのだ。……もう外せないくらいに。



 この日は金曜日。21時からタイヤ交換をしていたので、所長がまだ営業所にいた。慌ててトラブルを報告すると、タイヤを見た所長から「お前これ、どうしようもないぞ……。自走できん。メンテの人に来てもらうしかないな……」という実刑判決を喰らう。執行猶予なし。


 わたしが青褪めていると、所長が本社に連絡してくれた。そして、電話しながらさらりと訊かれる。


「本社に代車を用意してもらうから、お前明日取りに行ってこい。何時くらいに行ける?」


 と。


 あしたはどようびである。おやすみである。


 しかし、ここで「は? いや、明日休みなんで行かないですよ」なんて言える度胸の持ち主だったら、とっくの昔に辞めている。「ひ、昼過ぎくらいですかね……」と答えるのがやっとだった。


 前日夜に突然決まった休日出勤(出勤かなこれ)にくらくらしたが、行かないわけにはいかない。


 だが、このアクシデントに動揺したのは所長も同じだったようだ。


 本社の行き方について、わたしにこう言ったのだ。


「本社まで自分の車で行って、代車に乗って営業所に帰ってくる。そこから電車に乗って本社まで行って、自分の車を回収して帰る……、でええやろ」


 …………………………?


「最初から電車で本社まで行って、そこから代車で営業所に帰ってくる……、じゃダメなんですか?」


「まぁその方法でもええ」


 いや、その方法しかないだろ。なんで無駄に一往復してんだ。狼とヤギとキャベツの川渡り問題かよ。


 というわけで貴重な土曜日が、本社まで代車を取りに行く、というクソイベントで潰れてしまったわけだが。


 しかし、これはまだいい方だ。


 これらの出来事は、タイヤ交換でミスしたために起こったことだ。自分のミスだ。だからまだ、納得はぜんぜんしていないけれど、まぁそれに近い何かで飲み込むことはできる。


 問題なのは、理不尽な仕打ちを受けるときがあること。


 この仕事は車を運転する。長く運転する。一日に10時間近く車の中で過ごしている。走行距離も伸びる伸びる。わたしは近場を担当していたため、一日の走行距離はせいぜい70~90kmで済んだが、100kmを超えるのはざらだ。先輩の「一日で130㎞を超えてくるとシンドイ」という話を「まぁせやろな」と聞いていた。



 わたしの行商車は走行距離10万kmから乗り始め、辞める頃には12万kmだったが、「新人にしては新しいものを乗っている」と言われていた。川崎さんの車なんてすごかった。走行距離、なんと28万km。28万kmて君。よくもまぁ軽自動車を28万kmまで使えたものだ。



 まともに走るのかと言えばそうでもなく、川崎さんはしょっちゅうトラブルに見舞われていた。とにかくバッテリーが上がりやすい。充電しようがバッテリーを新しくしようが、とにかく上がる。結局、彼女の代で廃車になっていたが、そんなもん新人に乗せんなって感じである。


 総じて走行距離が長い。なかなか廃車にしないので古いものが増えてくる。


 すると、どうなるか。故障が多くなるのだ。


 車検は当然として、行商車は定期的にメンテナンスも行っている。社内のメンテナンス部に車を見てもらっている。……ちょっと怖いのが、普段のメンテはともかく、車検も自分の会社で済ませてしまうこと。車検もメンテ部が行う。言っちゃなんだけど、めっちゃ不安である。豆腐屋だし。あの社長だし。本当に車検通ってんのか……? と思わずにはいられない。



 まぁそう思ってしまうのは、日頃からトラブルが多いからだ。よく「車検から返って来たばかりは気をつけろ」なんて言われていた。車検の翌日はバッテリーが上がりやすいからだ。被害者も多かった。なんで? となるだろう。なんでだろうね。


 まぁそれはいい。


 行商車はきっちりと車検を通し、定期的にメンテナンスを行っている。メンテのためにわざわざ車を本社に運ぶ。運ぶのはわたしたちだ。メンテの時期になると、定例会議に合わせて車を本社まで運んでいた。会議のついでとはいえ、面倒と言えば面倒だった。


 車検は通っている。メンテも行っている。


 にも関わらず、トラブルが非常に多い。そしてトラブルが起こったとき、被害を受けるのは自分だ。

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