【余談話・企業説明会】
【余談話・企業説明会】
さらっと書いたが、この会社にも企業説明会はある。新卒採用しているので当然なのだが。
わたしが手伝いに行ったのは二回。先輩社員からのお話ということで、就活生の前でこの仕事がどんな仕事なのかをスピーチしてきた。入社して一回はやるのが通例らしく、仕方なくわたしの日曜日を捧げてきたのだ。
ちなみにわたしはピンチヒッターである。
元々は川崎さんがやる予定だった。3月に「来月に説明会やるんだけど、いける?」と川崎さんは訊かれたのだが、彼女はそこで「ちょっとまだわかりません」と応答した。会社はそれを「いけます」と判断したらしい。(怖すぎる)その後、説明会一週間前に電話してきて、「説明会、よろしくネ!」とやるていで言われた。
しかし、そのとき既に4月の中頃。川崎さんが社長と辞めるだの辞めないだの揉めている時期である。「いや、わたし、もう辞めるんですけど」と川崎さんは言うしかない。行かないです、と。
すると、その次の月曜日、わたしにお鉢が回って来たのだ。「今週の日曜日、説明会あるからよろよろ~」と。総務のお姉さんは「あんな急に断られても困るわ!」とプリプリしていた。いや、まぁ……、うん……。ていうか、川崎さんが来たら来たで、二ヶ月後に退職する人を説明会に立たせるのも問題だと思うんですが……。
まぁそんなわけで、わたしが登壇することになったわけだ。
とはいえ、ちょろっと話すだけだ。出番も少ない。というか、その出番すらあるかわからない。既に説明会経験済の先輩たちふたりに、「どういう感じですか?」と訊きに行ったのだが、返答がこうだった。
「知らん。社長の話が長いせいで時間が押して、俺が話す時間は無しになったからな」
ふたりともそう言う。おいおい。じゃあおらんくても別にええやんけ。というか、日曜日に呼び出し喰らって、結局出番なしってひどすぎない?
そんな嫌すぎる説明会に、わたしは久しぶりのスーツで赴いた。集合時間20分前に到着した。ほかの社員は全員遅刻してきた。この野郎。
説明会の準備も手伝ったが、それほどやることはない。机を動かして、資料を置くくらいだ。
わたしは名簿を渡され、学生が部屋に入る際、名前を聞いてチェックしてくれ、と頼まれた。学生は手前から順に座らせる。このとき、入った順に数字を振り、どこにだれが座っているか把握できるようにしておけ、とも言われた。ちょこざいな。
しかし、わたしはこの名簿を見て、かなりの衝撃を覚えた。
まず、参加する学生の人数が多い。三十人以上はいたんじゃないだろうか、いや、そりゃほかの企業に比べれば少ないが、こんな片田舎の100人規模の小さな会社に、これだけ集まるなんて。正直驚いた。この企業、ハロワに雑に掲載されてんで。新卒使ってまで入る会社ちゃうでほんま。
そして、それよりも凄くショックだったのが、その中に良い大学の学生も混じっていたのだ。県内の国立大学、県外の有名私立、県外の名門大学……、おいおいおいおい、待て待て待て、と頭が痛くなる。君たち、時間をドブに捨てるにしても、ドブはせめて選ぼうよ……。こんな会社に来てる場合じゃないよ、ほんと。
学生たちは、当然ながら社員のわたしに礼儀正しく、そしてにこやかに挨拶してくれる。それが妙に申し訳なかった。今から君たちはうんこみたいな話を聞かされます。せめて、とわたしもにこやかに対応した。豆腐屋スマイル。
わたしがひとりで気まずくなる中、説明会はスムーズに行われた。資料を展開しながら社長が話すので、わたしは最後列で学生といっしょに話を聞く。
わたしは説明会を聞くのが結構好きなのだが、そんなわたしでもこの説明会は何もおもんなかったので、本当に社長はおもんない話をしていたんだと思う。社長は話すのが好きなだけであって、別に話が上手いわけではない。
印象に残っている話はふたつ。
「わたしは、大豆を自分の目で見て選びたいと思っていた。だから、実際に畑に向かい、直接大豆を見て回った。すると、すごくいい大豆を見つけた。農家の人に『この大豆はすごくいいですね!』と言うと、『お客さん、わかってるね』と言われた。嬉しかった。その大豆をいっぱい買って持って帰った」
今俺たち何の話を聞かされてるの??????????
もうひとつはとても恥ずかしい話。
学生の集中力が残っている序盤に、社長はこんな話をし始めたのだ。社長に就任しときの話だ。
「社長になってから、わたしはたくさんの本を読んで勉強した。だがわたしは学生のとき、一度も勉強したことがない。学生の勉強なんて役に立たないからだ。実際立たなかった」
いや、そんなこと言う? 勉強を頑張って、頑張った結果として有名大学の肩書きを持った学生もいるのに、そんなこと言う?
いやまぁ、物凄く好意的に解釈すれば、「学生のときにたくさん勉強していても、社会に出てからも勉強はしなくちゃいけない。その勉強は別物だから」と捉えられるが……、実際は違うと思う。まがりなりにも数ヶ月、社長を見ていたわたしにはわかる。
これは単にマウント取りと牽制だ。
「お前ら、ちょっといい大学出とるからって調子のんなよ。そんなんウチの会社じゃ何の意味もないからな。ていうか、俺は勉強せずに社長になれましたけど? お前らの上やけど?」
そういうふうに言いたいのだ。この人は、基本的に人の優位に立たないと気が済まない。
そのあと、しばらく彼の自慢話が続く。移動販売を周りに止められながらも、実行したのは俺! 会社をここまで大きくしたのも俺! 俺俺俺俺俺、俺!! という話を延々と聞く。
しかし、説明会自体は非常に穏やかに行われた。
社長も普段の王様口調を控え、終始丁寧語で話していたし、学生に対しての物腰も柔らかかった。(普段通りやってたら就活サイトで叩かれ、それで直したんじゃないか、とわたしは勝手に思っている)
それが顕著だったのが、学生がトイレに行きたい、と手を挙げたときだ。その人は社長の前を横切り、部屋の前の扉から出ようとした。そこを社長が注意する。やんわりと「そういうときは、後ろから出るものですよ」と。わたしたちが同じことを会議でやったら、そらもうブチギレである。大説教祭りだ。怒り狂うと思う。そもそも、会議中にトイレ行きたい、って言いだした時点で絶対不機嫌になる。
社長は何かと礼儀(?)に厳しい。会議でも営業所でも、社長が入ってきたらわたしたちは椅子から立ち上がり、「お疲れ様です!」と声を揃えて頭を下げなければならない。仕事中はほんと邪魔。社長はさぞかし気持ちいいのだろうが。
一度、川崎さんがうっかり座ったまま、挨拶を返したことがあるらしい。それはもう怒られた。怒鳴り散らされた。大声で「俺は、お前の雇い主やぞ!!」と怒鳴っていたらしい。……前から思っていたのだが、やっぱり社長って我々のことを本当に奴隷だと思ってません?
説明会に話を戻す。
特にトラブルが起こることなく、さらには時間が押すこともなく、ちゃんとわたしの出番が回って来た。先輩社員からのお話だ。わたしのスピーチだ。
さぁ行くか、と腰を上げたところで、社長が「じゃああとは頼むぞ」と言いながら退出してしまった。帰るらしい。えぇ。こっちは社長がいる前で話をすると思っていたので、きちんと社長に聞かれても問題なく、そしていかにこの会社がうんこかってことを伝えるつもりで来たのに……。拍子抜けである。それならもう「わたしの最高残業時間は199時間です。ここは君たちが来るような場所じゃあない」と言いたくなるところだが、ほかにも社員はいる。下手なことは言えない。
ということで、緊張感のないスピーチを終え、質疑応答もやった。滞りなく終わった。質問もほとんど想定内で、ぽんぽん返せたと思うのだが、ひとつだけ火の玉剛速球があって面食らった。『残業代はきちんと出るんですか』と訊かれたのだ。
正直な話をすれば、「そんなものはありませーん! べろべろばー!」で済むのだが、ここは正直に言っていいものか。ほかの社員を見ると、わたしが口を開くよりも先に盛大に嘘をついていた。この野郎。
そして、この企業説明会、わたしは後にもう一度参加することになる。
前回は川崎さんの代打、そして今回も別の人の代打といえば、代打である。元々は別の人に頼む予定だったらしい。うちの営業所の●●先輩だ。この人はとにもかくにも口が上手い。トーク力があって、度胸がある。べしゃりがとにかく上手い。
彼は既に説明会でスピーチをしたことがある。なので、一度アドバイスをもらいにいったのだが、そのときにこんな話をした。
「あーゆーのって、メモ見ながら話してもいいんですかね? 僕、なしだとキツいんですけど」
「ええんちゃう、別に。問題ないやろ」
「●●さんも、メモ見ながらやりました?」
「やらんやらん。んなもんアドリブや。思ったこと話せばええねん」
そんなことをサラっと言う。かといっていい加減ではなく、総務のお姉さんがベタ褒めしていた。「あの子は上手いねー。本当に上手い」と繰り返していた。そうなると、メモを見ながらあたふたと話したわたしが恥ずかしいくらいだ。
だから最初は、●●先輩に「説明会、お願いできる?」と話がいった。●●先輩は二つ返事したらしい。しかし、社長が止めた。あいつはあかん、と。結果、わたしに再びお鉢が回って来たのである。
理由はわからない。社長が言ったのは「あいつはあかん」だけで、理由は言わなかったからだ。
明らかにわたしより●●先輩の方が優れている。なんで僕なんですかねえ? と何とはなしに所長に訊いてみると、彼はあっさりと言った。
「●●くんは話が上手すぎるんや。社長は口上手い奴嫌いやからな。だからやろ」
……んんんんん。え、じゃあなに。社長は「●●~、俺より話が上手いなんて許せん~! 俺が下手に聞こえるやろ~! よっしゃ、俺より話が下手な奴を呼ぶで~!」ってことなんだろうか。
……いやいやいや。いやいやいや……、さすがにさすがに。社長50歳ですよ……、そんな嫉妬……、いや、まさか、ねぇ……?
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