【傾きかけた会社】
【傾きかけた会社】
このとき、本当に会社には金がなかった。
例の大がんも250枚事件は、現金の回収に走った結果だ。(それにしてはお粗末すぎるだろって感じだが)
この会社の経営がいかにピンチだったか。症状はたくさんあったが、この一言ですぐに察せられると思う。
・給料が遅延した
はい。
遅延しました。
給料が遅延し始めたら、その会社はいよいよヤバい。倒産寸前。そんな話を聞いたことある人もいるだろう。
会社が社員の給料に手を出すのは最終手段であり、もう末期だ。資金繰りが間に合っていない。「給料の支払いが遅れたら、もう倒産寸前」というのは共通認識のようで、「あと三ヶ月で倒産って聞いたんだけどマジ?」と総務に来る人もいたそうな。
ちなみに、遅れるときは「今月はちょっと給料の振り込み遅れますんで、よろしくでーす」みたいな軽いノリの報告が総務から届く。もっと反省しろ。給料遅れてんねんぞ。
そして、それに呼応するように様々なことが起こる。
・物資が届かない!
会社で使用する消耗品の話だ。
例えば、行商で使用するもの。
あげ物を入れるビニール袋、商品を入れるポリ袋(レジ袋)、豆腐に付属するタレやショウガの小袋、消毒用アルコール。
ほかには事務所内で使用するもの。
コピー用紙、プリンターのインクを始め、トイレットペーパーや石鹸などもそうだ。
これらの消耗品がなくなった場合、本社に発注する。それをするための「消耗品発注係」もいる。当番になった人が本社に「もうなくなりそうなんで、送ってくださーい」と連絡を入れるわけだ。
なくなりそうだから発注する。必要だから発注する。
しかし、発注したものが届かない。
なぜか。
買えないからだ。
信じられないことに、それらの消耗品に費用を回せなくなっている。高い買い物ではないのに、用意できない。買うお金がない。結果、一向に届かない。
「いやー、今ちょっとお金がないんで、送るのに時間かかりそうですー。いつになるかはわかりませーん」と言われたときは本当に驚いた。マジで潰れる秒読みやんけ。
コピー用紙や石鹸が足りないのは最悪妥協できたとしても、行商で必要なものが届かないのは本当に困った。
朝礼でも議題に上がる。
「えー、レジ袋が足りていません。発注しましたが、まだ届かないそうです。いつ届くはわかりません。なので、各自隠し持っているレジ袋のストックを出してください。それを再分配します」
そんな展開になることもあった。レジ袋がめちゃくちゃ貴重なものに感じてくる。
ひどかったのが寄せ豆腐の付属品だ。寄せ豆腐には専用のタレとショウガが小袋で付いてくる。しかし、この小袋は外注なのだ。こちらが発注しても、お金がないからタレとショウガが買えない。届かない。足りなくなる。
そうなると、お客さんにはタレとショウガなしで渡さなくてはならない。「このタレが美味しいんだよねー」と言ってくれるお客さんもいるのに。それで値段は据え置きなのだ。逆にすごくない? 強気すぎない? 客に迷惑を掛けることに躊躇いがなかった。
営業所の端っこでは、「おい、お前タレとショウガ持っとるんやろ……、ちょっと回してくれや……」「い、いや。うちのお客さん、タレを楽しみに買ってくれるんですよ……、これがないと困ります……」「そんなんポン酢でもかけるよう言うとけや。ワシのコースでもタレがいるんや……、な……?」なんて会話が展開される。白い粉か何か?
「明日までに送ってもらわないと、本当に困るんですけどッ!」と発注係が本社にブチキレ電話するのも恒例行事となっていた。
わたしも運悪く、その時期に発注係になったことがある。それはもうぜんぜん届かない。ブチギレ電話を連発する羽目になる。
発注して、電話して、届かないからまた電話して、「あれ、これもしかして発注通ってない?」と思ってもう一度発注して、やっぱり届かないから電話をする。
総務からは「わかりましたー、ちゃんと発注しておきますからー」と返事されるものの(発注するって言っておいて発注しないの本当腹立つ)、やっぱりぜんぜん届かない。圧倒的な物資不足だった。
そのときに一番印象が強かったのは、プリンターのインクがなくなったときだ。
定例会議の資料を印刷するために、会社のパソコンとプリンターを使う。そのプリンターのインクがなくなった。だから発注したのだが、当然のように届かない。総務に確認の電話をして、「あー、じゃあ発注しておきますー」と言われたが、やはり届かない。また発注する。電話する。届かない。
プリンターが使えなくなってしまい、途方に暮れた。定例会議の資料作りにどうしてもプリンターが必要だからだ。使えないのは困る。
再び本社に催促をした。すると、電話に出たのは幹部で、彼はこう続けた。
「インクが必要なのは聞いてる。でも、こっちはまだ注文もしてないんや。いつそっちに届くかはちょっとわからんよ」
「(発注するって言うてたやんけ……)すぐにでも使いたいんで、それは困るんですけど……」
「そう言われてもなぁ。まー、今から注文するから、届くのを待ってもらうか……、それか、本当に必要なら、自腹切ってその辺の店で買ってもらうしかないかなぁ」
「(!? あとで領収書出すとかではなく……?)自腹ですか?」
「どうしてもって言うんやったらな」
「……………………」
「言うて俺は何度か自腹でインク買うてるで」
知らんがな。
知らんがな!!!
ていうか、逆だ! そういうことをする人がいるから! 上の人間がそういうことするから! だからダメなんだって!! 普通、そういうことをする社員を止める立場だろうが!!!
前職の営業で、所長から「ボーナス入ったらノートパソコン買っておけよー。あれないと仕事にならんからなー」と言われたのを思い出した。そういう奴らばっかか。
もう呆れてものも言えない。会社で使うものを自腹購入することはあるけれど、本当はしちゃいけないことだ。それを下の者に提案するとか、もうちょっとさぁ……。なぁ……。
・大豆がない!
豆腐の原材料は大豆である。大豆がなければ作れない。
その大事な大豆が、底をつきそうです。豆腐があんまり作れません。
なので、発注制限をかけさせて頂きます。豆腐の数を減らします。
そんな通達が全社員に届いた。豆腐屋なのに、どうやら豆を買うお金もないらしい。
これは本当に荒れに荒れた。
発注制限は非常に困る。
わたしたちは自分で商品を発注する。それは前に書いた通りだが、それを社長がチェックするのだという。そして、勝手に豆腐の数を減らす。廃棄を少なくするためだ。
わたしたちは豆腐屋さんだ。豆腐が売り切れることは当然避けたい。(前の大がんも250枚の状況は本当におかしいので、今は忘れてほしい)
なので、普段はある程度余裕を持つ。当然だ。豆腐が売り切れるのは困る。ほかの商品はともかく、豆腐だけは残しておきたい。
にも関わらず、その大事な豆腐をカットされるのだ。しかも結構ギリギリまで減らされる。これが辛い。本当に辛い。現場は阿鼻叫喚だった。
豆腐はがっつり減らされて、売り切れる商品が出てくる。欲しいお客さんが買えなくなる。もろにお客さんに迷惑が掛かった。豆腐が完全に空っぽになることもあったから、本当に困った。
確かに、廃棄率を下げるのは大事だ。可能なら絶対に下げた方が良い。しかし、それを意識しすぎて売り切れを頻出するのは愚の骨頂だろう。
特にこの仕事は、リピーターが9割を超えている。何より信用が大事だ。長い目で見ても、「廃棄率が多少上がったとしても、売り切れて客が途切れるよりは良い」と普通は考える。
数字しか見ない社長はそれがわからない。廃棄率が下がることだけに固執し、バンバン数を減らした。
それに対し、社員はもうブチギレである。珍しく本当に怒っていた。
労働時間がどれだけ長かろうが、休みがなくなろうが、ボーナスがなくなろうが、社長から怒鳴り散らされようが、給与が遅れようが、大がんも250枚というわけわからない策を押し付けられようが、『怒り』はしなかった人たちが、豆腐を減らされて怒っている。何だか海外で通用しそうな日本人ジョークだ。ジャパニーズ・シャチク・ジョーク。いや、別に冗談でも何でもないのだが。
廃棄率は当然下がった。商品が足りないのだから当然だ。
それに豆腐が足りないなら、こちらも相応の動き方をする。お客さんにお願いする。木綿が足りなくなったら、「絹じゃダメですかね?」とお伺いしたり、「木綿4丁ください」というお客さんに「ごめんなさい、3丁でもいいですか……? 今日ちょっと豆腐が足りなくて……」と聞いてみる。
そういう調整をしながら、何とか最後まで走るわけだ。
しかし、社長はその苦労を知らない。数字しか見ていない。下がった廃棄率を見て、ご満悦で「やっぱり俺が見てやらんとダメやなお前ら」と嬉しそうに言ってくるのだ。何なんこの人。鬱陶しいことこのうえない。
何よりアホらしいのが、発注書のチェックに掛ける時間だ。
社長はこのとき、ひとりひとりの発注書をすべてチェックしていた。あとからほかの社員に聞いたのだが、この作業に掛かる時間は一日4時間。4時間である。暇なの?
それに、ダメージを受けたのは我々販売だけではない。総務、工場も同じように痛手を受けた。
普段は販売員が発注し、総務がそれを確認し、工場に指示する。しかしそこに、社長の4時間チェックが入る。4時間の待ち時間が発生する。丸々4時間、総務と工場の仕事がそのまま遅れてしまうのだ。社長の自己満足のせいで。わたしが総務や工場勤務だったら、気が狂って死んでる。
この発注チェックは1ヶ月程度続いた。その辺りで社長が飽きた。だが、時折思い出したようにチェックを入れて豆腐を減らすのが鬱陶しかった。
「大がんも250枚とかやってるから、大豆が足りなくなるんじゃないの?」と思った人もいるかもしれない。
だが、基本的にこれらのあげ類は廃棄の豆腐で作っている。なので関係がない。ただ単に豆が足りなくなっただけである。なお悪いわ。
会社の資金がなくなり、貧困生活を強いられ、様々な金策に走る。
しかし、これらはそれほど大きな問題ではなかった。会社が潰れそうになるのは驚いたが、まぁその事件自体は愉快なものだ。潰れるなら潰れるでいいと思っていた。
社長にはあれこれと振り回されたが、次の展開に比べたら何でもない。おままごとだ。今までのは前座も前座、次の展開が何よりも問題だった。
覚えておいでだろうか。
社長の策は3つあると言ったことを。
社長渾身の策、最後のひとつ。
これが何より問題で、そしてきっかけだった。
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