【社長渾身の奇策】
【社長渾身の奇策】
この策を語る前に、行商のシステムについて二点ほど説明させてもらいたい。
一点は、発注システムについて。
もう一点は、「え? これ大丈夫? ほんまに大丈夫なやつ? 保健所に見つかったらアウトじゃない? ええんやな? いや知らんでほんま」という在庫管理についてだ。
わたしたちは会社から一台の行商車を渡され、その車を使って行商を行う。大まかな商品、在庫、車の管理は自分の手で行う。
その中で特徴的なのは、販売スタイルは結構自由であること。例えば、車内販売スペースのレイアウト。これらはだいぶ自由度がある。好きに商品陳列をして構わないし、好きに飾って構わない。人によっては商品を使ったレシピや、料理の写真、または子供の写真を飾る人もいた。夏は窓にすだれを張り、和風テイストにしていた人もいる。
わたしの場合は、季節限定商品のポップを自分で作り、見やすい位置に飾っていた。
商品の発注も自分たちの手で行う。豆腐も油揚げも厚揚げも、入荷する数は自分で決められるわけだ。極端な話、「わたしは油揚げが好きだから、これをいっぱい売りたい!」ということなら、油揚げを大量に発注し、それを主に売ってもいいわけだ。
実際、その人その人に得意な商品というものがある。「お前んとこのコース、厚揚げばっか売れるな」「俺が好きなんすよねー」なんて会話もよく聞く。そこはある程度自由にさせてもらえる。
言わば小さなお店の店長さんだ。面白そうに見えると思うが、この辺りは実際面白かった。
普通のお店と違うのは、開店から閉店まで店長がワンオペってことだろうか。
そして、何より注目してほしいのが商品の発注。
商品の発注は自分たちで行う。携帯を使って会社の発注フォームにアクセスし、商品の数を打ち込む。そして発注をする。すると、翌々日に豆腐商品が営業所に届くわけだ。
……ちなみにこの発注システム。致命的な欠陥がある。
会社の発注フォームに発注数を打ちこむわけだが、翌々日の分しか発注できない。フォームが翌々日で固定されている。日時を指定することはできないし、あらかじめ入力することも不可能だ。なので、毎日毎日、律儀に翌々日の発注数を打ちこまなくてはならない。
翌々日の発注しかできない、ということは、月曜日火曜日の発注をするために土日に発注をかけなければならない。休みの日にわざわざだ。
何がひどいって旅行や遠出をする際は、発注票を鞄に入れておいて、時間が来たら出先で発注しなくちゃならないことだ。これが非常に面倒くさい。土日ぐらい仕事のことを考えたくないのに、発注は必ず行う。忘れでもすれば、会社から怒りの電話が掛かってくる。
読んでる人が「1990年代の話かな?」って思っちゃうからやめてほしい。本当、いつの時代のシステムだよって言いたくなる。
この会社には社内SEがちゃんといるのに、なぜこうなってしまったのか。
発注フォームで日時の選択をできるようにすれば、それだけで解決するのに……。なぜか頑なに導入されなかった。
一度、幹部に物申したことがある。発注フォームで日時選択の項目を入れてくれれば、凄く便利なんです、と。
彼の答えはこうだ。「そんな複雑なシステムにして、みんなが使えやんくなったらどうするんや」。
ふ、複雑? 日時入力が……?
もしかして、我々を豆腐を売るゴリラか何かだと思われていらっしゃる? 「に、日時を入力なんて、とてもできないウホ!」と言うところを想像されてらっしゃる?
そ、そういうことなら仕方ないっすね……。
話が逸れた。
頭に入れておいて欲しいのは、商品は自分で発注する、ということだ。
そして、もうひとつの件。
廃棄についてである。
当時から「これ大丈夫なの? ヤバいやつじゃないの?」と思っていたものの、結局最後まで何も言えなかった。
豆腐や油揚げは、本社近くの工場で作っている。
それらは前日の夜から朝にかけて、各営業所に配送される。
それをわたしたちが朝、行商車に積み込み、販売していくわけだ。
売れ残った豆腐は廃棄だ。
しかし、廃棄にしない商品も出てくる。
がんも、油揚げ、厚揚げ。これら火を通した商品だ。
これらは売れ残った場合、冷蔵庫に戻し、一回だけ翌日に持ち越す。その日の売れ残りを明日も売る。月曜日に売れ残った商品は火曜日に持ち越せるが、月曜日の商品は水曜日には持ち越せない。そういうルール。
月曜日はすべての商品が新品だが、火曜日以降は売れ残り+新品ということになる。完売すれば話は別だが、たいていは売れ残りを抱える。翌日に売れ残りを販売する。何も言わず、何も表記せず。
このルールが食品衛生法的にセーフかどうかは知らん。そんな説明は一切なかったし、そもそもあの会社で食品衛生法という言葉を聞いたことはない。
でも、もしこれがアリでも、正直嫌じゃない?
例えば、マックやケンタッキー、ミスタードーナツでもどこでもいいけど、昨日作った商品が出てきたら普通に嫌じゃない? 「ダイジョウブダイジョウブ、タベラレルヨ」って言われても、え、やだな……ってならない? なんか怖くない? 「いや、今日作ったやつがほしいんだけど……」ってならない?
いやまぁ、さすがにこれは例が悪すぎる気もするが。
それに、正直な話、この移動販売自体、「これ大丈夫?」と思うところもある。
社員の1割くらいは冷蔵車というものに乗っている。これは元々あった軽バンを会社で改造したもので、後部座席に冷蔵庫を乗せている。きちんと冷えている。これは安心だ。真夏だって関係ない。
しかし残りの9割は、もっとアナログな商品の乗せ方をしている。
豆腐類は多分大丈夫だ。水槽に豆腐を詰め込み、そこにあり得ないぐらい氷をぶち込む。こっちはちゃんと冷えている。
が、油揚げなどのあげ類はちょ~っと怪しい。
油揚げ、厚揚げ、がんもをどこに商品陳列するかと言うと、発泡スチロールの中だ。中に保冷剤を敷いて、上に紙を敷き、その上にあげを置いていく。
それ以外に何もない。保冷剤だけである。
当然、保冷材は溶ける。密閉しているならともかく、お客さんが来るたびに開けたり閉めたりするわけだ。一日に百回以上、外気に触れるわけである。そりゃ保冷材も溶ける。真夏の後半なんかは、「本当に冷えてんのか、これ」っていうくらい保冷材は溶けてしまっている。
そう、真夏が厄介なのだ。クソ熱い真夏に何度も開け閉めした、保冷剤しか入っていない箱。そこに入っている油揚げ。日が昇っている10時間近くもそれらを連れまわし、夜は冷蔵庫に入れて、さらに明日も引っ張りまわす。
本当に大丈夫なんだろうな、これ。
車が冷えていたら話は変わってくるかもしれないが、車も激しく開け閉めするわけだ。クーラーをつけていても冷気は逃げる。そもそも、わたしの窓ハンドルクルクル車はクーラーなんてろくに利きやしない。古いからだ。
豆腐はきちんとした容器に入っており、食品表示がしっかりされている。消費期限も原材料も、普通の豆腐と同じように書いてある。
だが、あげ類は箱に突っ込んであるだけなので、そんなものはない。パン屋さんと同じで対面販売だから表示義務はないのだが、そういう商品って昨日作った商品も出していいもんなんすかね……?
繰り返しになるが、パン屋さんとかスーパーの総菜コーナーに行って、手に取った商品が実は昨日の売れ残りだったら嫌じゃない? え、このコロッケ昨日の売れ残りなん? じゃあええわ……、ってなりません?
何がひどいって、行商では当然古いものから売っていく。そうなると、早い時間のお客さんは高確率で古い商品しか買えない。朝のお客さんはずっと古い商品を掴ませられ続けるのである。同じ値段なのに。
たまにヒヤっとするのが、この会社のあげ商品にはムラがあることだ。品質がバラバラ。昨日は油揚げがガビガビ、でも今日はふっくら。そんなことはザラだ。それらが同時に並ぶわけだが、明らかに品質に違いがあって、「お客さんに何も言われませんように……」と祈りながら売ることになる。
特に厚揚げなんか顕著で、油を変えると、新しい油の厚揚げと古い油の厚揚げが同時に並ぶ。色の濃さが一目瞭然。この辺りは本当にひやひやさせられた。
だがまぁ、ひとまずこれは置いておこう。
覚えておいて欲しいのは、売れ残った商品は翌日に持ち越されるということ。これを頭に入れて、次の話を読んでほしい。
これでようやく、話を進められる。
この会社で1,2を争う、大珍騒動の話を。
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