【8連勤と朝5時出社】【ペナルティは奉仕活動】
【8連勤と朝5時出社】
12月。
年末といえば、どこもかしこも忙しいわけだが、この会社も例外ではない。むしろ、年末は率先して忙しくなっていく。
この会社の仕事納めは12月30日。この時点で相当クソッタレなのだが、この会社は12月の第4月曜日から、30日まで休みなしで働くことになっている。この年は23日が月曜日だったため、8連勤だった。
ただの8連勤と侮るなかれ。
この8連勤の中の最後の3日間、特別編成のコースが組まれる。なんと、5日分のコースを3日で回るのだ。普段は9~10時間使って回るコース5日分、これを3日で回る。計算おかしくない?
そりゃもうギュウギュウだ。朝だって早い。5時や5時半に出社する社員も珍しくない。そして、帰るのも相応に遅くなる。家が遠い先輩なんかは、自費で近くにホテルを取っていたくらいだ。
売り方も普段とは違う。
一ヶ月も前から、すべての商品が書かれた予約用紙をお客さんに配り、「欲しい商品があったら予約してくださいね」と伝える。いかに予約を多く取るか、たくさんの商品を予約させるかが重要だった。
とにかく予約を取れ。一ヶ月の間にしっかり準備しろ。
口酸っぱく言われた。12月に入った時点で忙しかった。
この謎の年末行事。会社では、『年末』『お祭り』なんて呼ばれていた。
幹部が会議では『お祭り』に関してこう言っていた。
「年末は毎年恒例のお祭りが行われます。このお祭り、忙しいです。大変です。後半はみんな睡眠不足と疲労でハイになって、わけわからんくなってると思います。それを楽しみましょう!」
気が狂ってるのか……?
さて、この『お祭り』こと謎の8連勤。
なぜわたしたちは、睡眠不足と疲労でハイになって、わけわからんくなってまで働くのか。8連勤をするのか。理由はわかるだろうか。
答えは、年末年始はたくさんのお豆腐と油揚げが使われるからだ。
そのために、我々は8連勤をする。年末のギリギリまでお客様にお豆腐を届けるために。
……そういうことになっている。のだが。
単純に疑問なのだが、正月ってそんなに豆腐使うか……?
年末だってそうだ。このお祭りは一応、「お客様が大量に豆腐と油揚げを使うから」という理由で行うのだが……。
え、使う……? うちそんなことないんだけど……。豆腐も油揚げも別に使わないんだけど……。そもそも、どれに使うんだ?
もちろん、この疑問を先輩にぶつけたことがある。何度か。
すると大抵、こう返ってくるのだ。
「使うやろ。すき焼きとか喰うやろ。焼き豆腐いるやないか」
焼き豆腐だけならスーパーでええやないかい。
なぜかみんなこの答えを返してくる。それ以上の答えを得られたことがない。やっぱりみんな、別に年末年始、豆腐喰わないんじゃないの……?
じゃあ焼き豆腐しか売れないのかと言えば、そうでもなく。
実際、売れるのだ。豆腐も焼き豆腐も油揚げも。お客さんも大量に予約してくれる。普段使わないめちゃくちゃでかい箱に油揚げを大量に詰め込み、朝早くから行商を開始していた。
それと、新人のわたしはそれなりに気楽だった。
8連勤は大変だったが、ほかの人たちみたいにコースの編成をしなくてよかったからだ。5日分のコースを3日で回る、なんて無茶をせずに済んだ。「まだコースを完璧に覚えてない新人に、特別編成をさせても混乱するだけだ」とのこと。まぁ正しいと思う。当時、それをさせられたら多分死んでた。
5時に出勤してくる先輩たちと違い、出社時間も6時や6時過ぎで済んだ。その代わり、退社時間は22時や23時だったが……。
そして、言うまでもないが。
この『お祭り』でどれだけ早い時間に出社しようが、どんなに遅い時間に退社しようが、ビタ一文、支払われない。サービス残業だ。8連勤なのだから当然休日出勤になるわけだが、こちらも関係がない。サービス休日出勤だ。社長から言わせれば、「その分、売上が上がるんやからええやろ(歩合制だから)」ということらしいが、うるせえぶっ殺すぞって感じである。
新人ゆえに労働時間が延びに延び、そのうえ、『お祭り』のせいでわたしの12月の残業時間は199時間を突破した。199時間て。しかし、それに関して一円も支払われることはない。アホらしいことこの上なかった。
ただでさえ辛い思いをしているところに、この『お祭り』がぶっ込まれ、ただ働きばかりが増えていく。
しかし、この状況でもわたしには楽しみがあった。これがあったために頑張れた。いやむしろ、これくらいしか楽しみがなかったとも言える。
わたしは毎年、年末は友人たちと旅行に行く。年末に出発し、何泊かして年を越し、正月に帰ってくるのが恒例行事だった。この年にもあった。わたしの休みが31日からだったので、途中参加になってしまうが。
たった1泊と言えど、旅行は旅行だ。休みは自分の車でコースを回るか、家で身体を休めることも多かった。あまり遊ぶ機会もなかったために、この旅行は本当に楽しみだったのだ。
しかし。あぁ、しかし。
こんな些細な楽しみでサビ残199時間を頑張っていたのに。
その楽しみを奪われることになる。
なぜか。
……事故ったのである。
【ペナルティは奉仕活動】
師走ということで、そこかしこで事故りまくっていた時期である。
それはうちの会社も例外ではなく、12月は既に3人が事故っていた。
ひとりは、信号待ちしているとき、うっかり居眠りしてしまった。ゆっくりと前の車にオカマを掘ってしまう。
ひとりは、一時停止無視の車に横から突っ込まれた。行商車が横転し、豆腐ごとぐっちゃんぐっちゃんにされた。
ひとりは、窓をコンコンと叩かれ、開けたら男にいきなり殴られた。そのうえ、その男が車でこっちに突っ込んできてぶつけられる、という「それもう事故やなくて事件ですやん」というもの。
そんな面白事故が横行する中、わたしも事故った。12月後半のことだった。
とはいえ、ほかの人たちと違って面白味はない。曲がる際、軽く車を擦ってしまったのである。面白かろうがなかろうが、もちろんこれも事故扱い。
そして、事故を起こした社員は2つのペナルティを課せられる。
まず、給料が引かれる。
手当に『無事故手当』というものがある。その額が2万円で、それがそっくり消えてしまう。
まぁこれはまだいい。
問題はもうひとつの方だ。
『奉仕活動』
簡単に言えば、サービス休日出勤をさせられる。
恐ろしいことにこの会社、手広く飲食店も経営している。この飲食店も相当アレなのだが、それは後に語ろう。
この飲食店、もしくは工場で、12時間以上の労働を強いられるのだ。もちろん給料は出ない。交通費も自己負担。それがこの『奉仕活動』だ。過失事故を起こした者は、問答無用でこれをやらされる。拒否権はない。
この制度を聞いたときは、「絶対に事故を起こさないようにしよう……」と心に誓ったが、いくら誓おうが事故るときは事故る。寝不足で注意力散漫だった、と言い訳させてほしい。何せ16時間労働だ。いや16時間労働て君。しかも、事故った日はその処理で24時近くまで会社に残っていたので、負の連鎖は続くのが本当にえぐい。
ちなみに、過失ゼロならもちろんペナルティは免除だ。男に殴られたうえに車で突っ込まれた人は、奉仕活動はしなくて済んだ。
ただ、一時停止無視の車に突っ込まれた人は、普通にペナルティを受けたのは可哀想だった……。いや、確かに過失ゼロではないけどさぁ……。一時停止無視なら、8:2か、9:1でしょう……? それでサービス休出ってさぁ……。
そして、車を擦ったわたしもペナルティを受けることになる。奉仕活動をさせられる。
事故の報告を所長にし、それが社長の元に届く。処罰を決めるのは社長だ。どこに奉仕活動させられるのか、それがいつになるかは社長次第。
その連絡を震えて待つ。
しかし、その連絡は案外早かった。
その日の状況は忘れもしない。火曜日のコースを回っていたときだった。時間は夕方。静かな住宅街を走っているときで、電話が掛かってきたので道路の端に停めた。車はほとんど通らない道だ。
電話の相手は所長。奉仕活動の指示を受けた所長が、わたしに連絡をくれたのだ。
いや、本当に。今でもこの電話の内容は信じられない。どうかしている。一生忘れられないと思う。
「奉仕活動の日時が決まりました。お伝えします」
「(……なんで敬語?)はい。いつになったんでしょうか」
「1月1日です」
「…………は? はぁ!? が、元旦ですか……!?」
「はい。人手が足りないそうで、その日に決まりました」
「(呆然)」
「というわけなんで……、がんばって」
あんなにも事務的な口調の所長は、あとにも先にもこのときだけだ。なんと声を掛けていいのか、所長もわからなかったのだろう。だって。元旦て。入ったばかりの新人が、お正月にただ働きさせられようと言うのだから。
ただただ愕然とした。1月1日。元旦だ。わたしはお正月に、「人手が足りないから」という理由で働きに出なければならない。タダで。交通費もなしに。
……なぜ正月にボランティア活動をしなくてはならないのか。正月だぞ。しかも、仕事納めは30日だ。31日を休んだら、翌日はもう仕事……、もといボランティアだ。
さすがに人のことをナメすぎだろう。いくら何でもあんまりだ。
正月にタダ働きするのももちろん嫌だが、これでは何より旅行に行けない。予定では30日に仕事を終え、31日の朝に新幹線に乗り、1日に帰ってくるつもりだった。元旦に仕事が入るならこの案は無理だ。
この旅行だけを楽しみに、ここまで文句も言わずに働いてきたのに。その楽しみを潰すどころか、さらにタダ働きを重ねようとしている。車を擦ることがそこまでの悪行なのか……?
ここまで来て旅行に行けないのは本当に嫌だったので、日帰りで我慢するか、だれか親戚が死んだことにするか、真剣に悩んでいた。
ただ、この正月に奉仕活動、というのは結局お流れになった。
さすがにそれは……、と気の毒に思った上司が、ほかの日に変えてくれたのである。
これは本当に、本当に、感謝している。
さて。
そんなトラブルがありつつ、というかほかにトラブルもあったのだが、何とか『年末』『お祭り』を終えることができた。
幹部が「後半はみんな睡眠不足と疲労でハイになって、わけわからんくなってると思います」と言っていたが、最終日はまさにそんな感じだ。全員、仕事が終わったあとは妙にテンションが高かった。何せ解放感がすごい。やってやったぞ感がすごい。そのせいで、帰るのがちょっと遅くなってしまった。23時を超えてから退社する。
翌日は6時に起きて、8時の新幹線に飛び乗った。そうして、わたしはようやく念願の旅行に合流できたのである――。
しかし、この旅行で不本意だったことがひとつ。
久しぶりの休み、久しぶりの旅行でわたしはたいそう楽しんでいた。はしゃいでいた。それはもう元気いっぱい。しかし、友人にこんなことを言われてしまった。
「……仕事忙しかったんやなぁ。顔疲れてんで」
そう言われたのである。
「? いやいや、確かに忙しかったけどさ。別に今は疲れてないよ。元気やで」
「いや、たまに電池切れてんで。そのときすげー疲れた顔してる」
全く身に覚えがなかった。しかし、どうやらこのとき、わたしは疲れていたらしいのだ。急に動きが止まる。顔に疲れが出る。そういうことらしい。
疲れている自覚がない。なかなか不思議な感覚で、初めてのことだった。既にもう感覚がない。自分が疲れていることに気付いていない。だから、指摘されても首を傾げてしまう。
試しに、写真を撮ってもらった。わたしが電池切れを起こしたとき、写真を撮ってくれ、と頼んでみた。写真を見ると、明らかにめちゃくちゃ疲れている顔をしてて、自分でも笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます