第18話 最強の組み合わせ

 そのまま黙々と夢中で食べ続ける二人に、周囲から「どうなんだ?」という声が囁かれるのが聞こえる。そんな中、一人の男性が数人の女性を伴ってグレースの前にやってきた。


「こんにちは、レディ・グレース。遅くなって申し訳ない。オズワルドが仕事で来ることができないので、私がお手伝いに参りました」


 柔和な口調と表情ながら、見るからに屈強そうな体格の男性はビバルといい、カフェの常連の一人だ。オズワルドとは親しいらしく、たまに一緒にカフェに来ることもある。


「こんにちは、ビバルさん。やっぱりオズワルドさんはお忙しいんですね」

「残念ながら、彼じゃなきゃできない仕事が山積みらしくてね。代わりに私が行ってやろうと言ったら怖い顔をしてたよ」


 ビバルはニヤリと笑って、「怖い顔なのはいつものことか」と肩をすくめた。


 オズワルドに会えないのは淋しいし残念だと思うものの、普段の営業時間とはズレている。元々忙しそうな人だ。昨日の夜も、昼に行くのは無理かもしれないと言っていた。

 それでもちょっぴり期待していたグレースは、がっかりしたのを悟られないよう微笑み、わざわざ応援に来てくれたビバルに礼を言った。

 事前に説明を受けているのか、「力仕事や文字を読めない人の補助は任せてくれ」

と、力強く言ってくれるのが頼もしい。

 そんなビバルが「ところで」といたずらっぽく眉を上げて見せた。


「今日は強面男の代わりに、可憐な花を連れてきましたよ」


 彼が体をずらすと、隠れていた後ろの女性たちが華やかな笑い声をあげる。二十代と三十代と思しき女性に挟まれるようにして立っていたのは、顔なじみの少女キャロルだった。


「グレースさん、ごきげんよう!」

「キャロルさん。ごきげんよう。遊びに来てくださったんですか?」

「はい! なんだか珍しいものを食べられると小耳にはさんだので、おなかをすかせてきました」


 大きな目をキラキラさせるキャロルは、時々カフェに来る客リーア・・・の娘だ。年は確か十五歳。

 以前体調を崩している娘を心配しているリーアの話を聞き、もしや、合わない下着で具合を悪くしていた以前の自分と同じではないかと相談に乗ったことで、彼女とも仲良くなった。

 プライベートなことは聞かないが、以前うかがった立派なお宅(おそらく別宅)の様子から、彼女達親子がかなり高位の貴族であることだけは知っている。それでも苗字を名乗らないここでは、彼女も他の方同様、普通のお客様だ。


「今日はクレープを出してるんですよ」

「これがクレープ? この白いのも生クリームではないんですよね?」


 屋台の中を覗き込んで、グレースが焼いたクレープにキャロルたちが興味深そうな顔をする。


「牛乳ではなくウーラを使った植物性のクリームです」

「じゃあ、もしかしてなんだけど、ミルク臭くは……ない?」


 実は牛乳や生クリームがちょっぴり苦手だと囁いたキャロルに、グレースはにっこり笑って頷いた。


「ええ。ぜひ試してみてください。小さいサイズにしてみますか?」

「ううん、見た目も可愛いから普通のを食べてみたいわ。ねえ、レディ・グレース。このキャラメルソースというのがとても気になるんだけど、キャラメルって何? 前に食べさせてくれたプリンのカラメルのこと?」


 よくぞ聞いてくれた。

 そんな気持ちでグレースは、昨晩作ったキャラメルソースの入った瓶をキャロルに見せた。


「少し違います。これは生クリームとお砂糖と水を使って作ったソースなんです」

「カラメルとは見た目も違うけど、いい匂い。そう、生クリームを使ってるのね。でも気になる――――」

 そう言ってメニューを何度も見た末に、キャロルは至極真面目な顔で大きく頷いた。

「決めた。やっぱり一番気になるキャラメルソースとナッツ入りクレープにするわ! みんなも同じでいい? じゃあ、レディ・グレース。三つお願いします。あとコーヒーも。今日は大人っぽくブラックでいきます」

「かしこまりました」


 あえての「大人」強調が可愛くて、グレースはキャロルの付き人らしき女性二人と笑みを交わした。

 手早く注文品を作って渡すと、食べ終えたらしいオウリが「俺にも同じものを二つ」と追加注文する(結局彼らは全メニューを制覇してしまった)。


 グレースが作っている間、キャロルたちの賑やかな声が屋台の雰囲気を華やかに変えていった。


「おいしいわ。このクリーム、全然牛乳臭くない」

「ええ。こちらのソースには生クリームを使ってるって言ってましたけど」

「そんな感じはしませんね。癖がなくて、甘くて、とろけます」

「本当ね。とってもおいしい。信じられないくらいおいしい! コーヒーもいつもよりおいしく感じる。相性がいいのね! まるで神様のデザートだわ」


 しゃべりながらも夢中で食べる女性たちに影響されたのか、屋台に客が並び始め、モリーが呼び込んだ客も集まって来る。並んでる客も「おいしい」を繰り返すキャロルたちを見て、期待に目を輝かせるのを感じた。


 ビバルは体に似合わずきめ細やかな対応で客裁きを手伝ってくれ、キャロルたちは注目されていることを気づいてる様子を見せないまま、ぺちゃくちゃと楽しそうに食べていった。キャロルだけはおかわりをして、少し年かさの女性に窘められていたけれど、そこはまあ若さということだろう。結局もう一つぺろりと平らげてしまった。


(やっぱり若い女の子とクレープの組み合わせは最強だわ)



 二時間後、準備したクレープは完売。

 新しいメニューの評判は上々ということで、オウリにも正式に仕入れを約束し、クレープのレシピも教えた。

 レシピ公開には驚かれたけれど、王都で受け入れられたものは徐々に地方にも広がっていく。これは期待してもいいのではないかと思うけど、受け入れられたと感じるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。これは先行投資だ。


 ***


 そしてその日の夜。休養日であるグレースとモリーのために、オズワルドが屋台の食事を抱えてやってきた。

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