第13話 甘えなさい
見るからにしょんぼりしてしまったマロンに、ピアツェは「グズグズしてるからだよ」とすげない。とはいえ、そう言いながらも視線でグレースに皿とフォークを出すよう訴えるので、
(ピアツェさんてばツンデレさん)
と笑いをこらえつつ、グレースはそれらをマロンの前に置いた。
戸惑ったように瞬きするマロンの前で、ピアツェが自分の皿から半分のフレンチトーストを移す。
「ほら。あたしのを分けてやるからしょげなさんな」
ぶっきらぼうな口調でも実の娘同然に接する姑に、マロンは「ありがとう、お義母さん!」と大きく笑った。
見た目は正反対だが、何かと気の合う二人は時々、嫁姑というよりも年の離れた姉妹のように見えた。
(ピアツェさんは美古都のママに少し似てるのよね)
ピアツェは見た目をはじめ、グレースの祖母とはまったく違うタイプの女性だが、彼女のことが大好きな理由はこの懐かしさもあるのかもしれない。
甘え上手で素直な末っ子だった前世の記憶は、自分自身のことと考えるよりも少し遠い存在という感じだ。それでも似てる誰かを見ると妙に懐かしい気持ちになり、時折無性に淋しさを覚えることを、グレースは誰にも言えないでいた。
二人がフレンチトーストを食べている間に、最後の客が席を立つ。昨日店を手伝ってくれたサイモンだ。
「レディ・グレース、ごちそうさま~。あっ、あとでうちの母さんが洗濯物取りに来るって言ってたから渡してね。モリーさん、今日も休みでしょ」
「えぇ?」
「母さんが言ってましたよ。一人で何でもやるのは無理でしょって。しかも今日は休むかと思ってたモーニングまでやってるんだから。――ってことで、俺もまた夜に寄りますね」
断る暇もなく爽やかに立ち去ったサイモンを見送るグレースに、マロンが「モリーさん、お休みなの?」と聞いた。
「ええ。風邪で寝込んでしまって。でも今朝朝食を持って行った時には、熱もかなり下がったから、明日には帰ってこられるって話してたんだけど」
日本で使ってたような電化製品もサービスもないこの世界で、一人で店を切り盛りして、さらにきちんと家事をするのは大変だ。
そうは言ってもサイモンの母に甘えるのもどうかとオロオロするグレースに、ピアツェが活を入れるように「グレースっ」と呼んだ。
「は、はい!」
「あのね、グレース。これは前にも行ったと思うけど、困ったときは誰かに頼っていいんだよ。いや、むしろ頼りにいけばいいし、甘えさせてくれるというなら素直に甘えるんだ」
「それは分かってるけど……」
昨日はサイモンに助けられ、グレースがしたのはケーキを上げたことだけ。労働と対価があってない気がする。そう考えてしまうグレースに、マロンもコロコロ笑って姑に賛同した。
「甘えてくれたら相手も甘えやすくなるのよ。だいたいレディ・グレース? あなた、自分で思ってるよりも周りの人を助けているのよ? たまには恩返しの機会でも作らないと周りのほうが困ってしまうわ」
おっとりと笑ったマロンは、「ということで、私は掃除をしましょうか」と、空になった皿を持って立ち上がった。
「やだ、マロンさんまでそんな」
「やらせておきなさい、グレース。マロンは掃除が上手だよ。ついでにコツも聞けばいい」
「そうそう。私の掃除はお義母さんのお墨付きよ」
グレースに負担をかけないよう気遣ってくれる二人に、グレースは心の奥の美古都をひっぱりだした。
「じゃあ、マロンさん。お掃除のコツを教えてくださる?」
無意識に子供のように小首をかしげたグレースに、二人は明るい笑い声をあげた。
「もちろん」
マロンと一緒に後片付けと掃除をすると、早くに亡くなった今世の母を思い出した。グレースの母の仕事は使用人の采配をすることだったから、自ら家事をすることはなかったけれど。
(それでもこんなふうに甘えるって、なんだか新鮮で素敵かも)
がむしゃらに頑張ってきたご褒美のような気がして、グレースの頬がついほころぶ。
「そういえばマロンさんたち、今日はどんな御用だったの?」
二人の服装からして、単純に遊びに来たわけではないだろう。
グレースとマロンが床掃除が終わって、テーブルに上げていた椅子をすべておろし終わると、洗った食器を布巾でふいていたピアツェがいたずらをたくらんだ猫のような表情を浮かべ、マロンは女子高生のようにクスクスと笑った。
「そうそう。忘れるところだったわ。いいニュースがあるのよ」
そう言ってマロンが、自身が持ってきた大きな荷物を手に取る。
「ねえ、レディ・グレース。今日は卵白がたくさん出た日でしょ? 午後のデザートは何を作るの?」
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