第14話 あったらいいなと思っていたけど

「デザートですか?」


 マロンの質問にグレースは考えるように視線を上に向けた。

 普段ならモーニングのある日は、フレンチトーストを作る過程で残ってしまった卵白を使ってデザートを作る。メレンゲクッキーかラングドシャ、シフォンケーキが定番だ。


「今日はメレンゲを作る時間が取れないと思ってたから、デザートは果汁を使ったゼリーにしようかと思ってたんですよねぇ」

「残った卵白は?」

「冷凍して保存中」


 あっさりそう言ったグレースに、ピアツェたちは呻くように「ああ」と言った。


「そうか。ここはお貴族様のお館だもんね。冷凍なんてものができちゃうんだね」


 さすが庶民とは違うと頷く二人に、グレースは黙ったまま微笑んだ。


 冷蔵庫、もとい保冷庫と呼ばれている棚は、裕福な家にはかなり浸透している。しかし基本的に、食品の長期保存は塩漬けや加工という世界だ。ここで食品を冷凍するには、微妙な温度調整を可能にする魔力と技術、あるいはそれに特化した高価な魔石が必要になる。

 このカフェの保冷庫で冷凍も可能なのはグレースの力と、たまたま以前手に入れた魔石のおかげなのだが、内情を知らなければ、地方領主の娘が出資するカフェに冷凍できる設備があってもそれほど驚かれることではなかった。


「まあでも、それを溶かしてすぐ使うことはできるんでしょう?」

「ええ、まあ」


 解凍も電子レンジよりも早くできるグレースは、マロンの抱える荷物に視線を向けた。


「マロンさん、卵白とそれが関係あったりします?」

「ふふ、ご名答。ね、お義母さん。これは絶対、グレースが喜ぶものよ」

 上機嫌なマロンにピアツェも頷くが、グレースは今から何が出てくるのか予想もつかず数回瞬きした。


(卵白に関係ある何か? メレンゲ作りに大活躍のハンドミキサー?)


 一瞬ほしいものを浮かべて、心の中で小さく首を振る。家庭用でもいいからあったら便利だと思うけど、さすがにこの世界にはないだろう。


「もう、二人とも。じらさないで教えてください」

「そうね。じゃあ見せるわね。まず一つ目!」


 じゃじゃーんと効果音でも付きそうな様子でマロンが取り出したのは、二リットルのペットボトルくらいの大きさの容器だった。開けてみるように言われてグレースがふたを開けてみると、中には白い液体が入っている。


(ミルク? ――それならわざわざ、こんなにもったいぶらないわよね。ということは……え? もしかして?)


「これ、生クリームですか?」

「あたり!」

「でもこんなにたくさん」


 グレースが目を丸くしたまま、じっと容器の中を見つめた。

 牛乳から生クリームを作るのは大変だ。絞った乳を置いておけば、自然に脂肪と分離して生クリームが取れる。でも百ミリリットルの生クリームを作るのに、必要な牛乳はその十倍だと聞いた。


(パッと見、二リットルはあるんだけど、これ)


 ピアツェのところからは、たまに少量の生クリームを買うことがある。けれども基本高級品。冷静に考えて、こんなに買ったら大赤字である。


(でもたっぷりの生クリームがあったら、メニューの幅がすごく広がるわよね。ウィンナ・コーヒーはピアツェさん絶対好きだろうし、ショートケーキだってできちゃう)


「ふふ。レディ・グレース、目がキラキラしてる。でもね、これ、本当は生クリームじゃないのよ」

「えっ?」

「マロン、先にばらしちゃダメじゃないか。まったく。グレース、いいから一口味見して、感想を聞かせておくれ」


 いつのまに出したのか、料理用の大きなスプーンを持ってきたピアツェに促され、グレースは素直に生クリームらしき何かをすくってみた。


(匂いも生クリームっぽいんだけど、ちがうの?)


 舐めてみるとやはり生クリームのように思える。


「いつもの生クリームよりさっぱりした感じね。でもコクがあっていい味だわ。これ、本当に生クリームじゃないの?」


 グレースがかつがれてるのかと心細そうな表情を浮かべると、二人は手のひらを打ち合わせ「やった」と、快哉の声をあげた。


「それはね、生クリームの代替品。息子のところで作ってる植物からできたクリームだよ」

植物性生ホイップクリーム⁉」

「ん、まだ名前はまだないけど、可愛い呼び方だね、それ。どうだい、グレース。生クリームの代わりに使えないかい?」

「ちょっと泡立ててみてもいい?」

「ああ。これは全部やるから好きに使っておくれ」


 ピアツェの許可をとりグレースがキッチンに道具をとりに行くと、マロンが「待って、これも見て」と呼び止めた。


「二つ目はこれよ」

 マロンの手元に見覚えのない道具がある。

「この上にある紐を引くとね、ここに付けている泡だて器がくるくるっと回るのよ。これも使ってみて」


 それは手動ではあるけれど、グレースがあったらいいなと思っていたハンドミキサーだった。

 使い勝手は少し違うが、普段泡だて器を使うのに比べて楽々とホイップできる。砂糖を入れ、あっというまに角が立ったクリームを味見すると、それは普段の生クリームと全くそん色がなかった。


「二人とも食べてみて。すごい。生クリームより少しさっぱりしてるけど、色はこっちのほうが白いし使い勝手がよさそうだわ」

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