第6話 ランチョンマット

 タウンハウスが王都でも城下の隅に位置する。そのため客は学生や中流階級の近隣住民がメインになるはずだが、当然貴族も来るだろう。クロスの敷かれていないテーブルでの食事など気を悪くするのではと心配しているモリーに、グレースは優しく笑いかけた。


「大丈夫よ。だいたいこの数のクロスを毎日洗濯するのは大変だし、非効率だわ。かわりに領内のみんなに作ってもらった、このランチョンマットとナプキンを使います」


 前世を思い出したことで、グレースはこの国のクロスの使い方がとても苦手になった。テーブルや手を汚さない為に敷かれたテーブルクロスは、汚れた口元や手を拭うのにも使われるのだ。そのため毎日洗濯が欠かせないのだが、この世界にはローラーで挟むような脱水装置(しかもこれが最新式!)はあっても洗濯機はない。

 洗濯は重労働で大変な仕事というのが、ここでの常識。

 これがモリーの仕事になることを考えれば、負担は最大限減らしておきたい。


 なので少しでも仕事を楽にと考えたグレースは、テーブルクロスの代わりにランチョンマットとナプキンを使うことに決めた。

 ナプキンは、モリーの母親を中心とした女性たちが縁に刺しゅうを施した大判のハンカチよりもさらに大きなもので、洗濯の手間も干す時間も短縮できる。ランチョンマットは竹と蔓の間のようなバンフィナという植物を編んだもので、普段の手入れは布巾でふき、汚れてもザバザバ洗うことができる。

 手入れが楽なうえにおしゃれだ。

 そう思ったのはグレースだけではないらしい。領地の皆の反応の良さから、少なくとも中流階級には受けると考えたグレースは、どちらのデザインも貴族が好む上品なものを考え作ってもらったのだ。


(領民の皆さんの器用さ、生かさない手はないわよね)



「それにしてもグレース様の発想はすごいですね。あの邪魔なだけのバンフィナが、こんな素敵なものになるなんて思いもしませんでした」


 ランチョンマットを手に取ったモリーがしみじみと頷く。


 バンフィナはソリス領では珍しくもないただの雑草だ。

 虫を寄せ付けないバンフィナは放っておくと大増殖する。大昔はこれを編んでカゴやテーブルにしてたらしく、今でも庶民の一部がカゴや団扇うちわを作ることがある。しかし物には限度というものがあり、大半は邪魔なごみとして処理されていたのだ。


「物持ちがよくて器用なハントさんたちのおかげよ」




 カントリーハウスの庭師であるハントは手先が器用な老人だ。

 子どものころから、彼が仕事で使っているカゴと持ち運べる小さな椅子を見ていたグレースは、その材料がバンフィナであることに気づいた。しかもごみとして集められたそれは色味が一つではない。そのことに気づいたグレースの脳裏に、前世土産としてもらった組み木細工の箱が浮かんだ。


(色が違うバンフィナを組み合わせて編めば、おしゃれなものができるんじゃないかしら)


 そう考えて簡単にランチョンマットのデザインの希望を伝えたグレースに、ハントは優しく目を細めた。


「嬢ちゃまも面白いことを考える。何かの童話にでもありましたかね?」

「そんなところよ。――ねえ、ハント。そろそろ、嬢ちゃまはやめない?」


 小さいころから変わらない呼び名はさすがに恥ずかしいというグレースに、彼はにやっと意地悪そうに笑って見せた。


「ほほ。ご結婚でもなさったら奥様と呼んで差し上げますよ。早く婿殿を見つけてくださいませ、嬢ちゃま」


 言外に、グレースが娘を産んだらそちらを嬢ちゃま呼びするからと言ってるのが分かり、グレースは「善処するわ」と肩をすくめた。さすがにそんなことは無理だと言って悲しませることはない。


 軽口をたたきながらも、ハントの作ってくれたランチョンマットは最高に素敵な出来だった。これをもとに改良を重ねたものを店で使うのだ。




「まあ、もしもこれが不評だったら、テーブルクロスに戻せばいいわ」

(きっと受け入れられると思う、そんな予感はするんだけど)


 モリーの気持ちを汲んだグレースが請け合うと、モリーは元気よく「はいっ!」と頷いた。柔らかなツインテールの髪が揺れ、それがミニチュアダックスフンドをほうふつさせる可愛らしさに、グレースは思わずくすくすと笑ってしまう。


「頼りにしてるわね」




 モリーの仕事は基本グレースの生活面でのサポートだ。掃除や洗濯の家事はもちろん、こまごまとした仕事を手伝ってもらうことで、グレースは店のことに集中できる。慣れない土地でも一人ではないことが、何よりも心の支えになった。

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