第5話 オープンキッチン

 タウンハウスには通常キッチンが地下にあるものだが、最先端のキッチンは地階(一階)に作られることが多くなっていた。少し前から貴族の女主人自らが手料理を振舞う――そんなことが流行っていたからだ。


 グレースがタウンハウスを確認すると、どうも業者にそそのかされたと思われる父がすでにリフォーム済みだった。つまり魔力を使う最先端のオーブンなどが備わった、貴婦人仕様のスペシャルキッチンだ。


(お父様ったら……。お母様は亡くなってるし、生粋のお嬢様育ちであるおばあさまがお料理をするなんてありえないのに)


 グレースに前世の記憶がなかったら、あまりの無駄さに膝から崩れ落ちるところだっただろう。今のグレースには十分活用できるものだと分かっても、しばらく脱力したくらいの設備なのだから。


「いえ、これはきっと私のために改装したのよ。うん、きっとそう。間違いないわ。ありがとうお父様。しっかり活用しますね!」


 実際そう開き直ったグレースが試しに使ってみると、キッチン器具は驚くほどグレースの魔力と相性がいいことが分かった。レディでなかったら宮廷料理人に志願したんじゃないかしら? ――などと、冗談で思ったほどだ。


(魔法がしょぼいなんて言って悪かったわ)


 火加減や温度調整が自在にできる能力なんて、今のグレースには願ったりかなったりだ。

 今のグレースに予算と言えるものは皆無に等しい。抑えられるところはとことん抑えるべく業者に掛け合い、自分で手を入れられるところはできるだけ手を入れた。


 地階をカフェに改装するため、壁を取り払ってカウンターを作ってオープンキッチンの形にしたのだが、そんなものを見たことも聞いたこともない業者からは驚かれてしまった。しかしグレースがおっとりと微笑みながら、

「使っているところが見えると宣伝になるでしょう?」

 と言うと、試す価値があると考えたらしい親方の一言で安く上げてもらうことができ、後にリフォームの依頼が増えたと喜ばれた。


 ちなみに改装中、グレースがタウンハウス前で仮オープンしていた出店で提供していたコーヒーと軽食も親方はじめ、業者の人たちに喜ばれた。



「知ってるか? 今度開店する、カフェとかいうところのコーヒーと飯がうまいみたいだぞ」


  ***


 グレースは実のところ王都に来たことがほとんどなかった。

 思春期に入るころから頭痛がひどくて、社交界デビューもしていない。つまり、世間はグレース・メアリー・ソリスという伯爵令嬢の顔を知らない。

 でも店の名前は「レディ・グレース」にした。自分に対する皮肉もあるけれど、店主は領地にいるグレース嬢であるように見せることが出来るからだ。


 店の切り盛りは基本グレース一人でするが、王都には一人だけメイドを連れてきた。二歳年下のモリーだ。

 ソリス家に代々使える使用人の娘であるモリーは、グレースが文字通りの深窓の令嬢であったことも、ずっと体が弱かったことも近くで見てきた。そのため、ことあるごとに心配そうにグレースを見る。一人で行くつもりだったグレースに、絶対ついて行くときかなかった、かわいい妹のような存在だ。


「グレース様。なんだかとっても変わったお店ですよね?」

「ふふ、そうね。でも居心地よさそうだとは思わない?」

「思います。私が客なら毎日通いたいです。いえ、絶対通います!」


 店内をくまなく見ていたモリーはぐっとこぶしを握ると、目を輝かせながらそう断言した。


 武骨な雰囲気だった壁はグレースたち自ら白く塗り直したため、以前とは印象がガラッと変わった。テーブルや椅子はタウンハウスにあったものをかき集め、カウンター席だけリフォームのとき一緒に作ってもらい、食器もしまってあったものを磨きに磨いた。


「ここに白い食器があったのは幸運だったわね」

「今流行はやってますものね!」


 王都で可能な限り歩いてみて感じたのは、東方風の白い食器と異国風の模様が流行ってるということだった。どことなく懐かしさを感じるのは、少し前世の世界を思い出させる雰囲気があるからだろうか。


(今なら目新しいものが受け入れられやすい時なのかも)


 それならばと、グレースが家具の配置や小物も気を配った元厨房は、本来使用人だけが使うような場所だったとは思えない、温かで洗練された雰囲気に生まれ変わっている。

 グレースが懸命に考えて手を入れるたび、モリーは夢を見るような顔で目を輝かせていた。



 庶民になじみ深いカウンター席と、裕福な市民や貴族になじみのあるテーブル席が混在した店内。普通と違うのはテーブルにクロスがかかってないことだろうか。


「でもグレース様。本当にテーブルはむき出しのままなんですか? お客さんは、近隣の方を想定してるとおっしゃってましたよね?」


 怒られたらどうしよう。

 不安そうなモリーの表情からそんな彼女の心の声が聞こえたグレースは、安心させるように頷いて見せた。

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