第4話 レディ・グレース④

 とりあえず売れるものはみんな売って借金を返したが、唯一大口の借金相手であるルイス・タナーからの借金は残ってしまった。利息が膨らみすぎて、ちょっとやそっとでは返せない額である。


 タナーは父の喪が明ける一年待った後、現伯爵ではあるが子どものリチャードに向かって条件を出した。


「元々の期限である五年。それだけの時間をあげますよ」


 弟の後ろで話を聞いていたグレースは一瞬ホッとしたが、タナーはいやらしい目をグレースに向け、ニヤッと笑うので鳥肌が立つ。


「ただし、返済が終わらなかったら家は差し押さえ。それでも足りない分は、グレース嬢をもらう――ということで手を打ちましょう」


 なめるように胸元を見られ、手で隠したい衝動を懸命に我慢した。

 前世を思い出す前のグレースは自分をぽっちゃりだと思っていたが、美古都から見ればとんでもない。ボンッキュッボンのダイナマイトボディーだったのだ。丸顔と普段着ていた流行おくれのAラインドレスのせいで、ただの太ってやぼったい女にしか見えなかっただけ。それでも父より上の男には、若い娘は舌なめずりをしたいほどの魅力に見えたのだろう。

 しかし、タナーの言う「もらう」はグレースを妻にすることではない。彼は既婚者だ。しかも五十六歳、父よりずっと年上である。


 おぞましさで思わず体の後ろでこぶしを握り締める。わなわなするほど不快だったが、表面的には神妙な顔を保ち静かに頷くほかなかった。借主が死んだ今、すぐ返せと言われなかっただけましなのだ。タナーが寛容に見せたのは、そういう男だと世間にみせしめるためだろう。




「姉上、すみません。ぼくが子どもなばかりに何もできなくて」

 悔しそうに唇をかむ弟リチャードの肩をたたき、グレースは努めて明るく微笑んだ。

「大丈夫。返済期限まであと五年もあるのよ。一緒に頑張りましょう」

 心の奥では不安で途方に暮れていても、弟や祖母の前でそんな顔はできない。


 幸いグレースには前世の知識がある!

 高校生程度の知識ではかなり残念だったけれど、当時の家族の方針で前世ではそれなりの経験はあるのだ。


 木村家の方針は「興味があるならとりあえずやれ!」だったので、人様に迷惑さえかけなければ色々なことをすることはむしろ推奨された。

 長女のグレースとは違い、姉たちとは少し年の離れた末っ子だった美古都。

 幼いころから好奇心旺盛で、姉たちについて行きたいとそろばん塾に通ったことをはじめ、小さなころからパパの店や二人の姉の手伝いもたくさんしていたし、高校生の時はバイトの鬼と笑われるほど色々なバイトもしてきた。忙しい母の方針で当番制だった家事もしっかり叩き込まれている。


 そんな美古都の記憶を掘り起こし、今の状況で行かせるものは何だろう? とさんざん考えたグレースは、父が成功していた数少ない投資先の一つに目をとめた。


「コーヒー? ……これだわ!」


 コーヒーはソリス伯爵が投資した中で唯一成功している分野だった。その縁で投資先の一つである輸入業者から食材なども仕入れられそうだと判断したグレースは、さっそく関係者に手紙を出し、返事を待つ間にプランを固めた。


 美古都のパパが経営していたのはカフェだった。五十代半ばで早期退職し、趣味を生かした居心地のいいお店。

 店に漂うコーヒーの匂い、気軽な食事。

 まだこの国にはないタイプの店だが、コーヒーが受け入れ始めている今なら成功できる可能性はある。


「いいえ、成功できると信じなくては。ためらってる時間なんてないわ。可能性があるならやるしかないのよ」


 そう決意したグレースは、領地は心配だが祖母と弟に任せ、自分は王都のタウンハウスでコーヒー・ショップ、いわゆる「カフェ」を開くことにした。

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