第11話 オズワルド②

 社交界デビューが近づくにつれ、体調不良を訴えることが多くなったキャロルを心配したエミリアは、世間話としてグレースに相談したことがあるという。彼女が以前、昔身体が弱かったと話していたからだそうだ。


 その後何があったのか詳しくは教えてくれなかったが、キャロルは半年ほどで驚くほど元気になった。姿勢も良くなったし、朗らかな笑顔をよく見せるようになった。そのことで、姉はグレースにとても感謝している。


 そのせいか。オズワルドが仄かに彼女に想いを寄せ始めたことにもすぐに気づき、度々たびたびこうしてからかいの種にしてくるようになった。

 はっきり言って、非常にめんどくさい。



「なあ、オズワルド。まだ告白はしないのか?」


 なぜか真面目な顔になり、姉は何度目かの同じ質問を繰り返す。


「しませんよ。彼女にとって僕は、父親みたいなものですよ」


 自分がまわりから相当年上に見られていることは知っている。グレースが今日のように二人での食事に応じてくれたのも、オズワルドを亡くなった父親に重ねて安心しているからだろう。これが他の男なら即引き離すところだ。

 我ながら身勝手だとは思うが、そんなオズワルドの前でエミリアは不思議そうな顔をした。


「父親ねぇ。おまえのその色付き眼鏡をやめて髪を整えればいいじゃないか? 年だって七つしか離れてないんだから、さすがに父親は無理があるだろう」


 無邪気に首を傾げられてイラッとする。


 たしかに身だしなみを整えれば年相応になる。なりはするが、オズワルドのアイスブルーの目は女性や子どもを怯えさせるのだ。濃い色に染めている髪も、元に戻せば白っぽい金髪でさらに冷たい印象を深める。

 甥のマークはまだましだったが、姪のキャロルにだって昔何度泣かれたことか……。


 オズワルドの風貌は睨みをきかせるには恐ろしく役に立つ。剣を持って対峙すれば、相手が一瞬ひるむ程度には。だが、女性を口説いて泣かれるのは御免だ。


 昔親同士の話で婚約寸前だった令嬢にも怯えられ、さすがに無理だろうと話を白紙にしたことさえあるのだ。あのグレースにまで泣かれたら立ち直れない気がする。いや、立ち直れる気がみじんもしない……。

 そこまで考えて、オズワルドは大きく息をついた。


(まいったな。思っていた以上にベタぼれじゃないか)


 胸を締め付ける苦しさに軽く目を閉じると、エミリアが軽く息をついた。


「身分も歳も問題ないのになぁ。今度の舞踏会に誘ってドレスを贈れば喜ぶんじゃないか? ミズリー公爵?」


 最近受けた爵位で姉に呼ばれ、オズワルドは肩をすくめる。

 姉は次期国王で、来年戴冠式を控えている。彼女のサポートに当たるため、オズワルドは公爵位を授与されたばかりだ。


 まだ二十八歳のオズワルドだが、妻がいないことで周りは少し渋い顔だった。

 しかし今の立場なら、そう、立場だけなら、妻になりたいと望んでくれる女性が多いらしく、周りが少しうるさい。オズワルド本人を見れば、老けた姿であろうと素の姿であろうと、決して良い印象を持ってないのが分かるだけにおかしなものだ。


 今度の舞踏会は王宮で開かれる。グレースは参加したことがないだろうし、きっと目を輝かせて楽しんでくれることは容易に想像がついた。だが……


「彼女にはきっと婚約者なり恋人がいますよ」


 そううそぶいてみせたのに、自分の言葉に胸が痛む。

 グレースが時々実家に帰るのは、その男に会うためだろう。こちらに戻るたびに物思いにふけるような様子を見せるのは、結婚を急かされているからかもしれない。


「本人がそう言ったのか?」

「いえ。それは」


 エミリアはため息をつくと「言おうかどうか悩んだんだが」と、グレースの実家について話し始めた。


 ***


 亡くなった前伯爵が残した借金を、グレースが働いてその返済にあてているという。領地の運営は弟がして税金で賄っているので、本当に彼女のあの細い肩に借金が乗っているというのだ。

 売上から返しても返しても減らない利子。雑談の中からおかしいと思い調べていくと、あと二年で返済できなければ、グレースは貸主のものになる約束なのだと。


「もの?」

 予想もしていなかった姉の話にオズワルドはぎゅっと眉を寄せた。

 もの? ものってなんだ?

「相手は既婚者だ。よくて愛人、悪ければ……」

「なっ、馬鹿な」

 オズワルドはカッとした。

「いくら莫大と言っても店は繁盛してますし、株もうまくいってるでしょう」


 会話の端々から、彼女がいくつかの株主であることには気づいている。彼女のアイデアで助かった人が、何かと便宜を図ってもいる。


「私もな、キャロルを助けてくれたものを事業化して、彼女を筆頭株主にしようと考えてるんだ」

 姉の新事業の話に、

「――ちなみに、その助けてくれたものとは?」

 ずっと気になっていたことを聞くと、姉はいたずらっぽく笑った。


「ま、女性の下着だな」

「下着?」


 あまりに予想外で、それでいて単語の生々しさに動揺すると、姉は今までの重い空気を吹き飛ばすようにゲラゲラ笑ったあと涙を拭った。


「女の体を守るために作られたはずのコルセットが、流行のせいで体に害をなしてたってことだよ。グレースが作ってくれた代替品でキャロルは救われたんだ。驚きだろ?」

「そ、そうですね」

「グレースのウエストは細いが、自然なくびれだ。周りの令嬢に比べれば太いが」

「太くないですよ」


 思わず反論し、はっと口をつぐむ。今でさえ、時々折れやしないか心配なのに。


 彼女の後ろ姿を思い出し、もしや彼女は時々食事を抜いてるのではと思い当たった。時々こける頬。あれは飢えていたのでは?

 食事は余り物だと言っていたから、もしかしたら。


「そんな、まさか」


 だが考えれば考えるほどそうとしか思えなくなる。そう思えば、彼女の憂いた表情は将来の不安でしかなかったはずだ。

 彼女はいつも笑顔だからって、なんで気づかなかったんだ。


「姉上、ありがとうございます。僕も調べてみます」


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余談ですが、エミリアの過去話も公開中です。

もしよかったらあわせてどうぞ。


「凛々しき王女の求婚」

https://kakuyomu.jp/works/16816452219049863644

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