第9話 カフェロワイヤル
ニコニコと楽しそうに笑ってくれるオズワルドに笑顔を返し、スプーンをドリアにさすと視線を感じた。
「あの、なにか」
「いや、初めて見る料理だなと思いまして」
そう言いながらじっと皿から目が離れない。
グレースは噴き出すのを堪えながら小皿を取ってきてドリアを取り分けた。
「お味見程度ですが、よろしければどうぞ。あくまで自分用に作った賄いですので、期待はしないでくださいね」
グレースにとってはごく当たり前の行動だったが、彼にとっては意外だったらしい。卑しかったかと羞恥に頬を染める姿もまた可愛くて、グレースは笑みを深め「どうぞ」と勧めた。
「おいしい。うん、これは店のメニューには出さないのですか?」
予想通りぱあっとオズワルドの顔が輝く。彼は溶けたチーズが好きなので、絶対これも好きだと思ったのだ。
「そうですね。オズワルドさんおすすめ! って書いて、メニューに出してみましょうか」
彼は時々大学で講義をする立場らしく、彼の生徒も来店する。仕事仲間らしい人も来る。オズワルドは彼らから尊敬され慕われている感じがするので、いい宣伝になるかもしれない。
「僕の名前が力になるならどうぞ」
「ありがとうございます」
(あと二年。この顔が見られたらいいなぁ)
分けたドリアのお礼にと、サラダを半ば押し付けられるように半分分けられ、和やかな食事の時間を過ごした。
二人きりの食事。グレースにとってはデートに他ならない。
借金を抱えたグレースに恋をする余地はないが、片思いやデートを夢見るくらいは自由だろう。
借金はまだ大分残っている。頑張っても頑張っても利子が膨らむばかりで、このまま順調に返せても足りないほどに。
少し前に帰省した際、せめてあと一・二年伸ばしてくれないかと頼んだのだが、逆に「むしろ早めてもいいな」と呟かれゾッとした。いやらしい目線は以前より強くなり、十七歳になったリチャードからは「しばらく戻らないほうがいい」と言われたくらいだ。
穏やかな声のオズワルドと話していると、心のおもりが軽くなる気がする。
夜に彼を思い出すと、胸の奥がぎゅうっと痛くて泣きたくなるが、彼の姿を見たりそばにいられる時は幸福だ。
これは内緒の恋だ。辛いときを耐えられるのは、心の中にこの気持ちがあるからだとグレースは思っている。
(私の癒し。勝手に片思いをしててごめんなさい)
絶対に気付かれないよう、今日も最大限気を付ける。
少なくともあと二年、私は自由なのだから。
「美味しかったです。もう一杯コーヒーを貰えますか。今度は甘いのがいいな」
ゆっくり食事を楽しみ、気のせいか名残惜しげに注文するオズワルドに、グレースは少し考えて一杯のコーヒーを持ってきた。スプーンの上には最近流行りの角砂糖。そこに菓子用に置いているブランデーを浸した。
「少しお待ちくださいね」
店内を薄暗くすると砂糖に火をつける。青い炎が揺らめいて幻想的な雰囲気を作り出した。砂糖があらかた溶けた頃スプーンをコーヒーに入れ、くるりとかき混ぜてからオズワルドに渡す。
「特別メニューですよ。少しアルコールが残ってますけど、大丈夫ですよね?」
それは前世で父が時折出していた、カフェロワイヤルというコーヒーだ。青い炎が綺麗で、注文されるのが楽しみだった一品。
いたずらっぽく笑うグレースに、オズワルドは夢から覚めたような顔をして礼を言った。一口コーヒーを飲むと気に入ったらしく、満足そうな笑みが広がる。
「今夜は寒いから、とてもピッタリだ」
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