第8話 癒しの人

「やっぱりもう来ないかな」


 閉店時間まであと十分。

 さすがにオズワルドはもう来ないだろうと思ってため息をつく。少し早いが閉店の札を出そうと外に出たグレースは、近づいてくる足音にドキリとした。


「やあ、レディ・グレース。コーヒーを一杯もらえるかい」

「オズワルドさん」


 いつものように風にあおられたようなくしゃくしゃの髪と、疲れたように丸められた背中を見て、グレースは閉店の札を見えないようにしながら最後の客を迎え入れた。


(はあ、癒しが来てくれたぁ)


 さっきまでのしょんぼりした気持ちとは打って変わり、ウキウキした気持ちを隠しつつ、いつもの席に着いたオズワルドにいつものコーヒーを運ぶ。


「オズワルドさん、今日はなにか召し上がりますか?」

 注文を取るためにメモを取り出すと、オズワルドは眼鏡の奥の目を優しく細めた。

「ホットサンドがいいですね。コーンスープがあれば最高なんだけど」

「承知しました。サラダはどうされます? まだポテトサラダが残ってますよ」


 いつもは売り切れてしまう彼の好物を口にすると、オズワルドが子供のようにニッコリする。


「残ってるの? やった、それも頼みます」

「はい。では少々お待ちください」


 誰もいないキッチンに入り、ホットサンドの準備を始める。

 スープを温めて器に入れてサラダを置いていたトレーに載せれば、あと少しでホットサンドも出来上がりだ。

 美味しそうに焼けたホットサンドを切って盛り付け、スプーンとフォークを添えてそそくさとオズワルドの元に運ぶ。


「お待たせしました」


 声が弾まないよう平常の声で言って彼の目の前にトレーを置くと、オズワルドの顔がパッと輝いたので噴き出しそうになった。


(か、かわいい。オズワルドさんって、本当にコーンスープとポテサラが好きなのよね)


「おいしそうだ。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


 にっこり笑って離れようとすると、突然手首をつかまれて心臓がどくんと跳ねた。


「えっ? あの」


 戸惑うグレースに、なぜかオズワルドのほうが驚いたような顔をしてあたふたしだした。


「す、すみません。えっと、その、もう閉店ですよね? 他のお客もいませんし、よかったら一緒に食べませんか? 君の分はもちろん払います」


 突然の申し出にドギマギする。

 閉店の札を出してるので新規の客は来ないが、それでも店員と客だ。一緒に食事なんてと悩んだが、「今日は一人で食べたくない気分で……」と言われ、グレースは思い切ってそれを了承した。


「ではお言葉に甘えて私も食事にしますね。でもお代はいらないですよ。私のは余ったもので作る賄いですから」


 スープとホットサンドが覚めないよう保温魔法を施し、急いでキッチンに戻る。

 残り物をさっと確認し、茶わん一杯程度残っていたピラフにホワイトソースとチーズをのせてさっと焼いてドリアにする。それにコンソメスープを添えて急いでテーブルに戻った。


「お待たせしました」

「全然待ってませんよ。わがままを聞いてくれてありがとう。それじゃあ食べましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る