第8話 前進

 昨日、ダンベルのところのミラージュが遊びに来た。俺は、子供同士が仲良くしているのを微笑ましく眺めていた。

 なにしろ、ツィエンがあんなに楽しそうに人と話しているのは貴重。魔石を見ているときは、確かに楽しそうだが、口を開けて、今にも涎を垂らしそうな顔だから、あれは「楽しそう」という区分にしたくない。


 小さな子供たちがきゃっきゃとはしゃいだ後、2人が家の方に消えていったことまでは把握していた。しかし、気づけば1時間ほど経っても、子供たちは店に戻ってこない。

 大丈夫だろうかと、様子を見に行ってみれば、床に割れた魔石が散った作業部屋の中で、壁を背に眠りこけている子供たちを見つけた。

 これはちょっとした事件があったであろうことが容易に想像できる。


 ランスは、子供同士の大事な人生経験を邪魔してしまう気がして、起こさないまま、部屋を後にした。

 お昼を過ぎた頃、鍛冶屋のダンベルがミラージュを迎えに来た。昼に戻るといったのに帰ってこなくて心配したらしい。そうか、普通の親だったら、そこを心配するよな。と思い、ランスは、ほかの家の子供を預かっている時は、相手の親に色々連絡しなくてはいけないものだったか。と、自分の配慮のなさを反省する。



「ダンベル、悪いな。ツィエンの友達はミラージュしかいないもんだから、いろいろ慣れてなくてな」


「おう。気にすんなって」



 挨拶をしながら子供たちが眠る作業部屋へ案内する。喧嘩でもしたみたいだ、なんて下手に説明もせず、作業部屋の扉を開ければ、ダンベルは「あー、そうか」と言って頭をがしがし掻いた。その表情はなぜか嬉しそうだ。


「ランス悪いな。ツィエンに礼を言っといてくれ」


 ん?この状況で礼ってどういう意味なのか。聞こうとしたところで、ダンベルはでかい肩を左右に振りながら、子供たちに近づいていく。


「ミラ、帰るぞ」


 子供を揺さぶり起こすには、なかなかに強い力でガクガクとミラージュの肩を揺する。その振動で先に目を覚ましたツィエンは視界に飛び込んできたでかい男に、一瞬目を見開く。

 寝起きにダンベルの筋肉隆々な胸板が目の前にあるこの状況、自分だったら目覚めは良くないと思う。


「おとうさま……」


 遅れてミラージュが目を覚ますと、頭がい骨との境目がないようなダンベルの太い首に、しっかりとつかまる。数年前のツィエンを思い出して、最近はああやって甘えなくなったものだと、寂しさを感じてしまう。


「おう、じゃあランス、世話になったな。ツィエン、またミラと遊んでやってくれよな」



 ツィエンは、大きく頷いて、ミラージュの伏せられた顔をじっと見ていた。これは、本当は言いたいことがあるけど、言うのを我慢していたり、言いたいことを言葉にできなくて考えている時の顔だ。ツィエンの眠そうな目は、やる気がないようにも見えるが、瞳の奥にはしっかりとした意思が宿っている。考えなしの無口ではないのだ。こういうところは変に大人びていると思う。


 対してミラージュは、起きているのに、意地でも顔をあげない。絶対に顔を見せまいとしているのがわかる。良いとこの商人の子供よりも、優雅で上品な雰囲気をもつミラージュは、実際の年齢よりも大人びて見えるが、今日は2歳くらい子供に戻ったような態度だ。

 子供って、案外大人なようで、すごく子供だ。


 そしてダンベルはそのままミラージュとともに帰っていった。



「うし、俺たちも昼飯にするか」


「うん」


 素直に答えるツィエンは、どこか宙を見ていて、心ここにあらずだ。

 こういう時は、放っておくと自分で答えを見つけてきたりするので、ランスは、何も聞かないでおくことにしている。

 もの思いに耽っているツィエンと昼ご飯を済ませ、ランスはまた店に戻るのだった。



 そうして、その日の晩、ツィエンから改まって呼び出しがあった。

 ランスが店の関係で、大事な取引をするときに使う、商談部屋への呼び出しだ。

 さすがの魔石商見習いというべきか。魔石に関するお願いごとがある時は、この部屋にいつも呼び出されるのだ。


 はじめは親の真似をしてみたいという、幼い子供特有の真似っこ、おままごとの延長のようなもので、やれやれと応じていたものだが。今は、なかなかどうして貫禄がある。呼び出されたランスも何をお願いされることか、と襟を正す気持ちだ。


 お互いが席に着くと、ツィエンは普段よりきりっとした表情でランスを見上げた。


「おじいちゃん。わたしに、研磨機を使わせてください。」


 そう来たか、とランスは頭を抱える。



 研磨機。


 それは、魔石商なら誰でも持っていて、使わなくては商売をやっていけないものだ。

 魔石を原石で扱うことはあっても、実際に稼ぎ口になるのは、原石を研磨し、美しく磨いた魔石なのだ。

 この研磨の腕によっては、どんな平民でも貴族に重宝されるだけのオオモノ魔石商にのし上がることだって可能だ。


 ただ、魔石を研磨するというのは、修行があって初めてできるもの。素人が研磨機に触れようものなら、大怪我ものである。特に子供なんて、研磨機に魔石を押し当てただけで回転力に腕の力が勝てず、腕と魔石がふっ飛ばされることだろう。

 こんなにも真剣な表情をみせるツィエンの願い。叶えてやりたい気持ちはあるが、親として危機管理を差し置いて、この提案を承諾するわけにはいかない。


 なんと言えばツィエンに伝わるだろうかと、腕を組んで考えていると、断られる雰囲気を察したツィエンから、言葉が足される。



「興味本位で触らせてほしいわけじゃない。ミラージュを励ますためにどうしても必要なんだ」



 友達のために、と親の立場から断りづらい言葉を選んでくるあたりが賢い。しかも、実際にミラージュのいつもと違った様子を目にしている。仲直りのためではなさそうだが、確かにダンベルに担がれたミラージュからは必死さが感じられた。

 だが、ランスもこんなところで引けない。


「研磨機は……10歳になるまでは使わせられない」


 ツィエンの必死な抗議が来るのを予想していたが、意外にも静かだった。ただ、子供にしては大人びすぎた表情でこちらを睨んでいる。


「ミラージュは、あんなに可愛いのに、自信が持てない……。それを、隠していたのに、無理やり明かさせちゃったんだ……。せめて、自分で責任をとりたい」



 いつもの眠そうな目はそこにはなく、肩にまで力が入っているのがわかる。

 研磨機を使わせてくれないランスに対する怒りではない。自分自身に対する怒りと後悔でこんな表情をするのか。予想以上の真剣度合いに、どうしたものかとランスは唸る。



「研磨機の件は、もう少し考える時間をくれ。ただ、話から察するに……ツィエンは、自分で研磨した魔石をミラージュにプレゼントしたいってことだろう?」


「うん」


「俺だったら、大事な友達に送る魔石は、自分で狩った魔獣石にするけどな」



 ニヤっと笑えば、ツィエンはやっと張り詰めた表情を壊し、良い笑顔を見せながら立ち上がる。


「魔獣狩りに連れて行ってくれるの……!?」


「可愛いお嬢さんのために、魔石をプレゼントしたいって気持ち、応援してやらないわけには、いかないからな」



 目の前にいる少女は、やっと明るい声質で「ありがとう!楽しみ!いつ行く?私はいつでもいいよ!」とはしゃいでくれる。これで、ギクシャクした親子関係への道は免れた。

 研磨機の件の問題は解決していないが、時間的に猶予ができたので、それだけでも良しとしよう。



「さて、可愛い娘にカッコいいおじいちゃんを見せてあげないとな」

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