第7話 乙女の秘密②


 魔石が割れたことについては、価値のあるものではないし、なんら問題ではない。

 ただ、確実にわたしが投げ渡したことについては、謝罪しなくてはならないことで……。


 それにしてもキャッチしたのに魔石が割れたというのはどういうことだろうか。

 いや、それよりもミラージュに、気にしなくて大丈夫だと、ひと言伝えた方がいいのではないか。

 わたしは状況を整理する暇もなく、頭の中を混乱させる意見たちに、立ち尽くしていた。

 この静まり返った状況を打開したのは、ミラージュだった。


「……から、……や……たの」


 聞き取るにはあまりにも小さすぎた声。思わずわたしは「え?」と聞き返す。


「……だから!!!!!いやだったの!」



 まさかの怒鳴り声を響かせるミラージュに、わたしは驚きのあまり、目を見開くことしかできない。怒った口調に大きな声、そしてピンクローズの瞳には涙が溜まって、眉毛は悲しそうに歪んでいた。


 いま掛ける言葉は、大丈夫だよ、ではない気がした。

 だって、ミラージュの心は大丈夫なんかじゃない。


「ミラージュ……?」


 なんでそんなに悲しそうなのか。そう問いかけたのか、問いかけなかったのかは自分でもわからない。本能的に彼女の頭を抱き寄せていた。これは、おじいちゃんがわたしを勇気づけるときにしてくれる、ぎゅうだ。

 しばらくそうして、耳元で響く鳴き声に耳を傾けていた。


 徐々に静かになって、熱を持ち始めたミラージュの頭を肩から離す。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしているミラージュは、ぼーっとした表情で遠くを見ていた。

 ハンカチを持っていなくて、わたしは自分のエプロンスカートで、大まかにミラージュの顔を拭く。そのあと、ゆっくり手をひいて、壁際の床に座るよう促した。

 いつもはお姉さん然としたミラージュが、わたしの導くままについてくる。


 しばらく床を見つめていたミラージュは、おもむろに話し始めた。


「さっき、魔石が砕けたの、どうしてかなって思っているでしょう。」


「うん……」


 あまり聞いてはいけない雰囲気だったけれども、こんなところで嘘をついても仕方がない。ためらいがちに、気になっていたことを認める。

 それに対しミラージュは表情を変えることなく、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私ね……手の力が強いの。はじめは、自覚なくて、よく物を壊したりしていたの」


 手の力が強い、と言われて床に散らばった魔石の破片を見遣る。いくら強いと言っても、まさかこの魔石を砕き割ったのが、ミラージュの握力だけとは、にわかに信じ難い。


「今はこの力も加減できるようになってきたのよ。でも、緊張したり、力んだり、驚いたりすると、うまく加減できなくなってしまうの。だから私、友達いないのよ。みんな気味悪がって、離れていったわ」


 ぐずり、と鼻をすするミラージュ。

 確かに、とても社交的な性格に思えるミラージュだが、鍛冶屋の工房にこもっていることがほとんどで、あまり外出しない。それに、わたし以外の子供と遊んでいるのを見たことがなかった。


「お茶会をしたときの椅子、なんだか形が変だったでしょう。あれは、私が曲げてしまったのよ。そのあと元の形に近づくようにまた曲げ直したのだけど」


 続けて、それも失敗したわと言ったミラージュは、ふふっと笑った。笑ったけど幸せそうな笑みじゃない。

 なんとなく、ミラージュの手を握った。



「……わたしっ、かわいい女の子でいたいのにっ……!!」


 再び涙を流すミラージュを、わたしは、なんて可愛らしいのだろうか。と思った。毎日鏡で見る自分は、可愛くいたいと願ったことはないし、可愛いと思えたこともない。魔石があって、一日中それを見ているだけで満足できる人間なのだ。


 目の前の少女は、誰が見ても愛らしい顔立ちに、それに似合った仕草をするし、弱弱しく輝くピンクローズの瞳は、優しい光を帯びている。それなのに、外見や性格に反して、手の力が強い。それを女の子らしくないと、包み隠していたのだ。


 ……なんて可愛らしいのだろうか。


 しばらくして、ミラージュはいつかのわたしのように、泣きつかれて、壁を背に眠っていた。


 その日は、なかなか帰ってこないミラージュを心配した、鍛冶屋のおやじが迎えに来て、言葉を交わすことなく、ミラージュとはお別れした。


 その晩、わたしは悩みに悩んで、あることを決行することにした。


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