第6話 乙女の秘密①
ミラージュとのお茶会から数日後、いつもわたしが鍛冶屋に行き、そこで鍛冶仕事を見学させてもらっていたのだが、今日は、ミラージュがランスの魔石店へ来る!
お店に来られると思うと、こそばゆいような、緊張に近い不思議な感覚で、いつ来るのだろうかと、時間を約束したわけでもないのに、時計を気にしてしまう。
一旦、深呼吸して商品に目を向ければ、「わたしをみて~」と魔石たちはキラキラとしている。今日もため息が出るほど美しい。ごつごつとして磨かれていない魔石は、削ったら一体どんな表情をみせてくれるのか。すでに磨かれた魔石は、それぞれ微妙に色合いが異なり、金細工に合うもの、銀細工に合うもの、どう加工したら綺麗なのか、想像するだけでワクワクが止まらない。
「ごきげんよう。ツィエン、今日はお招きありがとう」
想像をふくらませていると、いつの間にか店先にミラージュがいた。今日はふわふわの髪の毛を高い位置で一つに縛り上げており、いつもよりアクティブなイメージだ。
「ミラージュ、いらっしゃい。髪の毛いつもと違うのも似合っているね」
「うふふ、ありがとう」
いつもの挨拶を交わせば、ミラージュは照れくさそうに、目線を外して、小さな手で口を隠すようにして笑った。
いつもと違う場所だと、確かになんだかちょっと照れくさいかも。遅れてちょっぴり照れていると、ミラージュは店内を見回しながら歩き始めていた。
「わあ……私、魔石の原石を見るのは初めてですわ」
「磨く前は、あまり光っていないんだ。角度によっては、ただの石みたいにも見えるものもある」
「本当ね。なんだか不思議だわ。」
そう言って魔石の原石を覗き込むミラージュが、赤い魔石の近くに行けば、魔石の赤みが頬に色を射し、ミラージュから意志の強さのようなものが発せられるのを感じた。緑色の魔石の近くにミラージュのが移動すると、もともとの優しい雰囲気と相まって、おだやかさを感じる色合いだ。合わせる魔石の色が人物の髪色や瞳の色を際立たせたり、隠したり。それによって人物の雰囲気さえ変えるのだ。なんとも不思議なものである。
おじいちゃんと魔石は、いつもの風景になってしまって、特段何かを感じることはなかったので、これは新しい発見だ。
「ミラージュ、良かったら、手に取って見てよ」
その一言で、きょろきょろと楽しそうに店内を見回していたミラージュは、ぴしり、と急に動きが固まった。
「えっ」
ミラージュの言葉にわたしも同じく「えっ」と口から漏れ出る。
手に取って見てよ、の一言に何か問題があっただろうか。いつものおじいちゃんの接客でも、よく使われている言葉だし、変なことは言っていないはず。お値段の高い魔石については、店の奥に鍵付きで保管されているため、店頭に並んでいるものは、誰もが手に取って見ていいものだ。扱いが雑な人なんて、ひょいっと投げ置いたりもするくらいだ。
ひとしきり、自分の発言について思い返して、おかしいところはなかった、と結論付けたところで、ミラージュを見やると、顔を青くしている。
「あっ、あの、結構ですわ。緊張して欠けさせでもしたら、その、怖いですもの……」
「そう……?」
魔石はある程度硬度があるので、そう簡単に砕けたり欠けたりはしない物だけれども、そこまで顔色を変えて、やんわりとお断りされたら、これ以上勧める気にもなれなかった。
そこでやめておけば良いものの、わたしは、魔石の魅力をミラージュに伝えねば、と意気込んでいたのかもしれない。商品でなければ、ミラージュも手に取るだろう。そう考え及んだわたしは、おじいちゃんから研究・観賞用にもらった魔石を保管している、作業部屋へとミラージュを案内することにした。
「こっちに来て!いいものがある!」
揚々としてわたしは、ミラージュの手首を掴んで、半ば無理やり店の奥の作業部屋へと連れていく。
作業部屋には、おじいちゃんしか使えない研磨機が置かれており、そのほか工具やルーぺが机に放り出されているままだ。隅っこの小さめの机は比較的整理されており、机の横にある木箱の中には、お世辞にも綺麗とは言えない、ごつごつとした石ころが溢れている。これがわたしの作業・研究スペースだ。
戸惑った表情であたりを見回すミラージュをよそに、わたしは、木箱の中を漁り、少しでも見栄えのしそうな魔石を探し出す。ここまでくると、もうわたしは、ミラージュに魔石の良いところを見せてあげたいという純粋な気持ちは忘れ、なんとか原石を触らせてあげたいと、まったくミラージュが望んでいない行動を目的にすり替えていた。
よし、これがいい、と思って握った緑色の魔石をわたしはしっかり握りこむ。
「ほら、これとか!」
なんて、いつもの家庭内でやり取りをする調子でほい、とミラージュへ向かって魔石を放り投げた。
「えっ!?ええっ!?」
ミラージュは、まさかの行動に慌てふためき、その様子を視界にいれて、わたしは初めてそこで、マズイ、いつもの調子でやってしまったと気づく。
魔石は、いつものおじいちゃんとのやり取りと同じ要領で投げられたものだから、ミラージュの頭の上を通り越す位置に放られている。それでもなんとかミラージュは反射的に取ろうとして、ジャンプをした。
その手は見事に、魔石をつかみ取り、思わず、わたしがナイスキャッチ!と叫びたくなったころで、
バキャッ
とミラージュの手の中で魔石は粉々に砕かれた。
作業部屋に広がる沈黙。ミラージュに掴まれたはずの魔石が砕け散ったことに、頭の処理が追い付かず、茫然とする。視界に映りこむミラージュは顔を伏せており、表情が読み取れない。
一体、いまこの場で何が起きたのだろうか。さまざまな思考が頭を駆け巡った。
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