第5話 おともだち

 はじめて鍛冶屋に行ってからというもの、わたしは魔石を使った剣の作成とふわふわなミラージュに会えるという二度おいしい思いのできるダンベルの鍛冶店鍛冶屋のおやじのところへ週に二、三度は出入りするようになっていた。


 今日も鍛冶屋の魔石を扱っている方の工房へ行くと、ミラージュが先に来ていた。


「ミラージュ、おはよう。今日の髪留めのリボン、君に似合ってとても素敵だね」


「ツィエン、ごきげんよう。そうでしょう。今日のリボンはお気に入りなのよ」


 幼い少女たちのやりとりに、その場にいた職人は「毎回よくやるな」と言わんばかりに苦笑い。この年のころの女の子は背伸びしたい時期なのだ。レディとしての振る舞いが板についていないのも、また微笑ましい。


 毎度の挨拶を終えたわたしは、鉄のテーブルに置かれた剣、剣の鞘に色とりどりの魔石に目を落とす。


「今日は、いつもより細かい魔石がたくさんあるね」


「今回は、魔石の力を付与した剣、というより、魔石で着飾った、狩り用ではない剣の注文なんだ」


 そういって、職人の青年は、細かい魔石たちをじゃらり、と撫でる。

 あっ、そんな触り方したら、魔石が傷つきますよ、お兄さん。と思いつつも、ここは魔石店ではないので口には出さない。


 こんなにも細かくて、丁寧にカットされた魔石をふんだんに使った剣を作るなんて、相当お金に余裕のあるお家柄に違いない。魔獣を切らない、人を守るためでもない剣なんて、それはただの骨董品だ。鍛冶屋のお仕事も意外に幅広いものだと関心してしまう。


 職人のお兄さんが図面を取り出して、鞘にひとつひとつ印を付け始めたところで、ミラージュに服の袖をちょいちょいと引っ張られる。


「この剣の依頼を受けたときに、ツィエンが好きそうなお菓子をいただいたの。あちらで一緒にいただきましょう」


 午前中、おじいちゃんの魔石商でお手伝いをしたあとに、急いでここまで来たので、少しばかり小腹も空いているし喉はカラカラだ。


「せっかくだから、お招きにあずかろうかな」


 にこりと承諾の意味を込めて笑えば、ミラージュは満足そうに頷いた。ミラージュと友達になってから、丁寧な言葉遣いを話す(といってもミラージュの真似っこだが)ように気を付けている。いつかおじいちゃんのお店にお貴族様が来たら、わたしが丁寧に接客するのだ。だって、おじいちゃんは「がさつ」だから。


 ミラージュは、お客様をお通しする小綺麗な部屋……から見える中庭に案内してくれた。表から見える鍛冶屋の雰囲気から、想像がつかないその整備された空間は、ミラージュに似合いそうな花がいくつも植えられている。ちょっといびつな形をしたテーブルと椅子は、遠目から見たらそのへんの民家より良い暮らしをしてそうにみえる。鍛冶屋から聞こえる金属音とはミスマッチだが、商売には見栄って大事だと思わせる。


 座りもせずあたりを見回していると、すでにミラージュはテーブルの上にお茶の準備を始めていた。

 カップにポット、瓶に詰められた魔石みたいなドロップと小皿にのったクッキーがテーブルの上に並んで、途端にお店に来たかのように感じられる。


「ティーは私が入れますわ。ツィエンはそちらにお掛けになって?」


 言われるがまま、わたしはいびつな椅子に腰かけた。歪んでいるのか、背もたれがごつごつとしてちょっと違和感。身を乗り出してテーブルの上の瓶詰の中の魔石ドロップをみる。ジュエリーのように形が整えられたそれは、くすんだパステルカラーだ。輝きはないので、魔石ではなさそう。


「ふふふ、やっぱり釘付けになると思いましたのよ」


 ミラージュの想像通りの行動をとってしまったらしいが、ミラージュが満足そうなので良しとしよう。彼女が入れたティーはあまり香りがないものだ。冬以外で温かい飲み物はあまり飲まないが、これがきっと平民より良い暮らしをしている人たちの普通なのだろう。だって寒くもないのに、魔石や薪をくべて火を熾すなんて、わたしたち平民には思いつかないことだ。


「ジュエリーみたいなこれ、お砂糖菓子ですのよ」


 瓶の蓋をあけて、「おひとつどうぞ」とミラージュはその瓶を差し出した。青にピンクに黄色、色とりどりのそれは、荒く研磨して、水で洗い流す前の魔石に似ている。わたしは、黄色の細長いものを選んだ。

 まずは、ひとくち。歯をたてると思ったよりも硬くないそれは、パキッと簡単に砕けた。口に広がるのは、レモンのような爽やかさと、砂糖菓子特有のじゃり、とした触感と後をひく甘ったるさだった。いつまでも残る甘さに、わたしは思わずティーで流し込む。味気のないティーがちょうどよく口の中の甘味を中和してくれた。


 おいしいものではないな、という思いが全面に出ていたのか、ミラージュはくすくすと笑う。


「好みでない場合はこうして、ティーに入れて溶かして飲むといいわ」


「なるほど」


 言われたとおりに、カップの淵から砂糖の塊を滑り入れると、ぽちゃんと音をたてて底に沈む。ジュエリーの形をしていたそれは、あっという間に溶けてなくなる。ティースプーンでくるりと2回ほどかき混ぜてから口をつけたティーは、ほんのりとレモンの爽やかさが加わり、なんともお高そうな味へと変貌をとげる。


「ん。おいし」


 砕かれたナッツがはいったクッキーをつまんで、お洒落な味のするティーを流し込む。ちょっと甘ったるい組み合わせだけれど、贅沢な味だ。

 ミラージュは満足そうにクッキーを頬張っている。幸せそうな顔をする子だと思う。わたしはティーに写るあんまり表情の動かない自分をみた。なんかいつも眠そうだ。べつに眠くないのに。


 ねえ、ミラージュは、もっと女の子らしいことお友達にならなくていいの?


 ふと思い浮かんだ言葉は口にはしなかった。

 わたしは、レースがたくさん付いたスカートは、汚しそうで怖いからあまり着たくないし、髪の毛のお手入れは時間がかかるから、ずっと短いままだ。きっと、女の子らしい子ならば、今日のこのお茶会はもっと華やいで盛り上がったことだろう。

 そうは思うものの、目の前の少女を見ていると、目があえば、にこりと微笑みを向けてくれる。

わたしの視界に映る世界は、十分幸せに満ちているので良しとすることにした。


「ミラージュ、今度は、うちに遊びに来てね」


 魔石しかないところだけど、キラキラに溢れていれば、何の問題もないだろう。


「ええ!楽しみにしておりますわ!」


 帰路につきながらわたしは、自分好みの魔石にも似た砂糖菓子をふるまってくれたミラージュに、きちんと御礼を言っていないことを思い出した。ああいう場所でさらっと御礼を言うとしたら、どんな風に言うのだろうか。と一人悶々としたまま家の扉をくぐるのだった。


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