第4話 鍛冶屋のおやじ


 きのうの魔石事件のあと、わたしは、その場で泣き疲れて眠ったはずなのに、気づいたら、ベッドの上で眠っていた。おじいちゃんが運んでくれたんだろうけど、なんだか素直に喜べない。人の話も聞かずに突き放しておいて、ベッドまでは運ぶなんて。かわいそうだと思っての行動なら、まずは理由をちゃんと聞いてほしかった。

 そして、わたしは、しっかり反抗的な態度を示して、おじいちゃんを困らせよう作戦を決行することにした。


「ツィエン、店を開くぞ」


「わたし、お店に立たなくてけっこう。って言われたから」


 つーん。と、顔をそむける。

 ちらりとおじいちゃんの表情を盗み見る。……焦ってる焦ってる。子どもだからって寝て起きたら嫌なことをすっかり忘れている、なんてことはないんだからね。


「じゃあ、家で留守番できるか?」


「おじいちゃんとは約束したくない」


 わたしは固まるおじいちゃんを横目で確認してからパンを食べ始めた。

 パンを牛乳で流し込んだところで、おじいちゃんが、店の方から元気なく顔を覗かせた。



「今日は、店は開けずに、鍛冶屋に魔石を卸に行くぞ~……」


 鍛冶屋、と来ましたか。剣や盾、狩人ハンターが使う武具に魔石が使われることがある。ただ、魔石は狩人が買って鍛冶屋に頼むか、鍛冶屋の人が魔石を調達して鍛冶作業するかのどちらかがほとんどのため、どんな魔石がどうやって使われているのかは、わたしも知らない。


「行く」


 これは、おじいちゃんを困らせよう作戦はいったん休止だ。だって未来の魔石商は勉強をしなくてはいけないのだから。でも、ちゃんと言葉数は少なく。まだいつも通りのわたしではないことをきちんとアピールしておくことは忘れない。



 店を閉めて、お出かけする支度を整えたわたしたちは、街の通りを中心街から逸れた方向に進んでいく。中心街とはまた違った活気が溢れる通りが見えてきた。煙とともに焦げたにおいが、カンカンと甲高く響く音にのって、鉄分のにおいが。そして豪快な笑い声や、怒声にまぎれた男たちの汗のにおいまでもが通りに届いてくる。わたしは不思議とそれが心地よく感じられた。


 おじいちゃんは迷うことなく、その通りを突き進み、一際大きくて洒落っ気など皆無な店に入っていく。わたしは恐る恐るガバリと開け放たれている扉から、中の様子を伺い見る。

 中は家のように木や石の床材は敷かれておらず、地面がそのまま続いていて、熱気が籠る空間だった。奥に設置された炉からオレンジの熱が放たれて、中の景色はゆらいでみえた。その炉の手前では、腕がやたらと太い男たちが、せっせと汗を垂れ流しながら働いている。


 今までに見たことのないその光景に目を白黒させていると、いつの間にか、おじいちゃんは一人の男の人と話し込んでいた。相手の男はおじいちゃんよりも若そうに見える。じいっと二人を観察していると、男がこちらに歩いてくる。


「はじめまして、俺はここの鍛冶屋の親父をやってる。この隣の工房で、魔石をつかった剣を作ってるよ。行ってみるかい?」


「はい!!」


 魔石という言葉に反応して、自分の自己紹介と挨拶なんてどこかに飛んで行った。この時にはすでに、おじいちゃんとの仲違いなんて忘れていた。子どもは目の前のことを吸収することで手一杯です。


 おじいちゃんは注文を受けていた魔石を卸すとかでその場で一旦お別れだ。わたしはウキウキして、鍛冶屋の親父についていく。

 隣の工房は、さっきいた場所に比べるとほとんど熱気がない。鉄のテーブルがいくつか置かれており、地面には細かい金属片が飛び散っている。


 鉄のテーブルのひとつに、剣と魔石とを手に睨めっこしている男の人がいる。緑の魔石だ。色は深みがあるけど少し濁っている。見た目よりも性能を重視して、表面を磨いていないのかな。全然キラキラしていない。

 魔石に見とれて歩みを進めていたため、テーブルの近くに来るまで、そこにもう一人いることに気づかなかった。難しい顔をした男の人の影に隠れて、同じ年のころの少女がこちらに気づいて、大きな目をぱちくりとさせる。


「ミラ、今日もここに来ていたのか。こちらはお客さんだよ。ランスのところのお嬢さんだ」


「ツィエンです。はじめまして、こんにちは」


 事務的に挨拶をして顔をあげれば、目の前の少女は、にこりと微笑む。


「ご挨拶ありがとう。鍛冶屋ダンベルの娘のミラージュです」


 そう言って、スカートの裾をつまみ上げて、片足をひいて、片手は胸の前に。それから首をかしげるかのように頭をさげるのだった。


 挨拶なんて、おじいちゃんの店に来た狩人ハンターが、片手をあげて「よっ、やってるか」しか見たことのないわたしにとって、その少女の一連の動作は、それは一体なんですか?の状態だ。呆気にとられていると、目の前の少女はさらに追い打ちをかける。


「いつも父がお世話になっております。年も近そうですわ。仲良くしてくださいね」


 ふわふわとウェーブがかった薄い金色の髪に、可愛らしいピンクローズの瞳を細めて、その少女はわたしに満面の笑みを見せつける。同い年の子供とは思えない見事な社交辞令に、わたしはとても気分が良かった。社交辞令なんて言葉も知らないわたしにとって、「目の前の少女がわたしと仲良くしたいらしい」という優越感をもたらすセリフでしかなかった。

 そして、この時はじめて人間に対して、なんて愛らしいのだろう、という感情をもったのだった。


 そしてこの日は残念ながら、鍛冶職人さんのアイデアが浮かばなかったため、魔石を使った剣の作成は見ることができなかった。それでも可愛らしい少女との出会いに、わたしはご機嫌で、それをみたおじいちゃんもほっと胸を撫でおろすのだった。

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