第3話 未来の魔石商

 月日は流れて、一年ほど大人に近づいたわたしは、キラキラのお店に立たせてもらえるようになっていた。カウンターの後ろに立ったところで、お客からは姿さえ見えないので、もちろん店番にもなれていないのだが。それでも、お店に来る人からかわいい看板娘だと言われて得意げになっていたのだ。


「よーう、ランス。今日はフレアドッグが大量に狩れたんでな、買い取ってくれ」


 呼ばれたじいじ……おじいちゃんは、胸ポケットからルーペを取り出す。光を当てながら赤い魔石をひとつひとつ確認していく。そのときのおじいちゃんが一番かっこよくてわたしは好きだった。でももっと好きなのは、この「魔石」のキラキラ感だ。

 赤いのに、光が当たるときらり、別の位置からみると、またきらり。「赤いけど、赤いだけじゃないのよ」といろんな赤や輝きをみせてくる。そうやって魔石はわたしをゆうわく誘惑するのだ。


 ほう・・・。とため息をつくと、横からぷっ、と吹き出すような笑い声が聞こえた。顔をあげれば、魔石を売りに来た男の人の硬い手が、わたしの頭を揺らすように撫でた。


「この歳で魔石に惚れ込んでるなら、未来の魔石商候補だな」


 未来の魔石商……!なんて素敵な響きだろうか。「ランスの魔石店の看板娘」よりカッコいい。大人になったわたしが、ルーペを持って魔石を鑑定する姿を妄想する。

……とてもいい。


「おい、頼むよ。最近やっと俺の許可が出る前に魔石に触れるなって約束を覚えたんだ。この子を煽るようなことを言ってやるな」


「わはは、すまんすまん。じゃ、代金はまた明日にでも取りに来るよ」


 そう言って狩人ハンターの男は店を後にした。


「……未来の魔石商だって」


 そう言っておじいちゃんを見上げると、困った顔でいつものはにかんだ笑みをみせる。


「まあ……まずは、ルーペから、だな」


「ありがとう!」


 おじいちゃんの商売道具、ルーペを触らせてもらえる許可が出たわたしは、カウンターの上で飛び跳ねる。わたしからすると、ルーペは魔石商の秘密道具のうちのひとつなのだ。

 こうしてひとつひとつ、地味で小さな出来事を重ねて、わたしは着実に未来の魔石商になるための道を歩みはじめていたのだった。

  

 


 それからというもの、わたしのブームは、おじいちゃんからもらったルーペで魔石を見ることだった。ルーペを自分の目に精一杯近づけて、魔石を近づけたり、離したりして、ピントを合わせる。そして光の当たり方を変えながら、魔石を持つ手を動かせば、そこは、色鮮やかな輝きの世界に包まれるのだ。


 見とれてしまってしばらく口が開きっぱなしになるのはご愛嬌。


 店に売られてくる魔石は、ごろっとした岩のような塊で、ところどころキラキラが飛びでているだけで、あまり綺麗ではない。それもおじいちゃんの手にかかれば、岩の部分が取り除かれて、全面がキラキラに仕上がる。わたしはその岩を取り除いたあとのキラキラをこうして覗かせてもらえるようになったのだ。


 魔石はひとつひとつ色も違えば、輝き方も違う。さらに、おじいちゃんのようなプロになると、その魔石のもつ魔力が多いとか少ないとかがわかるらしい。わたしはまだ、魔力がなんなのか良くわかっていない。今はキラキラを楽しめればそれで良かった。



 ルーペを使って魔石を見るようになって、はや数か月。わたしは緑色の魔石に釘付けになっていた。緑色の魔石のなかに水のような、液体のような、動かすたびに、光の当たり加減とはまた違ったなにかが魔石の中を漂っている……ように見える。

 いま、お客さんが来ていて、この場にはわたししかいない。おじいちゃんがお客を連れて店の奥に行ったときは「商談中」だから話しかけてはいけない。

 この魔石の表面を削れば、中の漂っているものの正体がわかるだろう。でも、研磨機は危ないからと、まだ触らせてもらえていない。こうなったらもう、方法はひとつだ。



 がきんっ



 そう。こういう時は、じつりょくこうし《実力行使》に限る。研磨機が危なくて使えないのだから、一度魔石を割ってしまえばいいのだ。

 砕けた魔石の大きい欠片を丁寧に寄せ集めて、さきほどの漂っていた物体を含む欠片を探す。真剣になって魔石と睨めっこしていると、奥からおじいちゃんが戻ってきた。


「おーい、ツィエン。さっき、すごい音がしたんだが……って」


 ハンマー片手にするわたしと、床に散らばった緑の魔石の欠片たち。

これは。この状況をみたら子どもがいたずらしたように見えてしまう。ワケを話さなくては。


「……あ。えっとね、魔石の中に何か入ってたから、それで……」


 おじいちゃんは全部を聞き終わる前に、頭を抱えて大きなため息をついた。

いやいや、違うんですって、わたしは魔石でいたずらしようと思ったわけではなくて、調べようとしただけなんですよ?と思いつつも、喉が固まって言葉がでてこない。


「今日はもういい。店は閉めるから、部屋に戻ってなさい。割れた魔石には触れるんじゃない」


「おじいちゃん、ちがう」


「何も違うことはない。ツィエンは商品を売れないガラクタにしたんだ。売り物を大事にできない奴は俺の店に立たなくて結構だ」


 そう言って、おじいちゃんはわたしの方に目もくれないで、お店の扉に鍵をかけてカーテンを閉める。そしてそのまま、お客さんが待つ部屋に戻っていった。


 取り残されたわたしは、たぶん泣いた。おじいちゃんに怒られたからじゃない。魔石商として、魔石のことを知りたかっただけなのに。それなのに、理由も聞かずに、店に立たなくていいなんて。割ったかもしれないけど。それは、わたしにとって必要なことだったのだ。


 そのうちに、だんだん悔しいような悲しいような、ごめんなさいという気持ちもで出てきて、自分の感情についていけなくなったわたしは、その場で泣きつかれて寝てしまった。

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