第二章 八時五十五分、校長の変 #3
「夏間先輩が願いを……」
「夢向から聞いたって言ってた。本当なのか?」
海瀬は窓から和籠高校の全景を見渡しながら訊ねる。機能棟は何故か七階層から伸長して、十階建ての建物になっていた。
「……うん、ごめん」
言いにくそうに夢向は答える。信じられないくらいのしおらしさで、誰と話しているのか忘れそうになる。
「まぁ、別に俺も口止めはしなかったしな……どうせ独り占めにして、誰にも喋らないと思ってた」
「独り占めって……そんなこと、しない!」
海瀬の余計な一言で、夢向はムキになって普段の調子を少し取り戻した。窓の外から目を外して振り返ると、いつもの押しの強そうな視線とかち合う。
「夏間さんはOMCの先輩。ちょっと、色々と恩があって、それを返したかっただけ」
たった一息の台詞にあまりにも情報が多すぎて、海瀬は眩暈がしそうになった。
「んんん……ええ、夢向ってOMC部なのか?」
「元々ね。和籠高も、願いが叶う秘密があるっていうから入学したの」
「ツッコミどころはあるけど、それはまあわかるからいいとして、夏間先輩も?」
「夏間さんは名前だけの人。でも、生徒会との兼ね合いでよく顔を見せてて、それで知り合ったんだ」
OMC部は名簿上は大規模な組織なだけに、運営していくには学校側との関わりは重要になる。どちらにも顔の利く生徒がいれば、面倒の起こるリスクを減らせるというわけだ。
夢向は目を伏せがちに続ける。
「私、OMCの中で相当浮いててさ。願いごとにガッつき過ぎって言われてて。今のOMCって、願いごとが叶う、っていう奇跡を、高尚に祀り上げようとしてるの。その態度が本当に無理で、でも、OMCにいないと叶える方法は見つからないって思って、行くだけで吐きそうだったけど無理に通い詰めてた。それを夏間さんが助けてくれた」
「相談したのか?」
「ううん。突然、呼び出されて……ここにいなくても叶える方法は探せる、って言ってくれたんだ。それで、私は辞めるって決心して、一学期でOMC部を退部した」
だから、海瀬を追い回す時、なんだかんだ情報が無意味に広まることがなかったのだ。潜在的な二四〇人のOMC部員に下手に知られれば、海瀬はあっという間に囲われ、願いを叶える方法はOMCの面々にすっぱ抜かれていただろうから。
「それが、恩、なあ」
海瀬は釣り上げられた魚のような気分だった。亡き父とのストーリーが横たわるモロクロ石の本当の意味での秘密は、すっかり夢向に私物化されてしまっている。
当初、願いの叶え方を聞かれた時に二つ返事で教えなかったのは、まさに父との絆とも言うべきこの秘密に、ずかずか踏み込んでくることを恐れたからであり、結局半日経っただけでこのざまというわけだから、海瀬の気分は沈んでいく。
「そう。で、でも、聞いて」
その心の機微に気がついたのか、すがるように夢向は言う。
「私、夏間先輩の願い、教えてもらってたから。叶えて欲しくって」
「夏間先輩の願い……」
海瀬は直近のティーチングで、夏間先輩自身の口からその願いを聞けなかったことを思い出す。想像のかなたにあるそれに、思いを巡らせたことも。
「願いを叶える方法があるのは、願いを叶えたいと思う人がいるからだよ……だから、本当に何かを願ってやまない人に、その方法を教えるのは間違ってない! そうだよね!」
夢向はまっすぐに海瀬を見据えて、まくしたてる。確固とした意志が、その全身から滲んでいる。願いには叶えを。夢向はただ、それだけの原理に突き動かされていた。いい意味でも悪い意味でも、その真っ直ぐさに海瀬は言葉を失う。
──海瀬くん……あの学校、マジに願い叶うよ。
フラッシュバックするゆうこの台詞。そもそもの諸悪の根源。
ただ、それも、願いを秘めた海瀬の背中を押すためのものだったと思えば。
夢向の眼差しに釘付けになっていた海瀬は、やがて苦笑を一つ漏らして、言った。
「それなら……黙ってやらないで、事前に言ってくれよ」
途端に、夢向の威勢はみるみる萎え、電車で切符を失くしちゃった小学生みたいな上目遣いになって、
「うう、昨日は興奮してたから……ごめんて」
「いいよ。俺もあの人には願いを叶えて欲しいって、思ってたしな」
「ありがとう……」
海瀬の言葉に、夢向は安堵の表情を見せた。
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