第13話 切符
僕には好きな人がいたんだ。
やんちゃだったけど、自分が犠牲になろうとも、人の為に動く正義感の強い子だった。
彼女に恋したのは小学生の頃だった。
学生服を着た年上の子達に囲まれて、危うく財布を取られる時、彼女がなりふり構わず助けに来てくれた。
「あんたら、下の子から財布を取ろうとするくらいお金に困ってるんならお母さんのお手伝いでもすればいいでしょ!楽しようとすんな!」
彼女の凄い剣幕とその言葉に、年上の子達はバツが悪そうに去っていった。
夕日に照らされた黒いショートヘアと、僕よりほんの少し高い背がとてもかっこよく見えて、
憧れにも近い恋心を抱いた。
数年後、僕達は地元の中学校に進学した。
彼女は男の子と見間違えるほどのショートヘアを綺麗に伸ばし、あの頃のような勝気な見た目が華やかな女の子らしい風貌へと進化していた。
「ねぇ、聞いて。私また告白されちゃったの、そんなに可愛いかなぁ?ねぇってば!」
そう言ってクシャッと笑う君の笑顔は変わっていなかったけれど、僕が恋したあの時の君の面影は少しも無くて、僕はとてもむず痒い思いをしたのを覚えている。
そのまま僕達は地元の高校に進学して、卒業する頃、僕の東京行きが決まっていた。
「私は愛媛に行くんだ、愛媛ってみかんが美味しいんだっけ?あれ?ゆずぽん?」
「愛媛はみかんで合ってるよ。」
駅のホームでそんな馬鹿みたいな会話をしていたら、東京行きの電車が到着した。
「ねぇ、また会えるかな?」
少し悲しそうなその表情はどんな気持ちを表していたんだろう。
「あのさ、たまにこっち帰ってきたら遊ぼうよ。」
その震わせた声に、僕はなんて応えたらいい?
「私、ずっと言いたい事があったんだ。」
タイミング良く、電車がホームに走り込んでくる。
「成人式!来るよね、その時にまた言うね!」
わかった、と返し僕は電車に乗り込んだ。
あの時の僕は馬鹿だな。時間ギリギリまで待ってやれば良かったのに。
あれから2年後、今僕は地元行きの切符を目の前に頭を抱えている。明後日は成人式だ。
迷わず帰ればいいものを、僕は怖くて踏ん切りがつかなかった。
あの時の表情、声であの子が何を言いたかったか、分からないほど僕も鈍感じゃない。
あの子は僕のどこを好きになったんだろう。こんな何の取り柄もない、好きな女の子が待っている地元に帰ることを迷うような男に。
そもそも、僕は今あの子の事を好きなのだろうか。僕が好きになったのはあの日の君だ。かっこよくて、怖いもの知らずで、いつも僕に手を差し伸べてくれた。
僕はどうすればいいんだ、僕は……
僕は日が暮れる頃まで迷った。僕は意を決して、まとめていた荷物とコートを脇に抱えて家を出た。
終電の2本前の電車に乗り込む。20歳を迎えて大人っぽくなったあの子は、今頃どんな顔をして僕を待っているのだろうか。
ギリギリのところで地元について、真夜中に来たことを両親に少し怒られてしまった。
そんな中、学生時代の友人たちからLINEが届いた。
『明日の夜から集まって飲もうって話があるんだけど、お前もくるか?』
僕は2つ返事で行くと返信し、そのまま身体を休めるために眠りについた。
翌朝、母が料理をしている音で目が覚めた。炊きたてのご飯とお味噌汁の匂いを久しぶりに嗅いだ気がする。
「母さん、今日は夜から友達と飲みに行くから夕飯は要らないよ。」
席について、まともな朝ごはんを目の前にし、ようやく地元に帰ってきたことを実感した。
そして、夕方を過ぎ、友人達と待ち合わせをした場所に向かう。
立ち並んだ商店や、昔ながらの駄菓子屋を見てここもそう変わっていない事に安堵した。
「いや、2年じゃそうそう変わらないか。」
1人でツッコミをして、遠くで手を振る友人達を見つけて走り出した。
「お待たせ!ごめん遅くなって。」
「いやいや、しょうがねぇよ。真夜中に着いたんだろ?気にすんなって。」
少し大人っぽく見えた友人達だが、ノリや性格は学生時代と変わらず、とても心地よい気分になった。
居酒屋に入り、座敷席へ案内される。
「お前誕生日2月だろ、酒頼むなよ。」
「タバコ始めたのかよ!かっこつけんなって。」
「なんかカクテルのメニューよく分かんねぇ名前ばっかだな。適当に頼むか。」
「最初は生だろ!カクテルとか女かって!」
他愛もない会話をしながら、程よく酔い始める頃、僕は衝撃の事実を知ることになる。
「そういや聞いたか?あの2組の子。お前好きだって言ってたじゃん。」
「あ!結婚したんだっけ?」
友人達のその会話を聞いて、思いっきり酒を吹き出してしまった。
「うっわ!なんだよお前きったねーな。」
おしぼりで辺りを拭く友人達に構わず、咳き込みながら僕は聞いた。
「いつ結婚したの?」
「あ?あー、確か半年前だったかな。」
「20歳で結婚とか早すぎだよなー。ビッチかと思ったし。」
そこからは覚えていない、ただ黙って酒を飲んでいただけのような気がする。
家に帰って枕を抱いて、声を殺して涙を流した。きっと僕を待っていてくれるだろう、そんな淡い希望を抱いていた事がすごく恥ずかしかった。
翌朝、僕は地元を後にした。両親や友人達からはせめて成人式に出たあとでいいんじゃないかと散々引き止められたが、今の僕にはあの子に会う勇気がない。
流れる山と田んぼを車窓から見つめ、僕は失恋の余韻に浸っている。
アネモネ恋話 ジョボバンタ竹田 @huduki_0817
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