第12話 初めて
私は恋が分からない。周りの女の子が隣のクラスのイケメンの話をしていてもいまいち理解ができない。
クラスの男子が他校のかわいい女子の話をしていても興味すら持てない。
私はいつ恋とやらを経験できるんだろうか、そんな事を思いながら今日も先生の声を子守唄に夢の中へ沈んで行った。
しばらくすると後頭部に鈍い痛みが走る。
頭をさすりながら顔をあげると、真横に先生が立っていた。
「おい、授業中だぞ。何気持ちよさそうに寝てるんだ。」
「いやぁ、すいません……。」
言い訳ができるような場面ではないからとりあえずへらへら笑ってやり過ごす、しかもこの先生は女子生徒人気ナンバーワン。
変に目をつけられない為にも、これが1番楽な生き方なんだろうと最近悟った。
「すいませんじゃないだろう。次は気をつけるんだぞ。えー、次は教科書38ページの羅生門から初めてくれ。」
そう言って先生はまた黒板の前に戻って授業を再開した。
「もー!まじ先生かっこいい!!」
昼休み、中庭の木の下でお弁当を食べながら友人の話を聞く。
正直言ってこの手の話題は苦痛でしかない。
「あー、そうだね?」
「ねぇ!あんたもそう思うよね!切れ長の目で高身長!メガネ男子!まじで結婚できる女の人羨ましくない〜!?」
「え、結婚すんの?」
口に運びかけたたこさんウィンナーが膝の上を転がった。
クリーニングに出したばっかりの制服にケチャップがついて最悪の気分になった。
「そーだよ、来年の三月に結婚すんだって。奥さんのお父さんがやってる有名塾の講師になるって噂だったな。」
「……まじか。」
特に今まで意識をした事はないが、やはり見知っている教師がいなくなる事は寂しいものなのか、午後の授業は何も頭に入らなかった。
それから月日が経った。
この文化祭の日まで、私の頭は先生の事でいっぱいだった。
黒板に文字を書くその手が綺麗で、教科書を読み上げる声が透き通っていて、横切る時に香る花の匂いがくすぐったかった。
その手で私の頭を撫でてくれないのか、その声で愛を囁いてくれないのか、その匂いは誰の匂いが移ったものなのだろうか。
「文化祭実行委員、何をサボっているんだ。もう片付けの時間だろう。」
窓辺にもたれかかって考え事をしていると、その隣には恋焦がれた彼がいた。
私は先生に向き直って、聞きたかった事を、いや、ずっと言いたかったことを言った。
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめしに 我ならなくに」
今にも泣きだしそうな震えた声で、今までの想いを伝えた。
先生は一瞬だけ目を丸くして私を優しい笑顔で見つめた。
「古典は万年赤点のお前が、急にメキメキと成績を伸ばしたと思ったら、そういう事か……。」
先生は、少し考えるように腕を組んで下を向いた。
思いついた顔をしてまた私を見つめると、薄い唇を動かした。
「若芽には 見上げる空を 仰ぐより 共に添いとぐ 若草を見よ」
ドヤ顔で和歌を即興で作った先生がとても可愛かった。
「……下手くそですね。」
「お前も百人一首から取ったもんだろう。同じようなもんだ。」
「どういう意味なんですか?」
「先生と生徒だからな。こんなおっさんより1個か2個上の先輩の方がお似合いだよ。」
私は先生が良かった。
その言葉を飲み込んで、私の恋はこれで終わりにしよう。
「思ひわびて さても命はあるものを 憂きに堪へぬは 我が涙なりけり
初めての恋を教えてくれて、ありがとうございました。 」
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