第9話 好きだからこそ
私には好きな人がいる。県を4つも跨いだ遠くに住んでいる人だけど、電波を通せばすぐ近くにいる。
「好きだよ。世界で1番愛してる。」
彼と電話していた時、終わり際にそう言ってもらえた。普段はおちゃめな彼が真剣で、でも優しい声で囁いてくれた。
「私も、好きだよ。」
震えた声で、精一杯の想いを伝えた。電話の向こうで彼が小さく笑う声が聞こえる。
「じゃあ俺ら付き合っちゃおうか。」
その声に心臓が跳ねる。それと同時に悲しみが込み上げた。
「ごめん。」
一言そう告げると、彼は悲しそうな声で「そっか、またね。」と通話を切った。
一番好きな彼と付き合えない理由、私のせいだ。
私は世間一般的に言う性にだらしない女なのだろう。経験人数はもはや両手に収まらず、並大抵のシチュエーションは経験してきた。
「こんな穢れた私で彼に幸せにしてもらおうなんておこがましい。」
その日は濡らした枕で眠った。
朝方、メールを確認すると彼から通知が来ていた。急いで開くと『昨日はいきなりごめん。』とだけ送られていた。
すぐに『こちらこそ、ごめん。』と送り返す。
彼にはまだ私がそういう女だということを話せていない。
こんな事を話せば幻滅する。彼は浮気をされた経験がある人だ、絶対に迷惑や心配をかけさせてしまう。
好きだからこそ、付き合えないんだ。
そんな事を考えていると、彼からの通知が響く。
『付き合えなくても、気持ちは変わらないよ。』
その言葉に胸を締め付けられた。彼への罪悪感だろうか、過去への呵責だろうか。
いや、どちらもだろう。そして、また彼の事を好きになったんだろう。
『私も、好きなの。だけど、付き合えない。ごめんなさい。』
私はその一言を送って、そっと携帯の電源を落とした。
両想いなのに告白を断った頭のおかしい女を彼はどう思っただろうか。
それだけで胸がいっぱいで、泣き腫らした両目から涙が滴る。
「過去の事がなければ、こんな事もなかったのでしょうか?」
神に祈るように泣く私を抱きしめてくれる人はいない。
いっそ彼に伝えてしまおうか。
私は1度置いた携帯を取り、画面を開いた。
『実は私、複数人と関係を持った事があるの。』
とうとう彼に事実を言ってしまった。その後の彼の反応が怖くて生きた心地がしなかった。
しばらくして通知音が鳴る。恐る恐る画面を開くと、彼ではなくいつだったかに登録したサイトの広告だった。
私は安堵のため息をついた。それからすぐに別の通知音が鳴る。
彼だった。
『それは過去の君だろう。僕は今の君を愛しているんだ。』
その言葉にもう一度泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます