第7話 思ひ出


寒風が吹き始める秋の夜。布団にくるまってなかなか寝付けない孫が私の初恋の話をせがんできた。


「おばあちゃんっておじいちゃんの前に恋したことある?」


「そうねぇ、1回だけあるわよ。さぁ、今日はあなたのだぁい好きな白雪姫を読んであげましょうね。」


「え〜!絵本はもう飽きたよォ。それよりおばあちゃんのその初恋の話聞きたい!」


「はいはい。そうねぇ、どこから始めましょうか……。」


それはススキが沢山揺れる季節の事でした。私はその時とっても仲の良い男の子のお友達がいました。

どこにいても何をしてもその男の子と一緒に遊んでいました。


ですが、別れというものは突然来るもので、父の転勤が決まり急遽都会へ引っ越すことになりました。


『ねぇねぇ、今日はどこで遊ぶ?野原で追いかけっこでもしようか。』


そう無邪気に話しかける彼の前で、私は素直に笑えませんでした。


『私ね、都会に引っ越すことになっちゃったんだ。』


そう告げると、彼はとても寂しそうにして言いました。


『いつ引っ越すんだい?お見送りに行くよ。』


『実は、あと1週間でさようならしなくっちゃならないのよ。なかなか言い出せなくて……。』


『そうか、それならうんと遊んで、うんと楽しい思い出を残そうよ。』


その日から今まで以上に楽しい思い出になりました。初めて電車に乗ってお出かけしたり、たくさんのプレゼントをくれたりしました。

中にはセミの殻やバッタなんかもくれたりして、女の子が喜びそうにないものもありましたが、私には大事な大事な宝物になりました。


「そのセミの殻やバッタはどうしたの?」


「持っていく時に壊れちゃったり、バッタは生きていたから外に逃がしたわ。それでね……」


とうとう1週間も終わり、彼は約束通り家の前に来てお見送りをしてくれました。


『じゃあ、元気でね。』


『うん、たくさんのプレゼントをありがとう。』


『会いに行くよ。』


『ダメよ。この前のお出かけなんかよりよっぽど遠いんだから。子供だけで来たら危ないわよ。』


『じゃあ、大人になったら会いに行くよ。』


『それまで私の事を覚えているかしら。』


『絶対に忘れたりなんかするもんか。僕はずっとずっと君の事好きだったんだから。』


それは私にとって初めての告白であり、初めて両思いだとわかった瞬間でした。


『ありがとう。私も大好きよ。でも離れ離れになっちゃう前に言って欲しかったわ。』


『離れ離れになるなんて思いもしなかったんだから、しょうがないだろう。』


『それもそうね、じゃあ。また会える日まで、さようなら。』


『さようならなんてしたくないよ。』


そう言って彼は大粒の涙を流して私を抱きしめたの。


『ダメよ。泣かないで。私まで泣きたくなっちゃうじゃないの。』


気づいたら私も涙を流して彼を抱きしめていたわ。


それでも引越しが変わる訳でもないので、私は車に乗り込み後部座席の窓から身を乗り出して彼に大手を振ってお別れしました。


彼はずっと、ずうっと手を振っていました。走って転けてもずっと『またね!またねー!』と叫びながら。


月日は流れ、私は大人になりました。その時、駅で彼とばったり会ったのです。


『会いに来たよ。どうだい、僕もちゃんと大人になったろう。』


『昔と変わらないのね。すぐにわかったわ。』


それから私達は子供の時みたいにまたすぐ仲良しになりました。


「それが今のおじいちゃん??」


「いいえ、おじいちゃんとは別の人なのよ。」


程なくして、今のおじいさんとの婚約が決まり彼とはまた疎遠になってしまいました。


「その人は今どうしているの?」


「さぁねぇ、他の方とご結婚なさったんじゃないかしら。」


空を見上げると満月が高く登っていた。


「さぁ、もう寝る時間よ。灯りを消すわね。」


「え〜、もう終わり?」


「えぇ、終わりよ。……でもね、彼に貰ったプレゼントの中にお出かけに行った時に買ってもらったおもちゃのネックレスは今も引き出しにしまっているわよ。」




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