第6話 鍵
飲み屋街の一角にある店、そこは俺達の憩いの場だった。
「っか〜〜!!な〜にがハロウィンだ!な〜にがクリスマスだ!まだ9月だぞ!ハロウィンだのクリスマスだのおせちだの先取りしすぎなんだよ!!!」
ビールジョッキ片手にキレ散らかすのは中学時代からの同級生、俺の『初恋』の人だ。
「街にカップルが増えるわ仕事は繁忙期だわでやってらんねぇよマジで!」
「彼女に逃げられるしな。」
「うるせぇ!だあってろ!!」
「お前酒飲むとキレるのやめろよ。それが原因なんだろ?」
「黙ってろって言ったろ!童○メガネ!」
彼にデコピンを食らわせると「あでっ」と声を漏らしうめき声を上げながらうずくまった。
「しかしなぁ、お前も毎度毎度女に逃げられてどうすんだよ。毎回クリスマスに付き合わされる俺の身にもなれよ。」
本当にそうだ。俺はこいつへの想いを未だに捨てきれていない。
「だァってさ〜クリスマスに1人も寂しいじゃん。」
ブツブツと人差し指で机に円を描きながら駄々をこねるこいつを横目に焼酎に口をつける。
「そうだ!お前俺と付き合わねぇ??」
突拍子も無い提案に思わず酒を吹き出す。
「うわ、きったねーな。」
「お前いきなり変なこと言うなよ。」
口元を袖で拭いながら赤らんだ顔を隠す。
「いや、いいと思うんよ。俺ら普通に長い付き合いだしお互いの事ほとんど知ってるし?」
「男同士だろ。」
いくら世の中に男同士の恋愛があると広まったところで、偏見というものはなかなか払拭されない。
かく言う俺もその偏見のせいでろくに恋愛ができていない。
「お前だって女ができてもすぐ別れるじゃん。俺と似てるじゃん。」
「酔ってても言っていい事と悪いことあるぞ。」
しばらくして程よくお酒が回ったところで帰る支度をした。
だがしかし、こいつが酒に酔うとすぐに寝るのがいつもの流れだ。
慣れた手つきで上着をきせ、タクシーを頼んだ。
担ぎながら店の前でタクシーを待っている時だった。
「お前今日俺ん家来ねぇ?」
呂律が回ってなく、ふにゃふにゃとした声だったがこいつは確かにそう言った。
「わかったよ。」
ため息混じりにそう言うと、彼は「やったァ〜」とまた瞼を閉じた。
タクシーが着いて放り込むように彼を乗せる。
街道を走るタクシーから見える風景が今日はやけに綺麗だと思った。
マンションをエレベーターで上がって彼の部屋の前に着く。
「おい、鍵は。」
「ん〜……ポッケ……。」
ポケットと言ってもどこのポケットか分からないので手当り次第に探す。
「ンッ」
「変な声出すな馬鹿。」
「ヤンッ」
「はっ倒すぞ阿呆。」
「ヒャアッ」
3回目の喘ぎ声を上げた時点でドアの前に落として帰ろうとした。
「待って待って待って……、ほら。」
彼が鍵を取り出したのは鞄のポケットだった。
「お前マジで許さねえ。」
「勘違いしたのはお前だろ〜……。」
ガチャガチャと鍵を開けて中に入ると、足の踏み場もない雑然とした空間が広がっていた。
「お前部屋片付けろよ……。」
「片付けきら〜い」とのたまう彼を肩から落としそうになった。
散らばった服を足でのけて座る場所を作る。
彼がすぅすぅと気持ちよく寝息を立てる一方、こちらは鳴り止まない鼓動を止めるのに一苦労だった。
一睡もできないまま窓から光が差し込む。
勝手にキッチンを借りてモーニングコーヒーを淹れた。
「ん、おはよう〜。コーヒー?俺も飲む。」
フラフラとキッチンに足を運んでカップを出す姿がとても愛らしかった。
「ん〜、やっぱお前の淹れたコーヒーんまいね。頭スッキリする。」
2人でキッチンのシンクに腰をかけてコーヒーをすすること数分。沈黙が気まずい。
「お前昨日言ったこと覚えてる?」
先に静寂を遮ったのは彼の方だった。
俺は一瞬固まって目を逸らして言った。
「……何の話だ。」
「ふーん、そっか。」
残っていたコーヒーを流し込んで帰ろうとすると彼が呼び止めた。
「なぁ、これ。」
彼が差し出したのは1本の鍵だった。
「彼女が置いてった合鍵。お前持っとけよ。……要らなかったらポストに入れといて。」
投げてよこされた鍵を掴んで玄関に向かい、ドアを開ける。
「……また来いよ。」
別れを惜しむような表情をする彼を見るのは初めてだった。
「あぁ、いつかな。」
俺はそう言って、鍵をかけた。
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